レオとリュネ
あのことがあって私は今まで以上に平穏でいられなかった。
何故なら…
放課後レオに呼び出され、質問攻めがあったからだ。しかも雰囲気が異常なほど怖くていつもみたいな冗談が混じったものなんてなかったからだ。
一つ一つが真剣で重くのしかかってくる。
「は、話って何?」
人気のない屋上に呼び出され、そう緊張しながら聞いた。
問い詰められる内容なんてとっくに確信がついていたのに。
「資料室での一件に決まってるだろ。
リュネ、
あの王子とどういう関係なんだ」
屋上の手すりに寄り掛かりながら
私にそう静かな怒りを見せて聞いてきた。
レオの目は私から外さない。まっすぐにとらえて真剣に見つめてくる。
それがとても心苦しかった。
レオはもう私に問いかけるものの答えを知っているのになぜ聞くんだろ?
…リクトがばらしちゃって聞く必要なんてないのに。
そう沈んだ気持ちで彼から目をそらし
「…ひ、非公式だけど婚約関係なの。
私は望んでないけど…」
呟くように言った。
もう見られてしまった以上、話すしかない…
気持ちはどうしても下を向いていた。
「どうしてそれを隠してた?
王族との婚約だろ、それをなぜ…」
彼は少し辛そうに聞いてきた。
俺には教えてほしかった…そんな言葉聞こえてきそうなくらいに。きっと心の中でそう思ってるに違いない。
私がレオの立場だったらきっとー…。
「…ごめん、レオ。ホントにごめん…。
この事は隠密だったの。本当なら隠し通していなければならなくて…
誰にも言えなかったの…」
私は思わず顔を歪めた。
苦しかった、悲しかった…心が破裂しそうだった。
今まで我慢してたせいで
心には重い義務や責任が大きくのしかかっていたのだ。
それが今、悲鳴をあげていた。
「ーーー…ッ」
レオはぐっと押し黙った。
カツン、カツン、カツン…。
一歩一歩私に近づいて正面で立ち止まると、私の背中に手を回して…
ぎゅっう
と抱き締めてきた。
「レ、…ォ?」
ぎゅっと頭を胸元に押しやられ
私は困惑した。戸惑うしかなかった。
だっていつになく優しく大切そうに抱き締めてくるのだから。
その姿にもう怒りはなかった。
「…ごめん、俺は気づいてやれなかった、…なにもできなかった」
顔を見せられまいとぎゅっと私を抱き寄せたまま、彼は私に呟くように謝った。
「レォ…?」
本当にいつもと彼の様子が違った。
普段はこんな素直で優しい人じゃない。
いつもはもっとこう…
からかってきたりとか、
冷やかしたりとか、冗談言ったりとか、軽く扱われたりとか、上から目線とか…
もっとツンツン?してたのに……
今はなんか…らしくない気がする。
「ぃつだ…」
「え…?」
「いつ、婚約が決まったんだ」
「お、王族のパーティのとき…
半年くらい前の。」
私は慌てて言った。
多分そのときに婚約指輪を渡されたのだと思い出したから。
「そんなに前から…。
じゃあ、
時々授業に遅れたりするのは…」
どこか愕然とした聞き方だった。
「そ、それは、殿下につかまってたから…指輪をしろって催促されて…」
だんだん私は言葉に出したくなくなった。答えたくない…口にするのに抵抗があったのだ。
私はうつむいたままそれでも答えていた。
「何故指輪をしなかった?」
レオは私にそう聞きながら、私の左手を自分の手と絡めてくる。ごつごつした大きな手が私をしっかり捕まえる。
「ぇ、あ、そ、それは…
私は望んでないし隠しておかなきゃいけなかったし、邪魔だから…」
自分の手が自分のものじゃない気がしてくるほど感覚がおかしくなった。
よほど私は動揺しているみたい。
しどろもどろ答えてしまった。
「そうか。
…じゃあ、あいつがなんのために婚約したのか聞いてもいいか?」
少し遠慮がちに出された問い。
私はビクッと震えてしまった。
気遣うように、労るように接してくれるレオが時折怖く感じる。
余談と本題とで分けて聞いてくる彼は一体どう思っているのだろう?
「そ、れは…」
それを言ったら…私はどうなる?
家は…?自分が情けなくなる。口に出したらもう耐えられない…
私は黙りこんだ。
長年そばにいた彼にも言えないこと…隠し事があるなんて…苦しかった。でも言えない。私は混乱していた。
頭の中がごちゃごちゃだ。
「俺には言えないことなのか」
「…ッ」
ビクッ
私は大きく震えた。
レオには言えないんじゃない…
誰にも言えないんだ。
その理由こそが
隠された理由なのだから。
いい加減で自分を惨めにするような…理由なんて。
声に出したくないんだ。
「…泣くな。リュネ」
レオは、ばつが悪そうに私から手を離して私の頬に手を当てて目尻をぬぐう。
いつの間にか
私は泣いていたようだった。