第18話 番外編 ブリア国にて。
「やっぱり結婚するなら、自分の好きな人としたいわよね?ジュリエンヌ。」
「そうねえ、それが理想よネ!」
キャサリン様に呼ばれて、定期的にお泊り会をしている。もちろん、彼女の肌の状態を確認もしている。ブリア国は海に囲まれており、フールとは全く違った気候だから、気温や湿度ももちろん違う。化粧水の調合も、微妙に変えてみている。
一昨年の12月にブリアに来てから、薬学系の専門学校に通い、ブリアのハーブや民間薬などを学んでいる。私は基本的に、肌につけるものは、飲んでも大丈夫なものが良いと思っている。変に加工した鉱物とかは飲みたくないでしょ?
並行して、キャサリン様が通っている大学の経済学の聴講にも通っている。これは、キャサリン様が勧めてくれた。
「もし商品として売るなら、流通も学んだ方がいい。」
そう言って。
私もキャサリン様も、ほんの少し前までは、適当なところに嫁に行って、それなりに贅沢をして、楽しく暮らせればいいや、と、思っていた。貴族社会なんてそんなもんなんだろうし。うちは優秀な跡取り娘のお姉様もいたし、あんまり心配もなかった。
ターニングポイントは…姉は当然、お隣の次男坊と結婚するのだとばかり思っていたのが…だって、あの二人、昔から仲良しだったし。正直、髪の毛ぼさぼさで、パッとしない風貌の、どこがいいのよ?と思うような人だったが、姉はいつもご機嫌だったし。
…家に王家からの縁談が来て、たいして反論もせずに、姉が黙って婚約を了承した。断れないのはわかるけど…王家からの直々の申し出だし。
明るかった姉が、表情をなくしていくのを見ていた。
王子妃教育だの定期的な王子とのお茶会だの…忙しそうだった。その合間に、姉は私に勉強を教えてくれた。いつも、私を心配してくれていた。
社交場では、王子の噂はとんでもなく悪いものだった。
仕事はしない、女はとっかえひっかえ…姉と婚約しても変わってはいないようだった。まあ…私も他人のことは言えないけど。
まず、王子の実物を見てやろう。そう思って、姉にお茶会に呼んでもらった。
他人を小ばかにするような態度の、いけ好かない野郎だった。なんなら私が誘惑して、とか大胆なことを考えてた時期もあったなあ…
キャサリン様と知り合えたのもあのお茶会。なんだかんだとキャサリン様と腹を割って話せるようになって…キャサリン様は別に殿下に本気だったわけじゃなく、とにかく息苦しい自国から出たかっただけのようだ。
「まあ、私の立場なら、どこかに政略的に嫁がされるのも仕方ないけど、その前に、一度、恋とかしてみたかったのよ。アンドレ様は軽そうだから、ちょうどいいかな、って思ってた。」
そう言って笑っていた。
姉には詳しくは話さなかったが…ハンカチを届けにいた時に、殿下に口説かれた。
軽く見られたもんだ。頭に来たので、姉には好きな人がいたことや、あんたの婚約者になったからもちろん会いもしないことや…あんたには姉はもったいない!とぶちまけてきた。大体、婚約者がいるのに、その妹を口説くなんて、人間としてどうなの?と。
…結果的に…姉が無事に婚約解消できたのは良かったが、おまけがついてしまった。
「ジュリエンヌは度胸があるからさ、良いんじゃないかしら?王城の中なんか魑魅魍魎みたいなのしかいないけど、あんたなら大丈夫そう。」
キャサリン様が脅しのような、励ましのような言葉をかけてくれる。
「私もスペーナ国に嫁がされそうなのよネ。フールのお隣だから、またすぐ会えるわね!」
私はまだ、アンドレ様の求婚を受けるかどうか決めてはいない。
彼からはまめに手紙が届く。真面目に仕事をしているようだ。
私は…ブリア国での勉強が楽しいので、もう一年いようと思っている。
「そうそう、ジュリエンヌ、今日の新聞見た?」
「あ、朝、バタバタしていて読んでいなかったわ。」
自室でベッドに寝転がっていたキャサリン様が、がばっと起き上がって、執務用の机から今朝の新聞を取ってきた。
「ここよ、ここ。これって、あなたのお義兄様じゃないの?」
キャサリン様に見せてもらった新聞の一面には…若きフールの研究者リオネル氏がブリア発の蒸気機関を発展させ、かなり効率の良い伝導技術を開発!各国の大学が引き抜きに走っているという記事だった。顔写真には、短髪の知的なハンサムが載っている。
「まあ!」
…やっぱりお姉様にはかなわないわ。




