異常能力者
「事件の始まりは今年の4月の8日だったかな」
部屋の中央に置かれた応接用の机から窓際に置かれている社長机に移動した早矢さんは、僕に新たなコーヒーを要求し机からタバコを取り出しながらこう切り出した。
「その日の夜中にどっかのOLが両手足がない死体で発見された」
「OL、ですか」と言外にさっきのヤ○ザとどういう関係がという疑問を乗せながら聞くと
「最初の数件はあまり関係ないよ。ただ、同じような事件が起きたというだけだ」
その後の早矢さんの話を要約すると最初の死体が発見された4月12日から数回手足のない死体が発見された。その被害者は何らかの理由で深夜に出歩いていた人たちであり特に接点は見つけられなかった。まあ深夜に出歩いている時点で年齢は比較的若い年代に絞られるのだが。
「でも、手足のない死体が見つかればニュースに取り上げられているはずでは?」
僕は高校生で一人暮らしをしているから新聞なんかは読んでいないがテレビでニュースは見るようにしている。大きな事件ならば詳細は分からなくても全く聞いたこともないというのは少ないはずだ。
「あまり絵面が良くないからな。情報統制でもしていたんだろう。」と、2本目のタバコに火をつけながら僕の疑問に答える。
「と、まあそこまでは問題なかった。少なくとも私のもとに依頼が来るレベルではなかった」
しかも高岡さんからだしねと続ける。どうやらさっきの依頼人は高岡という名前らしい。
「さっきの依頼人、高岡さんというんだけどね。彼は君の想像通り裏社会を生きる人だ。そして今回の事件の犠牲者の1人は彼の所属する組織の幹部だ。彼は今回の事件がただの通り魔の起こした事件ではないと判断した」
僕は生唾を飲み込む。ここからが本題だ。
「私も同じ判断だ。これは私の担当―」
「―異常能力者の起こした事件だ。」
「この世には2種類の人間がいる。一般人と異常能力者だ」
早矢さんに初めて会ったとき、彼女は当時の僕が置かれている状況についてこう説明した。つまり僕は異常能力者に関わっていると。
異常能力者とはその名の通り異常な能力を持つもののことらしい。らしいというのは僕は異常能力者を今まで2人しか見ていないからだ。1人は当時の僕に関わった男、そしてもう1人は早矢さんだ。確かに2人とも僕にはない能力を持っていた。けれどもそれは漫画やアニメで見るような魔法のようなそれではなかった。早矢さんに言わせれば、あんな分かりやすいものなら“異常”なんて枕詞を使うはずがない、らしいが。
「異常という言葉はね、周りからの蔑視の意味だけでなく自分自身への戒めでもあるんだよ。異常能力者は“異常”なんだという認識を私たち全員が持つべきだというね」
異常能力を無理やり漫画っぽく解釈するなら、例えば幽霊が見える―この場合普通では見えることのないものを見る、いや見えてしまうというのが異常能力というものらしい。
「幽霊が見えるだけなら問題ないが、例えば幽霊と現実の区別がつかなくなってしまえば幽霊を払おうとして人間を叩いてしまうかもしれない。幽霊を消そうとして人間を殺してしまうかもしれない」
普通に考えればそんな馬鹿なと思うかもしれない。実際当時の僕もそう思った。
「普通なんてものはその時々で変わる不安定で不完全なものでしかない。だってそうだろう?幽霊が見える能力者には幽霊が見えるのが普通なんだから」
異常能力者。その言葉を久しぶりに聞いた僕はあの時の早矢さんとの会話を思い出していた。
これが異常能力者の起こした事件なら、確かにこれは早矢さんの担当だ。だって彼女は異常能力者関連の事件を専門としている探偵なのだから。
「それで、彼女―柊凛はこの事件とどういう関係があるんですか?」
僕は今回の事件について1番興味があった部分について尋ねた。もしかしたら、この事件に探偵助手として以上に関わるかもしれない部分について。しかし、僕の質問についての早矢さんの回答はあまり釈然としないものだった
「さあな。高岡さんが関わっている事件で発生当時、死体のすぐそばにいたらしい。そんでもって事情を聞こうとしたら逃げられたんだと」
早矢さんは柊凛についてあまり興味がなさそうだった。もしかしたら事件に関係ないと思っているのかもしれない。
「これからどうするんですか?」と、僕が尋ねると
「取り敢えずは情報収集と整理だな。」
まだ事件の全体像も掴めてないしと早矢さんは言う。しばらくは事件に大きな進展が無いだろうと判断した僕は―
「それなら僕は柊凛について少し調べてみても良いですか?」
「それは構わんが…。何か気になることでもあるのか?」
「何か、というわけではないですけれど…」
気にならないと言えば嘘になる。最初の事件が起きた4月8日は僕の学校の入学式の1日前だ。彼女がこの事件に巻き込まれ学校で孤立するような態度を取っているのだとしたら―
彼女が普通の学園生活を送れるようにしてあげたい、そう思うのだ。