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第十四話「彼女」

 放課後。俺は傘をさして、小雨がぱらつきはじめた通学路を歩いている。空は厚い雲に覆われたまま、暗くなりはじめていた。

『君さあ、ちゃんと亮くんっぽく、振舞わなきゃダメじゃん。周りの人に変に思われたら君だって困るでしょう?』

 今日は清美が友達と帰り道、どこかに寄って帰るなんて言うもんだから、俺は一人で帰るはめになったのだ。変なのが取り憑いているせいで、一人で帰っている気が全然しないのだが。

(あのなあ。そんなことあとから言うくらいなら、その場で注意しろよ)

『できないよ。だって、君、私のことを意識してないとき声聞こえてないんだもん』

(じゃあ、なんで最初会ったときとか、おまえの姿が見えたんだよ? あのときだって……。変じゃん? 俺、おまえのことなんか、あのとき意識したつもりないんだけど。完全に忘れてたし)

 その後、ハルカは何も言ってこなかった。

(なんだ。おまえにもわからないのか)


 家に帰ると、俺に客が来ていた。

 昨日、なぜか泣きながら帰っていったあの人だった。

「どうぞ」

お茶を出しながら、俺は彼女の様子を窺う。相変わらず、高そうな服に高そうなアクセサリーを身に着けている。そんな彼女は、昨日あんな大金を持ってきたことも含めて考えると、どこかえらい会社の社長令嬢って、感じか?

 それにしても、この人がまたここにやってくるなんて思わなかった。今日は何の用があってここに来たのだろう。まだ、あの事故のことを気にしているのだろうか。

「あのー……」

一向に彼女が話し出す気配がないので、俺が恐る恐る「事故のことですか?」と、言いかけると……。

「昨日は、本当にごめんなさい」

また彼女は、俺に向かって頭を下げた。

「いや、そんな、俺のほうこそなんかエラソーに言っちゃって」

俺がそう言うと、彼女は顔を上げ、こう話を続けた。

「私。昨日いきなり飛び出して行っちゃって、驚いたでしょう?」

「ええ、まあ」

「あれ別に怒ったりしたわけじゃあないんです」

「えっ、ほんとに?」

「まあ、多少はそれもあるんだけど。よく考えてみたら、あなた何一つ間違ったこと言ってないし」

「はぁ……」

「それに、きっとアイツも私のこと、あなたと同じようなこと言って叱ると思うから」

「…………」

なんだか彼女は自分だけの世界に行ってしまっているようなので、しばらく返す言葉がみつからなかった。

「あの、それで今日は、わざわざそれだけを言いにきたんですか?」

「いえ、違うんです。それもあるんですけど……私、あの後いろいろ考えたんです。あなたには、本当にお世話になりましたし」

「いや、お世話なんてとんでもない!」

(ホントにとんでもねーよ。俺、実際何にもやってないし)

見に覚えがないことで人に感謝されるなんて気持ちのいいことではないなと、俺は思った。逆の場合よりましだろうが、どっちにしろ気味が悪い。

「……ですから、私をここで働かせてください」

(は? 突然、何言い出したの? この人)

突然すぎて、彼女の言った意味が一瞬わからなかった。驚いて彼女を見ると、とても真剣な目をしている。

「私、何でもします。償いたいんです。あなたの記憶が元に戻るお手伝いなら、なんでもしたいんです。お願いします」

 頭を下げ続ける彼女を見ながら、ふと思った。

(店で働くことと俺(亮)の記憶が戻ることと何の関係が?)

そんなことは、とりあえずどうでもいいことなのかもしれないとすぐに思いなおし……。

「あのさ、そういうのはうちの親に言ってくれなきゃ。俺、ただの高校生のここの息子ってだけだから……」

少し笑いながらそう言うと、彼女は妙に納得しながら「あっ、そうか。そうですよね」と、言って顔をほころばせた。

(ホント、そーだよ)

 俺は、亮の母親を呼びに行こうと席を立つと、何か忘れているような気になった。

(そういえば、この人の名前何だっけ?)

「あなたのお名前何でしたっけ?」

俺の言葉に彼女はハッとした様子で、自分の名前を言った。


 俺はそれまで自分が彼女の名前を忘れていただけだろうと思っていたのだが、よく考えてみると確かに彼女の名前を聞いたのは今のが初めてだった。なぜかそのことも彼女は謝り、俺はそんな彼女に呆れ果てると同時に、なぜかその様子がほほえましく思えてしかたなかった。


「石本紗弥香といいます。昨日も今日も突然お邪魔しちゃってすみません」

彼女は……紗弥香さんは、亮の母親にそう挨拶した。

「あー、いいのよ。別に。それより、あなたうちで働きたいって本当なの?」

母親が笑顔で彼女に話しかけながら、俺の座っている横に腰をおろす。

「はい。私、事故のときに助けていただいて、何か私にできることはないかな?って、考えたんです。それでここで働かせてもらえないでしょうか?」

遠慮がちな様子でそこまで言い終えると、彼女は自分のバックから何かを取り出し、母親に渡した。亮の母親は、それをまじまじと見つめる。

「あら、あなた音大生なのね。ピアノ科? すごいわねぇ」

母親はうっとりした様子で何やら感心している。母親が見ている紙は、どうやら履歴書のようだ。

「将来はピアニストにでもなるつもりなの?」

顔に笑みを浮かべながら、母親が彼女へ質問する。母親は何気なくそう訊いたんだろうが、当の本人は「ええ、まあ」と、浮かない顔をして気のないような返事をしただけだった。

 そして話は本題に入る。

「それで、あなたアルバイトの経験は?」

「いえ、それが……一度もないんですけど、駄目ですか?」

彼女は心配そうな表情で、亮の母親を見つめている。

「いや、駄目じゃないわ。OKよ。採用しましょう」

満面の笑みで母親は、そう答えた。

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