第一話「光」
重いまぶたをゆっくり開くと、光が差し込んできた。なんだかもう、何十日、何時間と長時間眠っていたみたいに感じる。それに、体のあちこちが痛い。頭がぼーっとして、何がなんだかわからない。
右手を誰かに握り締められているような気がして、ふと視線を横に移す。俺が横になっているベッドに、上半身だけ覆いかぶさる形で眠っている、誰かの姿が目に入った。その人が誰なのか俺は知らない。
数秒間、俺はぼーっと、その光景を眺めていた。つけっ放しのテレビをぼんやり眺めるような感覚に似ている。現実感がまるでない。
しばらくして、横で寝ていた誰かはゆっくり起き上がり、俺のほうを見ると一瞬驚いたような顔をした。だが、それはすぐに安堵の表情へと変わった。目に涙を浮かべながら、何度も何度も「よかった」とその人は言った。そのとき俺は、頭の片隅で(この人は俺の母親なんだろうな)と、人事のように考えていた。
そうして、俺の母親らしき人物は「よかったよかった」と、何度も言った後、大慌てで医者を呼びに行った。一人残された俺は、「医者」という言葉を聞いて、ようやくここが病院だということに気づく。
医者はすぐにやってきた。
「お母さん、意識が戻ったからもう大丈夫ですよ」
医者は母親に向かってそう言った。母親はその言葉を聞いて、さきほどよりも安心したようだった。だが、俺はそれに反して、今、自分の身に起きていることが全く、理解できないでいた。まるで、人事のように感じられて仕方がない。
「あの……。どうしちゃったんですか? 俺?」
自分の声のはずなのに、初めて聞いたような気がした。
「君はおととい、事故に遭ったんだよ。何も覚えてない?」
医者が困惑した様子で言った。母親のほうは、さっきまでの安堵感がうそのように、黙って心配そうに俺の顔を見つめている。
(……事故? いったい何のことだ? というか俺は誰だ? ……ダメだ)
思い出そうとしても、何も思い出せない。
「すいません。なんか今、すごく頭の中混乱してて……」
「いいんだよ。別に無理して思い出そうとしなくても。今は意識が戻ったばかりで、一時的に忘れてるだけだろうから。こういうことは別に珍しいことじゃないんだ」
医者は俺と母親を安心させるためにか、穏やかな口調でそう言った。
『珍しいことじゃない……』医者がとっさに付け足したような言い方をしたのが、引っかかる。この場合は、たぶん逆だ。俺は今、普通じゃありえないような状態なんだろう。現にこの医者は、平静を装ってはいるが、動揺しているのが俺には分かった。……でも、どうしてもわからないことが一つある。それを今、このタイミングで訊いてしまっていいのかどうか、俺は迷っていた。きっと、今以上に母親や医者を動揺させてしまうのが、目に見えていたからだ。
「あの……」俺は声を発した。今、訊いておかなければいけない。そう思った。
「俺はいったい、誰なんですか?」