オスロ防衛戦 1
エステルの家を後にし、銀とクロと一緒に帰路に着く。オスロもそろそろ日が落ちてきたようだ。だんだんと夕方の空色になっていく。季節的に夏も終わりそろそろ秋めいてくる頃だが、秋は毎年のことながら、意味もなく寂しさを感じてしまう。
「室田よ、そういえばお前に聞いておきたいことがあったんだ。ベイルの捕虜・・・リタという娘をお前は救った。どうやってやったんだ?人体に魔石を埋め込んだ人間から魔石を取り出すなど聞いたことがない」
「そうだったのか?でも、俺だってなんであんなことができたのか分からない。技術部で何度も調べたり実験したが、同じことはできなかった」
「ふむ。お前のポータルを閉じる力といい、まだまだ未知な能力であることには変わりはないか・・・」
「面目ない・・・」
「気にすることないわよ〜。ムロさんのお陰で、私たちは希望を持てるんだから!」
「けど、前の戦いでは、犠牲者が・・・」
俺は戦場と葬儀の光景を思い出した。俺はあの時、できることは全て全力でやったと思っている。だが、俺一人では、どうしようもできないことがあまりにも多すぎた。仲間が命をとして守ってくれたからこそ、俺は今こうして立っていられるにすぎない。
「室田、あまり考えすぎるな。ヴァルハラに行く時がいつ来るか。それは誰にも分からない」
「そうかもしれないが・・・」
慰められても、素直にハイそうですかとは、すぐには言えない。
「過ぎた事は仕方ない。これからを考えよう。悔いたくなければ、精進する他無い」
「さすが、銀は達観しているな」
「これでも、元勇者パーティーの一員だからな」
銀は誇るようにニッコリと笑った。
空が明滅した。切れかけた蛍光灯のように、チカチカとしている。
「あなた、あれッ!」
「何事か?!」
突然、オスロが真っ暗闇に包まれた。一体何が起きた?まさかの停電か?
「何かあったのかな?電気系統のトラブルとか」
「いや、それはありえない。オスロのインフラは中核世界の技術だけではなく、エステルが組んだ魔法術式だって使用されている。こんなことが起こるとは考えにくい。あるとすれば・・・あぁ、嫌な予感がする」
俺はこの時、何の危機感も感じず、ただぼんやりと真っ暗な世界に包まれているだけだったが、次の瞬間、轟音と共に、赤い炎がオスロの中心部から燃え上がっているのを見た。
「爆発?事故か?」
「室田、クロ、向かうぞ!」
「おっ、おう!」
爆発と炎の明るさを頼りに、進み始める。辺りは相変わらず真っ暗だが、少しずつ非常灯らしきものが道や建物に灯っていくのが見える。
「急げ!これは事故なんかじゃない、攻撃だ!」
「えっ?攻撃って、ここは地下だぞ、どうやって」
『緊急事態発生、緊急事態発生。全オスロ市民は至急最寄りのシェルターへ非難して下さい。これは訓練ではありません。繰り返します。これは訓練ではありません。全オスロ市民は至急最寄りのシェルターに非難をしてください』
オスロに緊急警報がこだまする。連絡用端末も確認するが、通信ができない状態だ。ただ事ではない。
「銀!クロ!あっ、ムロさんまで!」
この声はヴォルフか。隣にはミーシャも巴ちゃんもいる。
「一体、何が起きたんだろう。端末も使えないし、状況が分からないよ!」
「落ち着いて、ミーシャ。あの爆発、魔力を感じるわ。鉄壁のオスロの内部に侵入するなんてありえないはずだけど、この攻撃的な魔力の波、敵襲で間違い無いでしょうね」
「同感だ。全員、端末の緊急ボタンを3回連続で押せ」
「了解!」
それぞれ、端末を取り出し、緊急ボタンを銀の指示通り操作する。確か、この行動は緊急時の対応マニュアルにあったが、ちくしょう思い出せない。とにかく、俺も同じように操作する。
一瞬、強い光が瞬く。あっと、目を閉じてしまったが、目を開けて驚いた。全員、私服だったはずなのに、いつの間にか戦闘服へと着替えも終わり、武器や携行品の数々まで完璧に装備されていた。
「何事?!」
「落ち着け、室田。転移魔法の一種だ。こうした緊急事態に備え、装備一式を転移する魔法だ。覚えておけ」
「なるほど・・・。つまりこれって、いわゆる変身みたいな感じ?」
「なんだ、もっとキラキラして演出が入ったら面白かったのに・・・」
「と、巴ちゃん・・・?」
「なっ、なんでもない!!今の忘れて!!」
ともかく、フル装備で戦闘体制が整った。あとは前進するのみ。
「非常事態につき、臨時で今ここにいるメンバーで隊になりましょう。銀、指揮をお願いできるかしら?」
「承知した。先頭は俺が行く。クロ、周囲の警戒を頼む。室田と三次は部隊の中央へ。ミーシャとヴォルフは二人の両翼を守れ。後方への警戒も怠るな。行くぞ!」
「了解」
俺たちは非常灯が照らす暗がりの道を走って現場へと急行する。オスロの市街地へ近づくにつれ、ハルモニアの隊員隊が手分けして民間人をシェルターへと避難させていくのが確認できた。
爆発は散発的に起こり、街に近づくにつれ、銃撃の音が響いてきた。そして、街道には、負傷した民間人やハルモニアの隊員達の姿が見えてきた。現場は混乱を極めているらしい。銀に気づいた隊員がこちらに気付き走ってくる。
「銀様!よかった!現在オスロは敵の奇襲を受け、ハルモニアや民間人にも被害が出ています!」
「承知した。敵の情報はあるか?」
「確認できているのは、三名。ベイルの手の者ではありません。あれは、異世界転生者達です!」
「なんだと?なぜそんな奴らがここに・・・」
「現在、急行した部隊と共に、アーロン殿とカルフ殿が交戦していまが圧倒的な戦力差で味方への被害が甚大です!」
「分かった、俺たちもすぐに向かう。避難の誘導を頼む」
さらに先を急ぐ。オスロの市街地の中心には円形に広がる公園がある。大きな噴水もあり、オスロの憩いの地として人気のスポットだったが、あれだけ美しかった公園はすでに破壊され、瓦礫の山と化していた。公園だけではない、周りにあったはずの露店や民家もみな破壊され燃えている。
「誰か・・・助けて・・・」
うめき声が聞こえる。生存者がいた。
「銀、生存者だ」
すぐにミーシャが駆け付け、治療魔法をかける。
「大丈夫です、もう安心ですよ」
ミーシャは負傷者に優しく声をかけながら治療を行う。暗がりで明かりらしい明かりは非常灯の他は燃え盛る炎だけだが、暗闇に慣れた目はぼんやりと公園の惨状を映し出す。
黒こげの死体があちこちに転がっている炭化の具合から、かなりの高温で焼かれたことが窺える。その焼死体に混ざって、先行して駆けつけたハルモニアの隊員達の姿があった。あったのだが、みな血を流し、倒れたまま動かない。
「これは酷い」
「室田、まずは生存者の確認を急げ」
「了解」
みな手分けして生存者を捜す。だが、民間人も含め、その殆どが死亡していた。傷口や遺体の損壊具合を見るに、強力な魔法で攻撃されたようだ。
「至急・・・増援を・・・」
いた。瓦礫に覆われているハルモニア部隊員を見つけた。すぐに駆け寄り、瓦礫をどかし、応急処置をする。
「がんばれ、衛生兵がすぐに来る。それまでがんばれ」
「味方か・・・。俺はもう駄目だ。民間人の救助を優先してくれ・・・。それより、はやく・・・至急、増援を・・・救助が間に合わなく・・・」
隊員の呼吸は乱れ、痙攣も起こしている。腹部を押さえているが、そこから大量に出血している。これだけの出血量ではもう・・・。
「・・・大丈夫だ。民間人の救助は進んでいる。安心してくれ」
「・・・そうか・・・」
傷口を押さえていた隊員の腕が力なくだらりとさがる。
俺は合掌し、認識表を回収する。
言葉にならない暗い感情が心を満たしていく。この惨状を、一体、誰が、なんのために・・・。
「あらぁ、まだ豚さん達が生きているのねぇ」
艶かしく禍々しい声。長い黒髪の女が不気味に嗤っている。




