勇者ヨシオ
クロの後ろについて行くが、しっぽがチョロチョロと動いているのが見える。なんとも不思議な光景だ。いまだに、ラークス人を見ても、出来の良いコスプレにしか見えない。
クロはテキパキとお茶の支度を整え、俺達は菓子を囲い畳みに座る。
そういえば、銀は二足歩行するネコみたいな獣人で、クロは人間に姿が近いネコの獣人だよな。同じ獣人なのだろうか。
「つかぬ事をお尋ねしますが、銀とクロさんって同じネコの獣人ですよね。姿が違いますけど、何でですか?」
思い切ってクロに聞いてみる。クロはそーですねーと、少し考え込んでから答えた。
「見た目が人間よりか、そうでないかというだけで本質的には同じですよね。元々獣人は完全に獣の姿にもなれるし、逆に完全に人の姿でもいられます。割と姿形は自分で変えられますね」
「へ〜、そんなもんなんですね。じゃ子供も作れるんですか?」
銀とクロの耳がピンッと立つ。
「オイ、コラ、ムロさん。デリカシーを持ちなさいって」
俺は小林君に小脇を小突かれる。またやってしまった。素朴な疑問だったのでつい聞いてしまったが、朝に続いて二度目の失態だ。
「あっ、すいません、変な事聞いてしまって」
「いえいえ、確かに気になるでしょうしね。こうも外見が違うと」
銀はお茶を啜りながら遠くを眺め、クロは顔を赤らめながらも、あどけなく笑って返すだけだった。特に気分を害していないらしい。助かった。
「中核世界の人達って変な所で気にしたりしますよね。別に、私たち夫婦ですし、子作りぐらいしますよ」
今度は俺達が危うくお茶を吐くところだった。
「クロさんよ~、そりゃそうだろうけど、いきなり言われるとこっちもビックリしちまうよ。そこは、もう少しやんわりとさぁ~・・・」
小林君も少し顔を赤らめ、なんと言ったらいいのかと言葉を探している様子だ。
「男女の交わりをそんな禁忌のように扱うなんてラークスじゃしませんよ?」
「えっ、マジで?」
小林君は食いついた。
「そうですよ。私達にしてみるととても不思議に感じます。素敵な行為じゃありませんか。異なる魂が求め合い一つに溶け混ざり合う。そこには不純なものはなく、あるのは癒しと愛、それに新たな命を授かる神秘の行為です。何故禁忌とするのか私には理解できません」
「いや〜、でも相手の体を求めるって邪じゃありませんか?下心とかあると、性欲の発露みたいで、やっぱ大っぴらに言うのはどうも・・・」
小林君は恥ずかしそうに聞く。そりゃそうだろう。実社会で男女の行為を公で推奨しようものなら下手すりゃ警察沙汰だ。
「そりゃ、ただ肉欲を満たす為ならばそうでしょう。でも、本来は相手を傷つける行為ではありません。相手を慈しむ行為です。それがラークスでの教えでもあります。これは、中核世界から来訪した勇者様も同じことを仰っていましたが、違うのですか?」
「勇者、ですか」
ラークスで語られる伝説の勇者。その昔、中核世界からラークスへと異世界転移した日本人のことだ。
ラークス人の話では尊敬と崇拝の対象となるほどの聖人で、ラークスが中核世界へ協力的な理由は、ひとえにその異世界転移した日本人へのせめてもの恩返しというのは、この交流都市オスロでよく聞く話だ。
「かつてラークスに平和と繁栄をもたらした勇者様です。既に天寿を全うされておりますが、今もラークスの英雄として語り継がれています。」
「へー、そうなんですね」
「勇者様は、中核世界の人ですが、我々ラークス人の見た目には気にしていなかったのですが、ひょっとして勇者様が特別だったのでしょうか」
「と、言いますと?」
「ラークスにはもちろん人間もいますが、エルフもドワーフも獣人も魔族もいます。どの種族も独特の外見をしていていますが、それは単にその種族の特徴であって生まれながらなに授かった恵みの一つの形であると教わりました。中核世界の方々は同じ種族なのに、肌の色で随分と扱いが変わることもあるとか。それこそ、同じ肌の色をしていても、容姿の美醜にとても執着されるというのが、ほんとうに不思議で」
「ラークスでは容姿は気にしないんですか?なら、俺みたいな顔でもチャンスはありますか?」
更に身を乗り出し小林君は食らいつく。
「中核世界の方ほどには気にしていないと思いますよ。以前、中核世界人の同僚からモデルの写真集を見せられてどの男性が好みかと聞かれたこともありますが、正直あれは見るに値しません」
「それは、イケメンには興味が無いと、そういうことですか?」
「いえ、もっと本質的な話です。写真という技術に関してはとても感心しましたが、あれでは本人の内面を窺い知る事はできません。やはり、男は中身です。ラークスの女は顔ではなく魂で男を選びます。そこには種族や容姿など関係ありません」
なんかクロがカッコ良く見えてきた。小林君の眼が輝いている。決して小林君もブサイクでは無いはずだが、顔にコンプレックスがあるのだろうか。
と、ここで銀も会話に混ざってきた。
「どうした小林。ラークスの女にでも懸想してるのか?」
「・・・いや、別にそういうわけでは」
赤面し、なんとか誤摩化そうと足掻くが、バレバレだぞ、小林君。
「さしずめ、お目当てはエステルだろ」
「ちっ、ちげーし!」
この狼狽ぶり、図星だな。
だが、銀は気にもせず、まくし立てる。
「まぁ、チャンスが無いとは言わん。なんせ、エステルの旦那は中核世界の人間だからな。というか、その件の勇者なんだが」
「それは初耳だ。小林君は知ってた?・・・小林君?」
石のように硬直した小林君の姿が、そこにはあった。だらだらと冷や汗を流し、さもエステルが結婚していた現実を受け入れらないようだ。まさか異世界転移者と結婚していたとは。まぁ、しばらく小林君はそっとしておこう。
「ラークスでは周知の話だからな。それに、もう何年も前に死別している。今更、誰もとやかく言わんだろうさ。エステルと勇者の関係は、本人以外がするのも無粋だから止めとくが、俺が知り得る勇者の話しなら教えてやろう。
今から五十年ほど前だ。突然、あの男は現れたのだ。男の名はヨシオ。瀕死の重傷で倒れていた所をエステルが発見し介抱したのが全てのはじまりだ」
「え、誰だって?」
「勇者、ヨシオだ」
思わず、お茶を吹く。
勇者ヨシオ・・・。
しまった、なぜだか笑いのツボに入ってしまった。笑いが止まらない。
「やはり、ヨシオと言う名は中核世界でもおかしな名前だったのか。皆この名を言うと何故か笑うのだよな」
「そりゃね〜。多分ギャップってやつだよ」
小林もプルプル笑いを堪えながら遠くを見ている。
「すまん、他意はない。他意はないが、あまりにも勇者っぽく無い名前だったので」
俺は、笑いを殺しながら肩を振るわせつつ平謝りする。
「いやいや、大丈夫だ。それにしても、ヨシオ様も浮かばれんな。ヨシオ様は俺の剣術の師匠でな。せっかく勇者の称号を得たのに、名前一つで故郷で笑いを誘うのだから大したヨシオ様だ」
そんな遠い眼をしながらヨシオの名を連呼するな。腹が捩れる。まさか、この猫わざと言ってないか。そんな疑惑も抱きつつも、銀は話を続ける。




