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第十二話「謝罪」

だいぶ間があきましたが、作中の季節はまだ冬です。

「ただいま〜」


 次の日、学校を終えて帰宅してみると、相変わらず店は何人か客が来ていただけで、お世辞でも繁盛しているとは言えない様子だった。この家に来て、数日が経ったが、俺は未だこの店が客で賑わっているのを見たことがない。この店は大丈夫なのだろうかと、少し心配になる。でも俺が知らないだけで、これが普通なのかもしれない。

「ちょっと亮。なんかあんたに会って話があるって、美人の女の人が来てるのよ。奥の部屋に通したから」

家に帰るなり、いきなり母親が興奮した様子で言ってきたので、俺は何のことだかさっぱりわからなかったが、とにかくその美人の女の人とやらに会ってみることにした。

 奥の部屋に行く途中。

(もしかしたら何か変なセールスとかじゃないだろうな?)などと思った。亮の母親もなんかいかにも人がよさそうな感じだから、そういうのにまんまと引っかかりそうだ。

 

 その女性は、仏壇に手を合わせている最中だった。肩より少し長い巻き髪で品のよさそうな出で立ち。

 俺は思わず、その人の後姿に見とれてしまった。すると彼女は俺の気配に気づいたのか、こっちを振り向いた。そして俺の顔を見るなり、いきなり手をついて謝った。

「あの……。ごめんなさい。私のせいで事故に遭ってしまって、私、なんてお詫びしたらいいか……」

突然のことに驚く、俺。全く、話がみえない。

「あの、すいません。私のせいって、どういう意味ですか?」

「本当に何も憶えてないんですね。私、あなたに助けられたんです」

「助けた? 俺(亮)がですか?」

そういえば、ハルカが前にそんなことを言っていたような気もする。

「ええ、実はあのとき、私、死のうとしたんです。つい、魔が差してしまって……」

「死のうとした……?」

彼女の思いがけない突然の告白に、俺は耳を疑った。というよりも、なぜそんなことをいきなり、俺なんかに話すのか理解不能だ。

「あっ、でも今はあなたに助けてもらって、本当に感謝してるんです。もう、あんなバカな真似はしないって、神様にだって誓える……。でもあなたが私をかばったせいで、私の代わりに事故に遭って、記憶喪失になってしまったというのを聞いて、あなたに会ってちゃんと謝らないとって思って、それでここに来たんです」

「そうですか……」

「それで私、許してもらえないかもしれないけど、これは心からの謝罪の気持ちです」

そう言って彼女が差し出したのは、お金が入っているであろう封筒だった。俺は彼女のほうへ近づき、机の上に差し出された封筒の中を確認する。中には、おそらく今まで目にしたことがないであろう大量の札束が入っていた。開ける前からやけに分厚いことは一目瞭然だったが、本当にそれがお金だとわかると少し引いている自分がいた。

「何ですか?これ」

これはもしかして、慰謝料ってことなのか?

「慰謝料のつもりです。ごめんなさい私、こんなことしかできなくて」

そう言って、また頭を下げる彼女を見ていると、俺はなんだか白々しい気持ちでいっぱいになった。

 このあいだの杉本といい、この人といい、俺には全く、彼らの気持ちや行動が理解できないのだ。

「あの、俺、こういうこと頼んだ覚えはないですから」

俺は彼女に、封筒を返した。

「えっ、でもそれじゃあ、私の気が修まらないから……」

それでも懲りずに、彼女は封筒を差し出そうとする。

「俺、こういうことしてもらってもうれしくもなんともないですから。今日のところはそれ持って、帰ってもらってもいいですか?」

彼女の顔が、みるみる沈んでいくのがわかった。

「本当に、迷惑なだけですから……」

「そうですよね。ごめんなさい。私、勝手な真似ばっかりして」

そう言いながら彼女はスッと立ち上がり、返された封筒を自分のバックにしまうと、俺にはもう目もくれずに黙ってその場を去っていった。

「お邪魔しました」という声が聞こえてきた。たぶん、母親に言ったんだろう。


 今日も清美は、亮の家で夕食を取ることにしたらしい。それは別に特別なことではなく、ほとんど毎日のことだった。

 清美の家は両親が共働きで、二人とも帰りが遅いことが多く、しかも清美はひとりっこで家に帰っても誰もいない。そのため、うちの店でバイトしてついでに夕食までご馳走になって帰る。それが、ほとんど毎日の日課のようだった。

「ねえ、今日夕方バイトしにここに来たときに、入れ違いに出て行った女の人がいたんだけど、なんかあの人泣いてなかった?」

俺はすき焼きを食べながら聞いていて、少し動揺してむせてしまった。

「あーもー亮、大丈夫?」

「はい。お茶お茶」

母親に差し出されたお茶を飲むと落ち着いた。

「何? あの人、泣いてたの?」

「なんかあの人、ただ事じゃないって感じだったけど……もしかして、亮が泣かせちゃったの?」

清美は少し上目づかいで、俺に疑いのまなざしを向けてきた。

「ちょっとあんた。女を泣かすなんて、男がすることじゃないよ。最低だよ」と、母親が言った。なぜかもう、俺があの人を泣かせたことが前提になっている。

「それであの人、亮に何の用だったの?」

清美が俺に訊いた。

「なんか俺が事故ったときにほんとはあの人が事故りそうになってて、俺がそれを助けたんで、お礼っていうか、謝りにきたみたいで……」

「それで、なんであの人泣いたの? あんた何か言ったの?」

母親は亮の顔をまじまじと見つめながら訊く。

「いや……」

「いや、何?」と、二人。

『……』ハルカも俺の顔をじっと見ている。

「いや、なんでもない」と、俺は言った。

(はあ?)という顔をする二人。俺はそんな二人(三人?)のことはお構いなしに、黙々と飯を口に入れた。

「何でもないことないでしょ? あの子、泣いてたんだよ」

心優しい我が息子が、女の子を泣かせたりするはずがない。もしそうだとしても、何か理由があるはずだ。といった面持ちで、亮の母親はしつこく俺にせまった。

 確かに亮だったら、女を泣かすようなことはしないと思う。けど俺は違うんだ。しつこいようだけど俺は『小宮山亮』ではない、ほかの人間なんだから……な。それに、あれは彼女が勝手に泣いて帰ったってだけの話だ。俺が泣かしたってわけじゃない。

 一瞬、お金を渡されそうになったことを話そうかとも思ったが、それは言わないほうがいいような気がした。

 俺がそのまま何も言わずに黙っていると、

「おばちゃん。もういいじゃん。この話は。……ほら、このすき焼きおいしいよね」

と、清美は笑って視線をこっちにちらつかせながら言った。

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