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第十一話「母と幼なじみ」

「ホント俺、いつになったらこの生活から抜け出せるんだろ?」

俺は湯船に浸かりながら独り言を呟いた。

 ハルカは、すりガラスに背を向けて脱衣所の床に黙って座りこんでいる。……のかと思ったら、いちいち俺の独り言に絡んでくる。

『そんなこと言って、まだ始まったばっかでしょ? 君まだ手がかりになるようなこと何にも思い出してないみたいだし』

「そんなこと言ったって、しょうがねーだろ。俺だって、思い出せるもんなら早く、全部思い出したいよ……」

 今の状況は、正直言って居心地が悪い。自分がどこの誰なのか全く見当もつかないまま、赤の他人の身体で、その人物として生活を送るはめになってしまった。おまけに学校生活一日目からさっそく変な騒動に巻き込まれるし……。

 それにハルカの存在も相変わらず意味不明だ。天使だと言い張ってはいるが、本当のところはどうだかわからない。ハルカの背中をすりガラス越しに見つめるが、やはり羽など生えてはいない。

(突然現れたり、消えたり……。いったい何なんだ? コイツは?)

 放課後の自殺騒動以来、ハルカの姿は俺に見えっぱなしだ。理由はわからない。謎だ。すべてが謎に包まれている。

 学校からの帰り道も俺と清美の後ろをずっとついて(憑いて?)くるので、気になりすぎて清美と会話をするどころではなかった。

 俺はしばらくひとりで考え込むと、不意に言葉を発した。

「それに……」

『それに、何?』

ハルカが怪訝そうに訊き返す。

「それに……俺、考えたんだけど、亮の母親と清美になんか申し訳ないっていうか。なんか……騙してるみたいだろ?」

しつこいが俺は『小宮山亮』ではないのだ――。一瞬、それを聞いてハルカは何か考え込んだ様子だったが、すぐに『でもそれは、君のせいじゃないから仕方ないよ』と、言って俺を励ましてくれた。

 全く。天使だか幽霊だかのくせに、そういうところがやけに人間っぽい。どちらにしろ、過去にはコイツもどこかで普通に生きていた人間なのだろうなと、俺は、ふと思った。

 それにしても、前にもそんな感じのセリフ誰かに言われたような気が……する……?


 風呂から上がり、タオルで髪をふきながら居間の横を通り過ぎようとする。母親と清美は二人でテレビを見ているようだ。ふすま越しにCMの音が流れてくる。

「ねえ、おばちゃん?」

「んっ?」

「最近、亮、ちょっと変だよね?」

廊下を歩いていた俺は、その発言に思わず足を止める。

「……うん。そうね。あの子、ちょっと変よね」

ふすまに耳を近づけてそのセリフを聞いていた俺は、思いがけず薄いリアクションをとった亮の母親に驚いた。清美ももしかしたら、俺と同じだったかもしれない。

 しばらくして、また清美の声が聞こえてきた。

「おばちゃん。今日ね、亮が全然知らない人みたいだった。記憶が無くなってから、亮は私の知ってる亮じゃなくなっちゃったみたい……」

ポツリと言ったその言葉は、清美の本心なのだろうか。

 俺は今日一日、『小宮山亮』として不自然な行動が多々あったのかもしれない。それに清美は気づいたのだ。俺の知らない、事故に遭う前の亮をよく知っている清美には、それは不自然極まりないことだったに違いない。

「もし、このまま記憶が戻らなかったら、ずっとああなのかな?」

「清美ちゃん。それはないわよ。記憶が戻っても戻らなくても、亮は亮だもの」

「おばちゃんは亮の記憶が戻らなくても平気なの?」

「……平気なわけないわよ。だけど、命があっただけでもありがたいと思わないとね」

その言葉に俺はハッとした。

 亮の母親は、もしあのときの事故で亮が死んでしまっていたとしたなら、独りきりになってしまう。亮が事故に遭って、二日も意識が戻らなくて、どれだけ心配したのだろうか。それに、どんなに心細かったことか……。

 俺は『小宮山亮』として目覚めたときのことを思い出していた。あのとき、何度も何度も「よかった」と、涙ぐんで言った彼女の顔が今も頭から離れない。

「俺、ばかだったな」

『えっ?』

静かに独り言を呟くと、俺は階段を上っていった。

 自分の部屋に戻り、ドアを閉め終えるとため息をついた。そのまま少しうなだれた姿勢になると、俺は声には出さずに心の声でハルカに訴えていた。

(なんか自分のことしか頭になかったな。亮の母親も清美もすっげーつらいはずなのに。いつになったら自分の身体に戻れるんだろうとか、そればっかし。最低だな。俺)

ハルカは黙っていた。そのあとも何も言わなかった。

 俺は思った。

 俺は『小宮山亮』であり続ける以上、もう二度と亮の母親を悲しませるようなことをしてはいけないのだ、と。もちろん清美に対してもそうだ。もう、この二人にこれ以上、心配をかけるわけにはいかない。

 自分の正体が誰なのかなんて、今はどうでもいい。俺は母親と清美のためにも亮として、毎日を過ごしていくしかなさそうだ。結果的に嘘をついていることになるのかもしれないが……。

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