第八話 突き立てた短剣
【第八話 突き立てた短剣】
カリスラウドが愛馬とともに駆け抜ける。王都が近付くにつれて、人々のざわめきが大きくなる。事態が悪化していることは、何を聞かなくても分かっていた。
自然公園の小さな森に着くと、愛馬から下りて馬具を一つずつ外していく。
「よく頑張ってくれた……無理をさせて悪かったな……本当に、ありがとう……」
疲労をためた相棒を、城の中に連れ戻すのは危険すぎた。
「必ず、誰かに迎えを頼んでおく。しばらくここで休んでくれ」
カリスラウドは愛馬を名残惜しそうに撫でてから、物置小屋へと姿を消した。酷く狭い隠し通路を抜けて、城へと急ぐ。
「……っ!!カリスラウド殿下!!」
「父は?」
「ラクリシア王女の行方が分からないとお知りになってから、姿が見えないのです」
カリスラウドには、父のいる部屋の見当がついた。
「謁見台に上がったと聞いたが、その結果がこれか……。何を言った?」
「最初は体裁を取り繕ってらしたのですが…………」
民衆の怒りに火をつけたのは「癒しの体質を持つ人間は王族からしか生まれない。それを国民に、王族が分け与えているに過ぎない」という王の宣言らしい。
窓から外を覗き見れば、城門の中に武器を持った国民たちが押し寄せていた。美しかった庭は踏み荒らされ、日頃の静寂が幻だったかのように、怒号が飛び交っている。
今は衛兵たちが食い止めているが、扉が破られるのも時間の問題だろう。
カリスラウドは地下を目指して歩き始めた。
「……やはりここでしたか」
城の地下、奥深くに隠された保管庫。その重い鉄の扉を開いた先には、王の姿があった。
「カリスラウド、貴様……ラクリシアをどこへ隠した」
「言うわけがないでしょう。それよりも、それをどうなさるおつもりですか?」
王の足元には大きなトランクが口を開けていた。そこへ丁寧に保護された小瓶が大量に詰められている。
ラクリシアの四年分の血液だ。
王は何も答えなかった。カリスラウドは、怒りに煮え滾る腹の底とは裏腹に、頭にはどこか冷静な部分が残っているような気がした。
都合の悪い質問には、返事をしない。こんな時に、父と自分の共通点を見つけてしまうほどに。
「私が……王となり変えたかった国は、サナデア王国は、終わります。変えられなかった、救えなかった。……せめて終わりの一助となろうと思うのです」
カリスラウドは腰の短剣を抜いた。
「……命乞いをしますか?」
王はカリスラウドと同じ明るい緑の目で、強く睨みつけた。
「王たるもの、そのような無様は晒さない」
カリスラウドの手が震えた。
「……王になると息巻いておいて、理想ばかりを追い、情に振り回されるお前に、王の資質はない。元より即位させるつもりはなかった。……俺がお前の立場だったなら、入室してすぐ、声をかける前に背後から刺していただろうな」
嘲笑する王に、カリスラウドは短剣を取り落とさないよう握りしめた。
「その結果……ラクリシアは私の手を取って城を去った。国民は反旗を翻した。そして……王家は終わる」
カリスラウドは王に短剣を突き立てた。王の手がラクリシアの血液の小瓶に伸びるのを抑え込んで、王が息絶えるまで涙を流し続けた。
柄に彫られた王家の紋章を、カリスラウドの涙が濡らしていた。