血ずりの残月 ~勇者ではない俺は街に残りこの場所の平和を守ります~
冒険者食堂フルムーンでは、その日の仕事を終えた大勢の冒険者たちが肉を食らい酒を飲み、手柄を自慢したり、分け前の相談をしたり、誰かがどこのパーティーに入っただの、パーティーが解散しただの、勇者が魔王の幹部を倒したとかそんな会話が飛び交っている。
そんな賑わいを見せている店の中を俺、犬養 太助は働いている。俺はこの世界から見れば異世界人で、この剣と魔法の不思議な世界へ転移してきた。
事の始まりは仕事へ向かう通勤時、横断歩道の信号が青になるのを待っていたら突然光に包まれ、気が付いたら石造りの城の中に居たのだ。そこには豪奢な装飾に着飾った王様と杖を持ちローブを着た人が周りを囲んでいて、突然の事に戸惑っていると王様が近づいて来て俺ではなく、近くにいる制服を着た3人に話しかける。
どうやら勇者召喚とやらで学生の3人を魔王討伐のためにこちらの世界に呼び出されたらしい。それを聞いた3人は、アニメやゲームのようだと喜んでいたり、家に帰りたいと嘆いていたり、まだ状況を理解できていないのか反応が薄いなど、三者三様の表情を見せていた。
と、ここでようやく俺の存在に気付き話を聞かれる。そして分かったのは信号待ちをしていた時、3人の近くに居たため巻き込まれたのではないかという話だった。酷い話である。
さらに酷いのは召喚された俺たち4人は魔王を倒さないと帰れないというのだ。
そんな訳で勇者として召喚された3人は魔王を倒しに旅立った。そして巻き込まれただけだと思っていた俺は城に留まることになったが、いつ魔王を討伐して戻ってくるのか分からない上に城の中で何もしてないとその内嫌味を言われそうなので自ら城下町で暮らすことにした。
この時に冒険者ギルドで仕事を紹介して貰えると聞いたので、今やっている食堂の仕事を紹介して貰った。
冒険者ギルドとは、ほとんどが日雇いの仕事で朝に掲示板に依頼が貼り出されて、その中から自分のやりたい仕事を選ぶ形になっている。依頼内容は魔物退治に、街の清掃、無くした物の捜索など何でもある様だった。
俺が店員をしているのには訳がある。魔物退治の方は命が掛かっているが強い魔物を退治してレアな素材が見つかればそれだけ実入りが良い。しかし、食堂の店員にはお金には代えられない情報を手に入れられるのだ。初めは異世界に召喚されてこちらの常識を知るために店員をやっていたのだが、ある事をやり始めると別の目的も出来る。
勇者の特別な力があって3人は召喚されて、俺は巻き込まれただけだと思っていたが日が経つと俺にも特別な力があると気が付く。
注文を聞いたり、料理を運んだりしていると二人の男が騒がしくなる。
「取りすぎだろてめぇ!」
「直接戦ったのは俺で、おまえは後ろで見てただけだろうが!」
「周りを警戒してたんだよ! 他に魔物がいたらどうすんだ!」
どうやら報酬の取り分で揉めてるようだ。酒が入り頭に血が上りやすくなっているのか、今にも殴り掛かりそうになっているので仕方なく止めに入る。
「なんだやるのか?」
「ああ、やってみろ!」
男たちが席を立ち相手に掴みかかろうとした時、俺は二人の間に立つ。
「「うっ!?」」
「お客さん、店の中で喧嘩はやめて下さい。もしやるのなら外でお願いします」
二人の男は鼻先にナイフとフォークが突き付けられて動けなくなる。彼らからすれば突然俺が現れたように見えただろう。
男たちは舌打ちして店を出てしまった。俺は食器を下げて厨房へ持っていくとさっきの事を見ていた店主に声を掛けられる。
店主は元冒険者で冒険者を引退してからこの食堂を営んでいる。そのためか冒険者の喧嘩なんていつもの事程度にしか思っていない。
「太助、お前がいると店が平和でいいな。もっと店に出てくれると嬉しいんだがなぁ」
「冒険者の仕事をもっとやりたいので。まぁ、空いてる時に来ますよ」
「これ出来たんで持っていって」
「わかりました」
料理を届けてると店の端から俺にとって価値ある情報が聞こえる。
「また盗賊か?」
「ああ、遠征の帰りを狙われたようだ」
「騎士団は何をやってんだ」
「無理無理、街の中で手一杯さ。だから外から帰ってきて疲れてる所を狙えば中級冒険者でもやれるって訳だ」
この世界には魔王や魔物のような敵がいるが、当然人間の中にも人々の平穏を乱す奴らはいる。
学生の3人が魔王を倒すために召喚されて旅だった。俺が城下町で生活していると野放しに出来ない悪党の存在に気付かされた。
俺も召喚されて特別な力を持っている理由はこの為にあったのではないだろうか。
今回の標的が決まった。
スラム街には訳ありな奴らが半ば隠れるように住んでいる。その中に最近幅を利かせている盗賊団があった。狙うのは冒険者の戦利品や装備。すでに死傷者も出ている。活動するのは夕暮れ。それ以外の時間はスラムのどこか、居場所がバレないようにアジトをよく変えるそうだ。ボスはかなりの強さを持っているようだ。
街で酒を飲んだ帰りのスラムの路地を二人の男が歩いていると。
「ぐあっ!?」
「どうした? なんだ、矢?」
一人の男の足に矢が刺ささりうめき声をあげながら倒れる。もう一人の男はここに居ては自分もやられると逃げ出したがすぐに戻ってきた。
「待ってろ、今助けるぞ」
「お前、逃げたんじゃあ」
「そんな訳ないだろ。肩貸してやるからボスへ知らせにいくぞ」
「ああ」
二人の男はスラムの路地を進む。この辺りは盗賊団の縄張りなのだろう途中何人かの男たちとすれ違う。中には声を掛けてきて心配するのかと思いきや怪我をあざ笑うような奴がいた。
そうしてボスのいる小屋へ入る。薄明り中に居るのは顔に傷跡があり指輪やネックレスを着けた大男。
「ボス、敵です。こいつが矢で撃たれました」
「何だと! どこのどいつだ?」
「暗闇の中から撃たれたので顔までは……」
「どこかの盗賊団の嫌がらせか。それとも復讐か。何でもいい、俺たちにケンカを売るってぇのなら買ってやる。そいつを探しだして見せしめにしてやる……ん? お前のその顔はなんだ?」
盗賊団のボスは肩を貸している男の顔の歪みに気が付く。
「おや? 短時間で写したから術が解けるのも早かったか」
「えっ? ぎゃぁっ?!」
俺はバレたと分かるとケガをした男の背中から心臓を苦無で突き刺し絶命させる。
「なっ! 何者だてめぇは!?」
「これから貴様は殺されるんだ。どうでもいいだろ」
俺は無表情で冷たく言う。
情報収集した俺はボスを見つけて近づくために部下を利用する事にした。一人を矢で怪我をさせて、もう一人が都合よく逃げてくれたので背後から切り捨てて服を奪い、巻物を開いて死んだ男の顔に押し当てて顔を写し取った紙を俺の顔に張り付けて部下の一人に変装する。
こうして俺は部下の一人に案内をさせて盗賊団のボスの元へ近づくことが出来た。
「おのれぇぇぇ!」
激高したボスは剣を取り出し横へ斬り払ってくる。その素早く鋭い一撃はさすがは盗賊団のボスと言った所である。
だが、俺には当たらない。ジャンプしてボスを飛び越して背後へ、そして苦無を首に押し当てる。
「おい、待て、待ってくれ。降参だ。盗賊から足を洗うから命だけは助けてくれ」
「そう言って今まで騙し討ちしてきたのか? 指輪の魔石に魔力が籠っているのが見えているぞ」
俺は容赦なく苦無を引いた。
「ぎゃあああぁぁぁ!」
首から噴水のように血が噴き出て部屋の中を血で染める。噴き出た血が顔に掛かり変装に使った紙が剝が落ちる。ボスは首を押さえるが止まることはない。
「たっ、助け……」
「そのまま己のした行いを悔いて死ね」
俺はボスが長く苦しむように特別な魔法を使った。ボスが自ら治癒魔法で治さないようにと治癒魔法が効きづらくなる魔法と、傷口が開きすぎてすぐに死んでしまわないように傷口を固定する魔法だ。
とても残酷ではあるが俺に心苦しさや愉悦などの感情は一切なかった。この世界に来て特別な力を手に入れたがこの力を行使するとどういう訳か感情が動かなくなるのだ。
と、ここで異変に気付いた部下達が部屋に入ってくる。
「ボスどうかしたんですか? えっ? ボス何が!?」
すぐに俺は部屋のカーテンを切り裂き鼻から下に巻き付けて顔を隠す。
ボスはすでに虫の息で血だまりの中を這っているが間も無く息絶えるだろう。
長居して複数人に囲まれると分が悪いので、窓枠に足を掛けて最後にボスが動かなくなったのを確認して隣の小屋の屋根に飛ぶ。そして屋根や城壁伝いに飛びながら帰路に着くと空は徐々に明るくなり普段の俺も帰ってくる。
「いらっしゃいませ、お好きな席へどうぞ」
暗殺をした翌日の冒険者食堂フルムーンに俺はいつものように働きに来ていたのだが、この日の食堂はいつもと少し様子が違っていた。
「おい、聞いたか? 盗賊団が壊滅したって」
俺のやった噂話で持ちきりだった。
「何でも盗賊団皆殺しだってな」
していない噂が流れている。
「別の盗賊団に潰されたのか?」
「いや、生き残った奴によると一人だったそうだ」
盗賊団皆殺しって話じゃなかったのか。
「ひとり!? いったいどんな奴なんだ」
「全身黒ずくめで血染めのマフラーを巻いていたらしい」
マフラーは顔を隠すのに近くにあったカーテンを顔に巻いたんだけど、飛び散った血で真っ赤になってただけなんだ。
「太助、そんなに盗賊団の話が気になるのか? これ持ってけ」
店主が出来た料理を渡しながら聞いてくる。
「俺も冒険者やってますから盗賊がどうなったか気にはなります」
本当は自分の話が気になるが、俺は食堂内の噂話に耳を傾けながら仕事へ戻る。
「そいつって……」
「首を……血の海で……」
「……這いずり回って……」
「残された……月が見えて……」
そして断片的に聞こえてくるのは物騒な話ばかり。
「で、結局その暗殺者何者なんだ? 赤マフラー?何て言ったらいいんだ」
「わからん。何でもいいさ盗賊団が壊滅したんだから。飲も飲も」
暗殺するから名前なんて考えてなかった。変に有名になってしまったので考えておこうと思った。
ある日の夜明け前のスラム。盗賊団を潰しても新たに盗賊団は現れる。盗賊達はその日の収穫に祝杯を挙げていた。
「がははは、今日も良い獲物がいたな。見たかあの冒険者の顔」
「はい、泣いて鼻水垂らして『命だけはぁ』って」
「ははははは」
「んっ? なんだお前、誰だ?」
頭の声に火を囲んで談笑していた盗賊達はいつの間にかいる知らない奴に注目が集まる。
「あれ? こいつの……黒づくめに赤いマフラーって、まさか最近噂になってる暗殺者!」
「何! こいつが」
「ならず者どもにも噂になっているとは……ならば俺がここに来た理由も分かっているな。お前達の命もらい受ける!」
「お前今の状況わかってんのか。わざわざ囲まれた所に出てきてよぉ。おいてめぇら、こいつを血祭りにあげて俺たちの名を上げろぉ!」
「おおおぉぉぉ!」
「愚かな……何も準備もせずに姿を現すとでも思っているのか」
俺は改造したベルトから巻物を取り外し広げる。
「月光招来!」
俺の魔法が発動すると巻物から闇が広がり火が消えて月明かりのみになる。
「火が消えたぞ。よく見えねぇ。奴はどこ行った」
盗賊達は突然明かりが消えて目が慣れていないせいでパニックになる。さらに俺の魔法は目くらましだけではない。
ゲコゲコ、ゲロゲロ、ゲコゲコ、ゲロゲロ。
「なっ、なんでここに蛙が!」
「うわっ!」
「ぎゃー!」
大小さまざまな蛙が無数に現れ盗賊達を攻撃する。体当たりに蹴り、毒ガスを出すのもいる。
盗賊の中には魔法の効果範囲から逃げようとするのがいたので別の巻物を開いて手裏剣を取り出す。
「逃がしはしない」
「ぐあっ……ぐえっ!」
俺の投げた手裏剣が盗賊の足に刺さり転んだ所を大蛙が背中に落ちた。
こうして粗方の雑魚はうめき声を上げて動けなくなってしまった。
最後に盗賊の頭はどこへ行ったのかと探すがいない。さすがは群れのリーダーだけあって逃げ足は速いようだ。
「何なんだあいつ。おかしな魔法を使いやがって。あいつらが囮になっている間にさっさと逃げないと」
「おっと、どこへ行くんだ? 騎士団へ行くというのなら逃げても構わないのだが」
指で苦無をくるくると回しながら盗賊の頭の前に出る。
「くそっ、もう来たのか。役に立たない奴らだ」
「それでどうする? 前へ進んで俺に殺されるか、後ろへ引き返して部下と一緒に大人しく騎士団に捕まり命は助かるか、選ぶといい」
「てめぇを殺して逃げるんだよ」
「そうか、それがお前の答えか」
盗賊の頭は剣を大きく振りかぶり斬りかかってくる。だから俺は通勤通学時間の駅で雑踏の中を向かってくる人とすれ違うようにして避ける。そしてこの瞬間に苦無で盗賊のカシラの首を撫でてやる、すると血が噴き出て彼岸花の花被の様になる。
頭は少し遅れて自分の首から血が出てるのに気付き必死に押さえるが血は止まらない。
「がっ! なん、なんだ、おまえは……」
「俺か? 俺の名は血ずりの残月。貴様ら悪党が二度と悪事を働かないように引導を渡してやる者だ……ん?」
せっかく名乗ったのにすでに息絶えている。最後に覚えてから死んで欲しかった。
背後から物音が聞こえたので俺はスラムの家の屋根に飛ぶ。下を見ればスラムの住人が死んだ盗賊の頭の周りに集まって来た。
今回の標的を殺したので俺はこの場を去る。空を見上げれば徐々に明るくなっていく、さらに月もまだ見えていた。
勇者召喚で呼ばれた3人の学生は魔王を倒してこの世界の平和を守るために旅立った。
ならば俺のするべき事は? 俺はもっと身近な平和を守るために悪を倒すとしよう。いつか元の世界に帰れるその日まで。




