二人との会話②
◇
上坂夕夜だ…。上坂夕夜が探りを入れてきている。何に?分かっている。あのことについてだ。私に聞いてきても無駄だ。ボロなんか出さない。それでもうざい事には変わりがない。しかもあいつ…神坂夕夜はあの人にもこれを口実に話をしている。私でも話すのを、その名前を口に出すことすら躊躇う、私のとって神のようで唯一無二の存在であるあの人に。許せない。許せない許せない許せない。殺したい。殺したい殺したい殺したい。殺したい殺したい殺したい殺したい殺したい殺したい…!!!
でも、ダメだ。今上坂夕夜を殺すと疑われる。私は大丈夫だ、疑われても。でも、あの人が疑われる。私のせいで!!それはダメだ!!そんなことをすればあの人に嫌われてしまう!!
私の世界はあの人中心で回っている。それは間違いない。あの人がいれば他には何もいらないとはっきり言い切ることが出来る。これも全てあの日この能力が目覚めたおかげだ。あの日からこの世界が私とあの人中心で回り始めた。いいことだ、この上なく。きっとあの人にとってもいいことであるはずだ。
さて、2人に話を聞くことができたので今日のところは一旦捜査を終えるとしよう。腕時計を見ると既に5時を指そうとしている。普段なら探偵事務所に着いて雑用でもやっている頃だ。しかし、今日は今から急いで向かっても着くのは5時半を過ぎる。まあ、だからといって行かない訳にもいかないが。
今から向かいますというメールを早矢さんの携帯に送り、学校を出る。外は昨日の雨から雲が晴れていない。明日にも梅雨入り宣言が出るだろうと天気予報にも言われた空だが、今日の所は雨は降らないらしい。
探偵事務所に着く。時計を見ると予定通り5時半過ぎ。早矢さんに今日の成果をどう報告するべきか考えながら事務所の扉を開けた次の瞬間、早矢さんの右ストレートが僕の顔面に直撃した。
「遅いじゃないか!どこで寄り道してきた!?」目尻にうっすらと涙を溜めながら早矢さんが叫ぶ。ちょっとときめくからその表情止めて。
「メールしたでしょ!?」僕も負けじと大きな声で叫ぶと
「遅すぎる!!」それはそうだけど殴るほどか?
「寂しいじゃないか!!」知るか!!あんたそんなキャラじゃないだろ!
「今度からは4時を過ぎる場合は給料減らすからな」
「まだ給料もらったことねえよ。あと4時とか無理に決まってんだろ!」学校が終わるのが4時ぐらいなのに。
「じゃあ、私はお前が来るまで何でこの寂しさを埋めればいいんだ!?」他に話相手雇えよ。てか僕がバイト入るまではどうしてたんだ?
「おまえがいる生活に慣れてしまった」反応に困る!!
と、少しばかり押し問答を続けたあと、僕が折れて「今度から遅くなる時は早く連絡します」ということで今回は許してもらった。
「それで、どうして遅かったんだ?」
「柊凛と同じ中学出身の男と本人に少し話を聞いてきました。残念ながら直接今回の事件に関わることは聞けませんでしたが」僕は答える。
「柊凛、ねえ」と早矢さんは呟きながら社長机に置かれたパソコンに向かう。そのまま新聞記事の画像を開いて僕に見せながらこう言った。
「なあ、夕夜。お前、柊凛の出身地…知ってるか?」はい聞きましたよと言いながらパソコンの画面を覗き込む。ふむふむ、去年の10月にK県で両手両足のない死体が発見された…。ん?K県?10月?
「早矢さん、これって」
「今回の事件に関係ありそうな事件を探していたら引っかかった。その反応を見ると、ビンゴらしいな」早矢さんの言うとおりだ。この事件は今回の事件と似ている。しかも柊凛と関係がある可能性が高い。もし柊凛が何らかの形でこの事件に関わっているのならこの事件から手がかりがつかめるかもしれない。なのに―
「まあこの事件は追い追い調べることにしよう。今は別の用事がある」いやいや、これは調べたほうがいいでしょ。へ、別の用事?
「そ、まあ昨日の今日だから下見程度になるかもしれないけど…事件の現場ぐらいは1度見といたほうが良いだろう」
と、いうわけで僕と早矢さんは事件現場を回ることにした。事件は今年の4月から不定期に起こり依頼人である高岡さんの関わる事件は8件目になる。それ以降は事件が起きていない。つまり、今現在では8つの事件現場があるわけだ。
今、僕たちがいるのはその5つ目の事件現場だ。高見市の中央に位置する高美駅、男鹿探偵事務所はそこから北に数キロ行ったところに有り、さらに2キロ程進むと僕たちの通う高見高校があるのだが、5つ目の事件現場は学校と探偵事務所の間にある細い路地だった。ちなみに事件が起こる順番に現場を見てきたが、前4つからは特に成果が得られなかった。現場がバラバラなため、周るのに時間がかかり、もう今は8時半になろうとしている。
「ここも特になさそうですね。」今までの事件もそうだったが、警察が捜査を終えてしまっているため、手がかりどころか事件が起きた痕跡さえ見つからない。
「ああ…そうだな…。こりゃあさっきのK県の事件を洗い直したほうがいいかもしれないな」
と、早矢さんが話したとき、「K県の事件…?」というどこかで聞いたことのある綺麗な声が後ろから聞こえてきた。
僕と早矢さんが振り返るとそこには昨日今日と僕たちを悩ませている人物、柊凛が立っていた。
「柊…?なんでこんなところに?」
「…」
彼女は喋らない。ずっと早矢さんの方を睨んでいる。
「私の顔に何かついてるか?」と早矢さんは柊凛に言葉をかける。心なしか口調がきつい。
「あなたは誰…?なぜ神坂夕夜と一緒にいるの?」質問に質問で返す。
「こちらの質問に答えてもらおうか、柊凛」早矢さんが怖い。
「なぜ、あなたは私の名前を?あと、顔には何もついてないわ。」と柊。こっちも怖い。
ふうと息を吐きながら早矢さんは胸ポケットからタバコを出し火を点けた。
「私は男鹿早矢、探偵だ。今起きているある事件の調査を依頼されている。夕夜は私の助手だ。あとはなんだ。なぜ君の名前を知っているか、だったな。それは君がよく分かっているだろう?」
早矢さんは柊に向けて質問の答えと、そして新たにカマをかけている。
「放課後彼が私のところに来たのはあなたの差し金だったのね。なんのことか知らないけど、私に付きまとわないでくれる。迷惑なの」
柊は冷静?に返す。僕は迷惑だそうだ。でもつきまとってはいない。
「つきまとったかどうかは知らないが」だからつきまとってねーって。
「こちらも仕事なんでね。現状最も関係ありそうなやつをつきまとうのが事件解決の近道だと思うのだが。君が自分以外に容疑者を示してくれるなら話は別だが」だからつきまってな…もういいです。
「それがどんな事件か知らないけど、私には関係ないわ。だから、絶対に、私に近づいてこないでね」
そう言うと彼女はくるりと振り返り去っていった。
「さて、あと3箇所もさっさと回るか」
早矢さんは何事もなかったかのように次に行こうとする。
僕も慌てて彼女を追いかけ裏路地から出ると、「なあ」というまたもや今日聴いた声が聞こえてきた。そこに立っているのは柊凛の情報提供者、吉川龍太郎だった。
「さっきそこからあいつが出てきたのが見えたんだが、何の話をしてたんだ?」
「ああ…ちょっとね。それよりさ…去年の10月ぐらいに君の地元で何か事件起きなかった?」
僕は話題を逸らす。流石に彼女が殺人事件の重要参考人だとは言えない。早矢さんは横でその状況を静かに観察している。
「10月…?さあ、知らないな」彼は少し考える素振りを見せるとこう答えた。
「そっか。ごめん、変なこと聞いて」
僕はさらに話を逸らし、あらぬ方向へ話を繋げる。もうただの雑談だ。
しばらく話をすると、彼はそれじゃあと言い、駅の方へ歩いて行った。ふう、危なかった。
その後、8つの事件現場のうち7つの事件現場を見て回ったが、芳しい成果を得ることはできなかった。8つ目の事件現場は高岡さんとその他大勢の黒スーツを着た明らかに堅気じゃない人たちに封鎖されていて入ることができなかった。なんで警察じゃないのかはこの際考えないでおく。早矢さんは高岡さんに交渉して中に入れてもらおうとしていたが叶わず、帰り道でタバコを吸いながら文句を言う結果になった。
「今日は特に成果はありませんでしたね」
「そんなことはないさ。柊凛と実際に会うことが出来たのは思わぬ収穫さ」
僕はその言葉にビクッとなりながら、最も気になっていたことを口に出す。
「彼女は…犯人なんでしょうか」
「さあな。まだなんとも言えん。だがまあ、あれだけ強く拒否するんだ。何か隠しているのは間違いないだろう」
「何か…ですか」
「夕夜はもう少しあいつについて調べてみてくれ。最初は興味なかったんだがな…あいつに興味が出てきた」
暗い笑みを口元に浮かべながらこう口にする早矢さん。怖いです。
「そういやさ、夕夜に聞きたいことがあるんだけど」
吸っていたタバコを処理しながら僕に聞く早矢さん。
「何ですか」
「お前…ほんとにつきまとったのか?」
つきまとってねーよ!!
今日1番大きな声で僕は叫んだ。