第2話 お隣の引きこもり。
「ねえ、リオネル?」
「ん?」
こげ茶のぼさぼさの髪の後姿が見える。
ほおっておくとカーテンも開けないので、フラヴィは足元に転がっている何かの部品に気を付けながら、リオネルの部屋に入ってカーテンを開ける。まあ、いつものことだ。
部屋の中は大きな作業用の机がどんとおいてあり、作成途中らしい何らかの部品やら、工具やら、奇妙な形に曲げられた針金とかなんかのネジとか…所狭しと散らばっている。片面の壁には、今作っている物の設計図らしい図面が貼ってある。
リオネルの座る椅子の周りには、専門書が積み重ねられている。
いつからそこに座っているのかはわからないが、リオネルはドライバーとペンチで何かを組み立てている途中みたいね。
自称、発明家。
ただの引きこもりかと思っていたら、昨年の春からアカデミアに入った。
私の幼馴染。うちの屋敷のお隣の屋敷に生息する、伯爵家の次男坊。
小さい頃は…庭で遊んでいたら突然木の枝で何やら作り出して、夢中になると暗くなってもお構いなしだったから、よく私が引きずって帰ってきた。
今は…髪を切る時間ももったいないのか、伸ばしたい放題の髪に髭に、よれよれのシャツに分厚い眼鏡。
さすがに昔のように引きずって風呂に入れるわけにもいかない。
リオネルは変わらないなあ…
私にできることと言えば、お菓子を作って、リオネルの口に突っ込むぐらい。
「リオネル、あのね…」
「ん?」
「私もう、ここに遊びにこれないんだ」
「へえ」
この部屋でリオネルを眺めながら、本を読むのが好きだったなあ。
跡取り娘の私に父の教育は厳しかったから、息抜きはここだった。
キラキラした瞳で、作っている物の説明とかしてくれてたけど、私には何言ってるのかわからなかったし。理系の人って、脳みその作りが違うんだろうな、と思いながら、それでも楽しかったのにな…。ずっと…あなたのこと応援したかったよ。
やっぱり…私だけか…。
「私、婚約が決まったの」
「…へえ」
コトコトとリオネルが回すドライバーの音だけ聞こえる。
顔さえ上げないリオネル。知ってたけどね…あなたにとって私にはそのドライバーほどの価値もない。
…今度生まれ変わったら、ドライバーに生まれて来よう。
リオネルの邪魔にならないように、そっと部屋のドアを閉める。
はああ…ため息は出るけど、泣くほどじゃない。そう自分に言い聞かせながら、涙をぬぐう。