技術部員、ジーナ
「おー、御早い到着痛み入ります!私、技術部の責任者をしてます、ジーナです。今日はよろしくお願い致します!」
彼女はおもむろに俺達の手を掴みぶんぶんと振る。握手のつもりなのだろうが、早くもそのテンションの高さに若干引いてしまっている。
「・・・こちらこそ」
更にこの方、見た目がヤバい。ビン底眼鏡にボザボサの髪。焼けこげた白衣。身嗜みなど微塵も気にかけていない様子だ。昼夜問わずひたすら研究に没頭しているご様子。
女性としてこれは如何なものだろうかと、男の俺でも考えさせられてしまう衝撃を与えたこの女性は、ジーナという名のエルフだ。エルフは皆中核世界の美的感覚から言うと美人しかいないと言われるが、彼女からは申し訳ないが芋臭さしか感じられない。技術部は激務であるとも聞くし、仕方ないのかもしれないが。
「随分、お忙しいようですね」
俺はジーナの境遇を案じて思わず言ってしまった。
ジーナはビン底眼鏡を指でクイっとあげながら、俺の表情を観察している。顔に出したつもりはないが、どうやら思い切り出ていたらしい。
「ひょっとして、私の事心配してくれてます?」
思った以上に軽い声で問いかけてくる。てっきり、見た目も満身創痍だし、精神的にも参っていそうだったが、この声の調子はそれとは全く違っていた。
「優しいんですね、室田さんて。だいたい他の部署の方って私達技術部の者を気味悪がる人が多いのに、奇特な方もいたものですね」
彼女は自虐気味に加え恥ずかしそうに喋る。そのハニカミはとても可愛らしいと思うが、ビン底眼鏡から覗く上目遣いは少々不気味でもある。
「でも安心して下さい!これでもちゃんと食事と休息は取ってますから。昨日だって二時間も寝ましたし」
「二・・・二時間ですか」
「大丈夫ですよ〜。いざとなれば回復魔法もあるし、この世界にだってエナドリがあるじゃないですか〜」
「体に毒ですよ。やっぱりちゃんと休みましょうよ」
エナジードリンクは、異世界人にも人気だったのか。本当にジーナの事が心配になってきた。慣れはとても恐ろしい。どれほど劣悪な環境に置かれても、ちゃんと生存できる様に身も心も適応してしまうからだ。だが、それだって限界を越えればそれまでだ。
ところが、ジーナはキョトンとした表情をしている。その後、手をポンと叩き、何か納得した顔をする。
「あっ、すいません。正確な睡眠時間は確かに二時間なのですが、実質的には八時間以上寝てまして。実は技術部には疲労回復の秘密兵器があるのですよ!」
そう言うとジーナは俺の手を掴み、技術部の部屋の一角へと半ば無理矢理に連れて行く。
「実は今、こんなものを使っているんですよ!技術部で開発した科学と魔法を駆使して制作された圧縮睡眠装置です。この機械に入れば一時間の睡眠でも一晩眠ったのと同等の疲労回復効果が得られます。ただ、まだ臨床実験段階なので技術部の試験志願者のみしか使用していませんが」
目を輝かせて熱弁するジーナに圧倒されながらも、俺はその圧縮睡眠装置とやらを眺める。パッと見は棺だ。それ以外の何物にも見えない。
「そんな物まで作ってるんですね、技術部って。というか、自分を実験台にしているとは驚きです。危険じゃありませんか?」
「最悪、事故が起きても、死なない限りはエステルや他の魔法使いが治療魔法をかけて下さいますので大丈夫ですよ」
「いくなんでも、それは無茶が過ぎませんか?」
「確かに、そこまでやるかと言われる事は日常茶飯事です。ですが、挑戦無くして成功無し。失敗は発明の母という言葉も中核世界にはあるではありませんか。何事も効率を重視し、失敗せず成功したがる嫌いがありますが、その過程にこそ成功へ至る本道が隠れているものです。
だから正解を見つける為に己を犠牲にすることも大事なんですよ。無謀はいけませんけどね。それに、私達が仕事をがんばればがんばる程、ハルモニアに貢献できます。特に新兵器の開発は急務です。魔法と科学が合わさればこれまでに無い新兵器が産まれる事でしょう。あぁ、なんと素晴らしい・・・。そして、ゆくゆくはこれらの新技術はラークスと中核世界に恩恵をもたらす未来が見えます。そうすれば、今よりも素晴らしい世界を見る事ができるはずです。そうは思いませんか?」
新兵器の開発・・・。無邪気に喜んでいていいものなのだろうか。座学では異世界との戦闘において、新兵器の開発は急務とあった。それは、魔法に対し現代兵器が必ずしも有効ではないことが判明しているかららしい。
兵器開発は、戦闘において味方の損害を減らし、敵には最大限の損害を与えることが求められるとか。戦況がこちらに優位であれば、多くの命が失われずに済む。否定する気はないが、結局のところ、人を効率よく殺す為の道具を作っていることも間違いではないので、なんだかモヤモヤしてしまうところだ。
そんな釈然としない気持ちで考え込んでいたところ、ジーナは俺の顔を覗き込み、優しく微笑んだ。
「殺戮の果てに平和は訪れるのか。それは分かりません。しかし、降りかかる火の粉は払わねば、我が身が燃えるのみ。新兵器開発は仲間の命を守る為のもの。戦闘で優位に立つことが出来れば、結果的に敵の被害も少なく済むのです。私たちだって、哲学も思想もありますし、葛藤もしています。それでも、行かねばならない道もあるということです」
ジーナは先ほどのハイテンションと違って、冷静だった。
「それに、私たちが主に研究しているのは兵器開発ではなく、あまねく世界に貢献できる新技術の開発です。高度なテクノロジーを持つ中核世界と高度な魔法体系を持つラークスが合わさればこれまでに無い繁栄に至ると考えます。私は技術を通し二つの世界の繁栄の礎になるのであれば、この命を捧げても構いません。一人でも多くの魂が幸せに生きれる世界になるのなら、私は命を捧げても構わない。そう、私は思ってます。もちろん、これは私の覚悟の話なので、他人に強制する事はありませんが」
彼女の言葉に、嘘はないと感じた。本気の言葉には力が宿る。久々にこんな熱の籠った言葉を聞いた気がする。
「気合いが入ってますね。確かに、中核世界はテクノロジーに限って言えば便利な機械はやたらと増えました。けど、便利になったはずの世の中で俺達の生活は苦しくなっても、楽にはりませんでしたけどね。こうなると、テクノロジーが果たして俺達の生活にどんな恩恵をもたらしてるのか分からなくなってきます」
「それは興味深いお話ですね。科学技術は中核世界の文明レベルを引き上げているというのに、生活が増々困窮するとは。エステルもとても訝しがってました。これほどの科学文明が発達していながら中核世界の暮らしぶりは釣り合いが取れていないとか」
「政治次第でどうにかなるのであれば、この国の政治家は無能揃いということになるでしょうね。なんせ、テクノロジーは進歩しても、かれこれ四十年以上は経済が悪化しているわけですから。でも、技術部の活躍で世の中が良くなるなら俺は大歓迎です。できることは技術部にどんどん協力します」
「ありがたいことです。さて、このままお話を続けたいところですが、ぼちぼち仕事にかかると致しましょう。これも世界のためです。では、こちらへお願いします」




