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第四話「退院」

今のところあまり話が進んでないので、意味不明だと思いますが、やっと重要キャラの一人が出てきます。

 それから、長いような短いような入院中の二週間は、あっという間に過ぎ去っていった。相変わらず、俺は自分自身が誰なのかわかるはずもなく、めでたく退院の日を迎えている。

 窓から差し込んでくる光がなんだかやけに心地よい。

「亮、帰る支度できた?」

病室で一人、荷物の整理をしていた俺に話しかけてきたのは、亮の母親だ。

「うん。ちょうど今終わったとこ」

俺はバッグのファスナーを閉じながら言った。

「そう。じゃあお母さん、退院の手続きとかいろいろあるから、先に下に行って待ってて」

「うん。わかった」

 最初ほどではないが、やはり母親は、今でも記憶を失ってしまった息子のことを受け入れられないのだろう。必要最低限の会話をし終えると彼女は俺を一人病室に残し、そそくさとその場を去って行った。

 母親は今まで、入院生活に必要なものを持ってきてくれたり、亮の思い出がたくさん写っているアルバムを持ってきてくれたりして、それなりに俺に気を遣ってくれているのがよくわかった。まあ、母親の行動としては当たり前なことなのかもしれないが……。


「さて、そろそろ行きますか」

俺は独り言を呟くと、勢いよくバッグを持ち上げて肩に背負った。亮の母親に言われたとおり、一階の待合室に行って待っていようと思ったのだ。そのまま、入り口のところまで歩き終わると、二週間世話になったこの病室をもう一度、見渡してみる。もちろんハルカの姿はどこにもない。一応、確認してみたかっただけだ。

 確認を終え、再び前を向いて、引き戸の取っ手に手を掛ける。ドアを開いて病室から一歩踏み出す。


 俺(=亮の身体)は、事故ったにしては奇跡的にかすり傷程度の怪我で済んだので、本来ならわざわざ入院する必要もないのだが、なぜか二日も意識が戻らず、おまけに酷い記憶喪失ときている。そうくれば医者は放ってはおかない。二週間かけてさまざまな検査をし、記憶喪失の原因を探ったが、結局、はっきりとした原因はわからずじまいだった。

「なぜですかね?脳には何の異常もみられないのに」と、医者も不思議がっていた。

 そして終いには「心理的なことが原因なのかもしれない」などと言い出し、カウンセリングのようなことも無理やり受けさせられたが、もちろん何の効果もなかったことは言うまでもない。

 そんなことを思い返していると、いつの間にか待合室に着いていた。あたりを見渡すとすぐに母親の姿を見つけることができた。どうやら、退院の手続きとやらは、とっくに終わっていたらしい。


 お世話になった医者や看護師たちに見送られ、母親と一緒にタクシーで家に帰ることになった。

 タクシーに乗り込むと、母親は運転手に行き先を告げた。もちろん、その場所がどこなのか俺は知る由もない。その後、俺と母親はほとんど会話もなく、運転手も特に話しかけてこなかったので、車内はラジオの音だけが響いていた。

 俺は窓の外ばかり見ていた。見慣れない景色が続いている。これからの生活は不安だ。『小宮山亮』としての日々。俺という人間の正体。謎に満ちたハルカという自称天使。わからないことだらけで、漠然とした不安が俺に付きまとう。だが不思議なことに、その反面、俺はとてもうれしい気持ちでいっぱいだった。退院できたことがなぜか、ものすごく素直にうれしいのだ。そりゃあ、二週間も無意味な検査の毎日だったのだから、うれしいのは当たり前なのだが、理由はそれだけではないような気がする。それが何なのか、今の俺には具体的にはわからないが……。


 そんなことを思っているうちに、タクシーは一軒の古びたラーメン屋に停まった。一瞬、ここで昼食をとってから家に帰るのかと思ったが、そうではないことにすぐに気づいた。看板には『ラーメンこみやま』の文字。

「ついたよ」

「えっ?」(ここ?)

母親はタクシー料金を払い、車から降りた。俺もそれに続いた。店の入り口には「本日臨時休業」の紙が貼ってある。

「ここがおまえのうち」

「ここが俺のうち……」(と、言っても亮の家だが)

俺がまるで初めてそこに来たような態度だったので(いや。実際そうなのだが)亮の母親は、記憶を失ってしまった息子を前にして、あらためて戸惑っているのが俺にはよくわかった。

「いいから、中に入って」

母親はぼーっと突っ立ている俺に中に入るように言った。俺は母親に促されるまま、中に入る。


 店内はそんなに広くはなく、年季の入ったテーブルにいす、メニューと値段が書かれた紙が貼られた壁、カウンター席とその奥の調理器具などが目に入った。俺はなんだか珍しいものでも見ているような感覚がして、不思議だった。そんな俺に対して、亮の母親は相変わらず、変わって(入れ替わって?)しまった息子に戸惑いを隠せない様子だ。


「亮、おかえり」突然、誰かがそう言った。

声がしたほうを振り向くと、中学生か高校生くらいの年齢だと思われる女の子の姿がそこにあって、驚いた。

(誰こいつ、亮の妹?)

そう思った次の瞬間、何を思ったのか彼女は突然、俺に抱きついてきた。俺が手に持っていた荷物が床に滑り落ちる。

(妹じゃないよな? 妹だったら、こんなことするわけないだろうし……いや、待て、もしかしたらブラコンの可能性も否めないな)などと、飽くまでも冷静に考えていた。

《清美ちゃんは妹じゃなくて、亮の幼なじみ》

俺の意識にハルカが突然現れてそう言った。

(幼なじみ?)

ただの幼なじみが、いきなり抱きついてきたりするものだろうか。俺は突然、意識の中に現れたハルカのことなんかより、亮の幼なじみという清美という彼女のことのほうが気になった。そんなことを考えているうちに清美という少女は、亮の身体から少し離れ、今度は俺の顔を凝視している。その瞳に薄っすらと、涙を浮かべている。俺は突然のことに困惑してしまう。

「ごめん。なんか私……。今日はもう帰るね」

彼女はそれだけ言い残すと、その言葉通りさっさと帰って行ってしまった。俺は何がなんだか訳がわからずに、しばらくその場に立ち尽くしたままだった。

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