“愛”
リクト殿下視点です!
「リュネ!!リュネ・・!!」
彼女を抱き支え、叫ぶが、
彼女は目を閉じたまま、反応しない。
「・・ッ・・ッ・・・ッ”」
浅く、単発的に彼女は呼吸を繰り返すだけだ。
表情は辛く、苦しそうに顔をゆがませている。
俺が意図的に苦しませていた表情より遥かに苦しそうだ。
自分の手から感じられる彼女の体温は予想以上に熱い。
どうしようもなく焦った。
久しぶりに彼女に会ったというのに、
彼女は体調を崩してた。
そしてそれ以上に、
体調の悪い彼女が、反射的に俺から逃げようとしていたことに
傷ついた。
苦しんだ顔で己をまっすぐに見つめる彼女が好きだったのに
今の、今さっきの彼女の、苦しそうな顔で見つめられるのはいやだった。
胸が締め付けられた。
見ていられないと思った。
無事な姿が見たいと思った。
はやくかのじょを医者に見せなければ!!
俺は、そう思うと同時に、ザッと彼女を抱き上げて立ち上がり
迎えに来る馬車に早足で向かった。
王子である自分専用の医者に見せれば、
彼女はよくなると、考えたからだ。
「急いで王城に向かってくれ!」
いそいで、馬車に駆け込み、そう、運転手に叫んだ。
馬車ががたがたと音を立てて走り始めた。
自分の学蘭を彼女に着せ、冷やさないように彼女を抱きながら
今、自分に何が出来るか考えていた。
王城に着き、彼女をすぐさま己の部屋に連れて行った。
「すぐに医者をよんでくれ!!」
手短のものにそう命じて、ただ、彼女をベットに運び、
額に冷水で冷やしたタオルを置いてやることしか、
俺にはできなかった。
ただただ、気が焦って、
医者が来るまでの間がとても長く感じた。
このまま医者が来なくて、彼女が命を落としらどうしよう
なんて思ったりもした。
自分を責めるしかなかった。
どうして、もっとはやく、彼女と会おうなんて思わなかったのか。
会おうとすることだっていくらでもできたのに!
自分から何をいても逃げようと彼女に仕向けたのは自分だ。
あんなに無理させて・俺は何がしたかったんだ。
あんな顔見たくなかったのに!
「王子、何があったのですか!」
医者が到着して、俺は手短に事情を説明した。
「学園で会った時、彼女が倒れて・・。
彼女は俺の婚約者だ。すぐに診察してくれ!!」
俺はそう説明することしか出来なかった。
医者が診察している間、
ただ祈ることしか出来なかった自分が情けない。
自分では彼女を救うことができないのだ。
「王子、彼女は、栄養失調と睡眠不足が原因でしょう。
それで熱が出たようです。命に別状はありません。」
「よかった・・・・」
それしか言葉がでなかった。
命に別状はないと聞いて安堵したのだ。
その安堵感にどれだけ自分が彼女のことを愛していたかが
分かった。
もう、自分は彼女を手放すことなどできないと感じた一瞬でもあった。
「・・ですが、熱が完全に引くには時間がかかります。
栄養剤と解熱剤を打っておきましたが・・高熱はしばらく続くかと・・。
睡眠を十分にとっていないせいで体が弱っているのです。
意識がしっかり戻るまでには、体が動くようになるのはもっとかかるかと」
「・・そうか。これからも頼む。
俺に、なにか出来ることは、ないか?」
何か、できることしたい。
次第に落ち着いてきた頭で俺は考える。
「そばにいてあげてください。
いつ意識が戻るかわかりませんし、いつ彼女が苦しみだすかも・・。
解熱剤と鎮静剤と栄養剤、・・それと水差しをご用意しますから
それで対処をしてくださると助かります。
私も定期的に診断しに来ますから」
そう、言って、医者は、
解熱剤、鎮静剤、栄養剤、それに水を、ベットの近くのテーブルにおいて
去っていった。
「あぁ、わかった」
俺はうなずいて、ベットに寝かせたままの彼女を見た。
冷静になって、彼女を見ながら、俺は
医者の言葉を考えた。
“栄養失調と睡眠不足が原因でしょう”
その言葉に今考えると無性に引っかかった。
なにが、彼女にそうさせたのか、
俺には不思議で仕方がなかった。
規則正しい彼女の生活リズムを一体何が壊させたのだろうか。
そう悩んでいるとき、
側近が部屋に入ってきた。
「リクトさま、今日の執務はどうなさいますか?
大きな課題はクリアなさいましたので、ほかに回せる仕事が多いですが」
そう側近が俺に仕事の状況を説明する。
俺が彼女から離れたくないと思っての言葉だろう。
だが、それよりも、その言葉でひらめいたのは
仕事だ!
俺も最近は忙しかった。
学園でも、仕事。王城でも仕事。
問題がおきてその解決にいそしんでいた。
それは俺以外の者も例外ではないはずだ。
「今日はしない。それよりもだ!
俺が四六時中執務をこなしてたとき、ほかの貴族たちも忙しかったのか?」
「はい。それはもう。リュネさまの家は特に大変だったと存じますが。」
「・・・やはりか!」
側近の言葉に俺は納得がいった。
リュネは優秀な女だ。
リュネの父もいくら娘といえど、仕事をさせていたに違いない。
だが・・体調を崩すほど何故・・・。
「リクト様、リュネさまの家に連絡してみてはいかがですか。
リュネ様の家族はリュネ様を心配していらっさるだろうから
こちらで預かっていると一言くらい・・・」
「そうだな、すぐに電話をする。
手配しろ」
連絡ついでに聞いてみようか・・と俺は思い至った。
ふと、窓を見ると、もう日は落ちて暗くなりつつあった。
もう、家に帰っていないとおかしい時間帯でもあるだろう。
側近が電話を持ってきた。
彼女の家の電話番号にかけて自ら電話する。
「もしもし、
リメイル家当主のルードですが」
抑揚のない声で、リュネの父が電話に出た。
「こんばんは、ルード殿、ご無沙汰しております、リクトです。」
「あぁ、リクト殿下、お久しゅうございます。
何か御用でもおありですか?」
当主の声は、家に帰ってこない娘など心配していないかのような
落ち着いた声だった。
「ええ、実は、今日、リュネさんに会いまして
その折に、リュネさんは以前から体調を崩していたそうで倒れてしまい、
今、こちらで預かっています。
彼女の体調が戻り次第、すぐにお届けしますので
心配は無用だということを伝えたかったのです」
「あれが体調を・・?それは知らなかった。
てっきり普通に仕事をこなして結果を報告を用紙でしてくれたものですから・・。
本当にすみません、殿下にご迷惑をおかけして・・」
当主の声は、まるで娘の体調の心配より、
王族に迷惑をかけているほうに失態があり、
そちらを心配してるとしか思えないような声色だった。
娘のことなど他人のことのように知らなさそうな・・。
「いえ、迷惑などとは・・。
それよりも、彼女の体調は彼女が自分自身で管理してたのでしょうか?」
「そうですね。
あぁ、殿下、先ほどのお言葉ですが、
こちらに送っていただかなくても結構です。
あれは、一人暮らしですから」
当たり前のように答えた当主の言葉に俺は唖然した。
一人暮らし!?どういうことだ!!
家から通っているんじゃないのか!?
「彼女が一人暮らしを、ですか・・?」
「はい。あれからの要望で。
学園近くの別荘に移って一人で暮らしております」
そう当然のごとく当主は答えた。
「つい最近までルード殿もお忙しかったようですが
お仕事はどうしていたのですか??」
「もちろん、あれに大半を任せました。あれは優秀ですからね。
仕事の報告を用紙にまとめて送ってきていたので」
「彼女と離れていて仕事に不便はありませんでしたか?
それに、一人暮らしに反対はしなかったのですか?」
「ええ、不便などひとつもございませんでしたよ。
一人暮らしも特に異論はなかったです。」
そう当主はごく自然に淡々と俺の質問に答えた。
俺は当主の答えに愕然としていた。
心の中で何かが爆発しそうな気までしてくる。
なんなんだ、この親子は。
「あの、なぜ彼女は一人暮らしを要望したのですか?」
「あれが一人暮らしを要望した理由ですか、
・・そういえば、理由は特に聞いておりませんね。
あれの気まぐれでしょうかね」
「・・学園で生活し始めて、三年くらい経ちますが
仕事以外で彼女が連絡をとってきたことは何回ありましたか?
帰ってくるようなことや、そちらから連絡などは・・・」
「こちらから連絡などは一度も・・・、
なぁ、ローズ、一度もないよな?
あれからの連絡や帰宅など仕事でも返っては来なかったよな?」
「えぇ、あれからのこの三年、一度もないですね。」
ローズというのは当主夫人だ。
その婦人の声も聞こえた。
「殿下、妻に聞きましたが一度もありません。
それがなにか・・?」
「いいえ。ただお聞きしたかっただけで・・」
俺はただその愛のない間柄に愕然とした。
そのときだ・・
「んっ・・・」
彼女が意識を取り戻した・・。
「ここは・・・」
「リュネ・・・」
思わず呟いて、彼女をみた。
「殿下?あれが意識を取り戻したのですか?」
「えぇ、そのよう、です。
少しお待ちください。」
受話器の、マイク部分を手でふさいで、
リュネに語りかけた。
「おい、大丈夫か、リュネ。
今、ルード殿にこちらであずかってると連絡してたのだが・・」
俺のほうにリュネが起き上がり、振り向いて
「ルード・・?え、誰・・・?
・・ってあぁ・・、あの人か・・。
それで・・・?」
熱に浮かされた表情で、それが何というような無関心の声で
問い返される。
「それで・・っていわれても。
電話、かわらなくていいのか?」
「もう、
伝えて、あるならーー別に・・・」
彼女は無関心そうにそう答えた。
なぜそんなことしなきゃいけないのかと
不思議そう。
だが、そんな様子が俺にとって不思議すぎるだが。
「いいから、かわってやれ。
心配かけちゃだめだろう」
無理やり、受話器を俺が差し出す。
「しんぱい・・?」
そんなものしないとおもうけど・・
といいたそうな顔をして受話器を彼女が受け取った。
「もしもし」
「もしもし、あぁ、なんだお前か。」
「はい。」
「何故かわった?珍しいじゃないか
お前が電話をかわり、声をだすなんて」
「あなたが・・私を心配しているのではないかと
殿下が・・。」
「心配?そんなものしないが・・、
あぁ、いや、したな。
お前、殿下に迷惑かけるなよ。
わかったな」
「はい。
じゃぁ、殿下にかわります」
リュネは俺に受話器を渡してきた。
これで満足かといいたげな表情だ。
「かわりました。リクトです。
とにかく、彼女は熱がありますから
しばらくはこちらで預かります。」
「はい、わかりました」
「それでは、また」
そうそうに会話を終わらせて、リュネに向きなおった。
なんて愛のない親子なのだろう。
お互いに必要性を感じているのかすらわからないような間柄だ。
「リュネ、お前、一人暮らしだったのか」
「そう、・・だけど」
「なぜ一人暮らしなんて・・」
「・・・面倒だから」
彼女がそういうと同時に彼女の体がぐらりと傾く。
「お、おい!」
慌てて支えると、
「お互い一緒にいても・・
癒しにはならない・・そういうものでしょ、
親子って」
そう淡々と答えた。
親子とは・・
血のつながりのあるものが言う言葉だとは俺には思えなかった。
「お前は親を・・愛していなかったのか??」
おそるおそる俺が聞くと
「・・?
愛って何・・?」
なんなのかまったくわかってない言葉が
自分に返ってきた。
「・・・」
信じられなかった。
俺は、まがりなりにも親には愛された。
親に愛されて育ってきた。
愛というものを知って育った。
同時に人間の醜さも。
だが、彼女は、愛されていない。
愛すること自体がなんなのかわかっていなかった。
俺はなにも言葉を返すことが出来なかったのだった。
愛を知らないリュネと愛も人の欲も知る殿下・・!
さて、どうなる!!?