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第九話「不吉な予感」

 今日という一日がいつもより長く感じられたのは気のせいだろうか。なんとか『小宮山亮』としての学校生活一日目が終わろうとしている。まだ帰りのホームルームがあるが、そんなのすぐに終わるはずだ。というか、もうさっさと終わってほしい。俺はもう早く家に帰りたくて仕方がない。やっぱり慣れない環境っていうのは、その場所にいるだけで十分疲れる。俺の場合、家もまだ慣れない環境の一つだが、ここよりはだいぶましである。

 それにしても、クラスメイトたちは俺のことを不審に思ったに違いない。なぜなら、俺はあの問題をスラスラ解いてしまったからである。しかもなぜか正解していた。あの数学教師を筆頭にクラスメイトを唖然とさせてしまったのだ。

 特に後ろの席のおしゃれメガネ高橋は、俺に訝しがった視線を一日中、向けていた。おかげで俺は余計、気疲れしてしまった。

 ほかのみんなには、適当に「山根(=数学教師の名。俺もさっき知った)のやつが答え落としたのを偶然拾った」とか、なんとか言ってごまかした。武田あたりは「あーそうだよな。そういうことだろうと思ったよ〜」みたいな感じで、納得してくれたようだったが、高橋や清美あたりは、なんだか釈然としない様子だった。

 

 そうこうしてる間にあたりは少し薄暗くなってきている。カラスが「アホーアホー」と鳴いていた。俺は机に肘をついてぼんやりと外を眺めていると、その中の一羽のカラスが突然、変な声で鳴いた。

(確か、カラスが変な声で鳴くときって、誰かが死ぬんじゃなかったけ?)

そんなことが、ふと脳裏をかすったが、俺は大して気にもせず、そのままの体勢で空のほうをただぼんやりと眺め続けていた。

 すると向こう側の校舎の屋上に人影があるような気がした。薄暗くて距離もあるのでよく見えないが、俺はなんとか目を凝らして見ると、それは明らかに人に見えた。

 脳裏に不吉な二文字が浮かぶ。

『自殺?』

 その瞬間、俺の目の前にハルカが現れた。正確に言えば、前ではなくて後ろに現れたのだが、彼女は『自殺?』と声を発したので、俺がすぐに後ろを振り向くと、あのハルカが存在していた。もうその存在自体、忘れかけていたハルカが目の前に居るのである。当たり前だが、俺はとりあえず、驚いていた。

 そんな俺の目の前で、驚いた顔をしているやつがもう一人いる。武田だ。彼の席は真ん中の列の後ろから二番目。つまり、俺の席の隣の隣になるわけだが、なぜだか彼は何かを「あっ、あっ」と、指差しながら驚いている。

(こいつまさか、ハルカが見えるのか?)

とっさに俺はそう思ったが、すぐに屋上の人影を指しているのだとわかった。

「人。誰か人があんなところに!?」

武田の一言でクラスメイトたちが一斉に、彼が指差している屋上のほうに注目する。

「ほんとだぁ。誰か居るよ。屋上に」

屋上の人影に気がついたクラスメイトたちは、何やらざわつき始め、すぐに教室全体が騒然とした雰囲気へと変化した。窓際に近づき、向こう側の校舎に居る人物が誰なのか確かめようとする。

「あれ、誰だよ?」

「こっからじゃ、誰なのかわかんねーよ」

クラスメイトたちはこの緊急事態を半ば面白がっているのかいないのか、よくわからないがとにかく口々に何か発言して、騒ぎ立てている。

 そのときだった。この状況にも動じず、一人で読書に耽っていたあの男が口を開いた。

「あいつ、三組の杉本じゃねえの?」

教室にいる誰もが、彼のほうに注目する。

「杉本? 杉本って、あの陸上部の?」

誰か知らないが、男子生徒の一人がそう言った。

 そのとき俺は、透かさず高橋に心の中で突っ込んでしまっていた。

(おしゃれメガネ、そのメガネはもしかしてダテメガネか!?)

肉眼でもよくわからないのに、この男の目にはしっかりと『スギモト』という人物が見えているのか? 否か? ……それにしても武田もあんなに窓から離れてるのに、よく屋上の人影が見えたものだ。どうでもいいが、この二人の視力はどれほどいいんだろうかと、『スギモト』という人物のことよりも、このときはそのことばかり気になってしまって仕方がなかった。

 俺がそんな風に思っている間にも、相変わらずクラスメイトたちはざわついている。それを見るに見兼ねた担任の永瀬が「静かに!」と言って、みんなを自分の席に着くように促した。

 クラスメイトたちはしぶしぶ自分の席へと戻る。それに対して俺はなぜだかわからないが、このとき自分の席に着くことをしなかった。俺はしばらくその場に立ち尽くすと、なぜか突然俺の前に現れたハルカと屋上にいる『スギモト』という人物のほうを交互に見つめていた。そんな俺に、担任の永瀬が席に座るように言ったと思う。

 でも俺はなぜだか、永瀬の言う通りにはしなかった。これは自分自身の意志なのかどうかさえわからないまま、居ても立ってもいられなくなった俺は、廊下へと一人駆け出していた。

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