勇者ヨシオ 3
メンタルを持ち直した小林が横からスッとタブレットを覗き込み答える。
「えっ?これが?」
件数をよく確認する。ハルモニア創設の年からの累計で、二十二回。
それだけ戦闘が行われているのか。よく見ると、交戦回数の他、味方が受けた損害についても書かれている。
その数、戦死者数、三千八百十五名。重軽傷者数、九千五百一名。
実際に異世界と戦い、これだけの犠牲者が出ていたのか。
銀は淡々と説明を続ける。
「ベイルがなぜ中核世界に執拗な侵攻を行うのかは未だに不明だ。我らも情報を入手しようとしているが、なかなかうまくいかなくてな」
銀は俯きながら自分の腕を舐めている。猫らしい仕草だな。いや、猫か。
「今でこそ対ベイル戦で有効な戦術を編み出しているが、かつて我々はベイルとの戦いの度に、大した戦術も用意できず、情報を集めながら手探りで戦っている状態だった。それゆえ、ベイルとの初戦闘は凄惨だった」
「それについては、俺から説明した方が早そうだな」
「・・・そうだな。頼めるか」
おう、と小林君が答える。
小林君は一口お茶を口に運ぶと、刺激が強いかもしれませんが心して聞いてくださいと言うと、過去のハルモニアの戦いぶりを教えてくれた。
「実は、俺はハルモニア創設当時からいる兵士なんですよ。ベイルと中核世界の初戦闘の生き残りなもんでして」
驚いた。ただの気のいい同僚だと思っていた小林君がそこまでのベテラン兵士だったとは。しかも、ベイルと初戦闘を経験?
「あの日の事は今でもよく思い出しますよ。ベイルとの初戦闘の時、俺はまだ国防軍所属の一兵士でした。ある日突然基地の全部隊に出動命令が下りました。最初はみんな非常召集の訓練かと思ってましたが、上官達や絶え間ない無線のやり取りで、有事である事が段々とわかり、装備を整え命令された場所へ急行しました。現場に駆けつけたはいいが、着いて早々度肝を抜かれましたよ。そこには馬鹿でかいポータルが開かれていて、中から続々と甲冑を着た兵士やら騎馬兵の一団が現れ、周辺の集落を蹂躙していました。まさに地獄絵図てやつですよ。
すでに住人の多くが殺害され、生きている男や老人達は家屋から引きずり出され処刑され、女子供はその場で嬲られ、犯され、なす術無く奴らに虐殺されていました。中にはポータルに連れ去られる民間人もいました。すぐに全軍に攻撃と民間人保護の命令が下り、俺達はベイル軍と交戦しました。だが俺達の現代兵器は、はじめは敵に対し絶大な効果を発揮し、ベイル軍を圧倒しました。なんせ、敵はヨーロッパの中世くらいの文明レベルでしたから
ところが、戦闘開始してしばらく、こちらが敵軍のポータルに肉迫しようとした頃、突然俺たちの攻撃が的に当たらなくなったんです」
「攻撃が当たらない?どういうこと」
「矢避けの加護の魔法だ」
銀シャリが補足で説明を加えてくれた。
「ラークスもそうだが、異世界には共通した防御系の魔法がいくつか存在する。矢避けの加護は、その基本的な防御魔法の一つに該当する。文字通り、飛んでくる矢が当たらなくなる魔法だ」
「そんな便利な魔法があるのか・・・。でも、国防軍は銃や大砲が武器だろ?矢以外でも効果があるってことか」
「そうだ。矢避け、とは言うが、要は飛来する物体であれば、銃だろうが砲弾だろうが、加護の対象になる」
「・・・まさか、ミサイルとかも?」
「その、まさかだったんですよ」
小林くんは苦々しい顔を見せる。
「開戦当初、敵軍の魔法使いは熟練の強力な魔法使いが大挙してきてたんです。奴らは、当初ベイル軍の兵士に防御力が上がる魔法をかけていたんです。おそらく、剣とか槍での白兵戦を想定してたんでしょうね。ところが、こちらの現代兵器は銃火器がメイン。現代兵器の前では意味をなさなかったんです。でも、奴らも俺たちの武器が飛び道具って事に気がついて、兵士たちに新たに矢避けの魔法をかけた。途端に、こちらは不利になって、鎧着込んで剣や槍を振り回す大群を銃剣で戦う羽目になったんですよ。
あとは、数の力に物を言わせた猛攻を受け、こちらの戦線は崩壊・・・。形勢はひっくり返され味方は壊滅的な損害を出しました。次々に、仲間が切り伏せられ、貫かれ、叩きつぶされていきました」
「そうだったのか・・・」
「敗走しながらも生き残った俺達は民間人を逃がしつつ俺たちは銃剣やスコップで応戦し、なんなら敵の武器を奪って戦い続けました。スコップや銃床の物理攻撃が一番効いたのには笑っちまいましたがね。
そんな時ですよ。突然、日の丸の旗指物を掲げた集団が突然現れて俺たちに加勢をしてくれたんです。驚きましたよ、戦国の武士みたいな格好して日本で戦うネコがいましたからね」
「それは俺のことか?」
「当たり前だろ。最初はびっくりしたぜ。夢でも見てるのかと思った」
「懐かしいな、お前は一人殿しんがりを務めていたな。感心したぞ、あれだけの敵を前にして死力を尽くす貴様の姿は、まさに強者つわものと呼ぶに相応しい」
「照れるぜ。もっと褒めろや」
銀は小林くんの冗談を受け流し、遠い眼をして昔を懐古している。
「俺もあの時のことはよく覚えている。見たこともない兵器を駆使する中核世界の軍隊に度肝を抜かれたよ。幸い、俺たちは翻訳魔法もあったし、勇者から直接言語も覚えさせられていたから、言葉には苦労しなかったことは、暁光だったな」
「いくら言葉が通じるからって、そんなすぐに打ち解けられる物なのか?」
「ラークスも中核世界に渡ってすぐにベイルと交戦を始めたが、エステルはじめ、ラークスの中心人物が即座に国防軍の司令部へと赴き、接触をしている。それに、異世界との戦闘で甚大な被害を出していた国防軍にとって、渡に船だったんだろうさ」
「それは間違いないな。前線にいた俺たちも日の丸あげて日本語も話すが、人ではない姿の存在をこの目で見てたからな。けど、あの戦い振りを見て、直感で仲間だと判断したのさ。あの時のラークスの兵士たちは自分の命も顧みず、俺たちや民間人のために戦ってくれた。俺の目の前で死んでいったラークス人も、決して少なくない」
「そうだ。俺たちは勇者の故郷である日本を、同胞である日本人を何としても救いたかった。ただその一心で戦ったまで」
「あぁ、それは一緒に戦ってよくわかったぜ。俺たちで先陣切って敵軍に切り込んでいったもんな」
「懐かしい話だ」
この話は二人の過去の戦いの話でもある。実際に仲間も多勢失った戦いだったというのに、俺は不謹慎と思いつつもまるで英雄譚を聞いている子供のように血湧き肉踊る心地で話を聞いていた。
「純粋な戦闘力では遥かに中核世界軍が上だったが、魔法使い相手には分が悪かった。ベイル軍は精強な魔法部隊を持ち、戦術と魔法で巧みにこちらの兵器を無力化し、自分達の得意とする戦法に巻き込むように仕向けていたからな。
「それにしても、あの戦況をひっくり返そうっていうのに、とった戦法が敵の魔法使いの殲滅なんて、脳筋にもほどがあるよな」
「全くだ。結局、あの時の戦い方が、対異世界戦闘のセオリーになってしまっている」
「でもまぁ、魔法使いさえ排除できれば、あとはこちらが完全に優位に立てるし、実際、魔法使いがいなくなったら、あっという間に国防軍の攻撃でベイルを殲滅できたしな」
「そうだな。敵も不利を悟り、速やかに撤退したのも見事であった。それに、度重なる戦闘で、敵も策を練ってきているのはよく分かる。一筋縄ではいかん相手だ」
「思った以上に壮絶だったんだな。異世界との戦闘って」
「ハルモニアの新人は割とそう言いますよ。千年遅れた文明に現代兵器が負けるなんて露程思わないようでね。ただ、魔法の力は厄介も厄介です。舐めたらいけませんよ」
確かに、そこは肝に銘じておかなければならないだろう。魔法の脅威だけではなく、銀の言う通り、異世界にも優秀な人材がいるだろうし、ただでさえ、戦場では不測の事態が起きるものというのも座学で学んだ事だ。二人は、いずれ来る実戦に向け心構えを説いてくれたということか。
「ありがとう。色々話してくれて」
「なぁに、仲間じゃないか。お互い、背中を預け合うのだ。気にするな」
そう言うと、銀は猫っぽくニンマリと笑った。




