今の関係
「はぁっ、はぁっ、…はぁっ」
早く…早く逃げなきゃ…!
ダダッ!!
鎖骨辺りまである長く緩やかな赤い髪がフワッと浮いて流れていく。
私はとても広い校舎の中を全力で走っていた。
右手で授業で使う資料の束と筆箱を抱え、
本来一本道でたどり着くはずの教室までの道のりを、
私は今、ある人から逃げるためだけに遠回りをしていた。
「待て…!」
彼の声がすぐそばまで迫ってきていた。
ポロ…ッ
「……ぁ!?」
思った以上に近くで声がしたため、
私は筆箱を落としてしまった。
カタンっとそれは音をたて壁際に落ちた。
ヤバ…!
私は急いで落としてしまった筆箱を左手で拾ったが…
ドンッ!!
「うっ…”」
と壁に叩きつけられた。
その瞬間背中に大きな衝撃を感じて思わずうめく。
それは捕まったことを悟った瞬間でもあった。
背中に感じたとき反射的に上を見上げると…、
視界の隅で彼の腕が私の方へと延びていくのが見えて恐怖した。
だが身構える時間などなくて…
ガッ”!!
と首を絞められた。
力が抜けて両手からものが落ちる。
ヒラリと資料の束が舞い散らばって落ちた。
私の体を他から見えぬように彼の影で覆われていた。視界が暗い。
「くぅゥ…ッ”」
「もう逃がさない」
思わず首を絞めてくる腕をつかむ。
そして彼をにらんだ。
く…苦しぃ…なんでいつもこんなこと…
そんな思いで見つめてた。
しかし彼は不適な笑みを浮かべながら私を見下ろしてた。
「逃げるな。俺に従え。
いつもお前は従わない…苛立つんだよ、リュネ。」
私の心中を察したのか彼はそう呟いた。リュネというのは私の名前だ。
名前を呼ぶときはいつも不機嫌だ。
彼の青い瞳が苛立ちをさらに募らせて首を絞める力をぎゅぅっと強くする。
「ッ…ゥう”」
息が…できない、苦しい。
助けて…はなして…。
「…また、はめてないじゃないか、
はめろっていっただろ、リュネ」
ふと彼は首から手を離し、その腕を背に回して反対の手で私の左手を
手に取った。
彼は器用に口元まで手を引き寄せて
口付けた。
「……ッ!?」
私は望んでいないが婚約を結んでいる。
彼は、いつもそうやって私が婚約指輪をしないことをとがめるように口付けてくるが、
慣れるわけもなく悪寒が走る。
息ができるようになった状況なのに
できなかった。
彼の行動する理由が分からないのだ。
そして…怖い。
「今、持っているか?」
「…も、もって…、なぃ」
「な、んで…ーーンッ!?」
ただ、わからないままに問いた言葉は
顔を近づけてきた彼の中に飲み込まれた。
「んぅ……んんッ」
口付けられ、逃れようとすればするほど彼は私を拘束する。
ひどく苦しくて怖くて何がなんだかわからない。
そういうとき彼は私に息を吹き込んでくる。何度もキスを繰り返す彼に、ただされるがままの私は呼吸がままならないからだろう。
本当に不思議で怖い存在なのだ、彼は。私を残酷なほど苦しませるときもあれば、こういう風に触れてくる。
「んぅ…や、やめ……」
彼が一息ついて再び口付けようと
してきたとき…
キーンコーンカーンコーン♪
休み時間が終わる5分前の鐘が鳴った。
「…チッ」
彼は悔しそうに舌打ちし、私から離れた。
そして私の床に散らばった資料を束ねて筆箱も拾うと、解放されたばかりの呆然としている私に差し出してきた。
「…ほら」
彼は私に受けとるように促す。
「……。」
ふと我にかえった私はだまって受け取った。
ちょっとは優しいんだなと思いながら
「…拾ってやったんだぞ、感謝はないのか?」
青色の瞳が怪しげに見つめてくる。
「あ、有難うございます……殿下」
一体誰のせいだと思って…!
そう心の中で私は毒付きながらもお礼をのべる。
「礼なんかより、俺の名前…呼べ。」
「え…?」
何で名前なんか……。
そう思って見上げてみると、
金髪をかきあげて
我慢しきれなかったのか不機嫌顔で、
「リュネは名前で呼べっていっただろ…!ほら、拾ってやったんだからはやく呼べ」
そう、つっかかってきた。
なんて俺様なやつだろう。
優しいだなんて思ったのは間違いだったんだ。
「…リクト殿下」
私は渋々名前を呟いた。
そう彼の名前はリクト。
この国の第二王位継承権を持ち、
貴族のなかでもほぼ王家と対等な位を持つ大貴族の長女の私と婚約をしている人だ。
「そんな嫌そうに呼ばれたくはないんだが…まぁいい許してやる。」
彼は私が呼んであげたにも関わらず
不満顔であった。納得がいってないらしい。
「リュネ、次は必ず指輪してこいよ。これは命令だからな!」
そう彼は私に言いつけ去っていった。
その後ろ姿を見ながら
「…あんな邪魔になるものつけるわけないじゃん」
と、小さく呟いた。
ごそごそとポケットのなかを探って1つの大きなルビーの指輪を取り出す。
キラッと輝きを放つ大きなそれは、
それなりの重さがあった。
そんなものつけたら、手作業には邪魔だし、王子を狙う女子たちの標的になってしまう。私はそれが嫌だった。
「私を苦しめて傷つけて遊ぶのが楽しいんだ、彼は。」
そうとしか私には考えられなかったのであった。