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第二話 祝福の力、呪いの血統

【第二話 祝福の力、呪いの血統】



 癒しの女神サナデアと言えば、サナデア王国とその周辺諸国では有名なおとぎ話だ。絵本にもなっていて子どもでも知っている。


 千年以上も昔、天から舞い降りた女神サナデアは、戦争を繰り返す人々を嘆き涙を流した。その涙が雨となり傷ついた人々に降り注ぐと、たちまち傷が癒えていった、という物語。


 現実に人々を癒やしたのは女神ではなく、当時の王女だ。傷ついた兵士や国民のためにスープを振舞っていた際、王女の汗が一滴、大鍋に落ちた。その鍋のスープを飲んだ者たちの傷が癒え、侍女の計らいで「平和を願う純粋な思いから零れた涙が、癒しを与えた」という設定が作られた。


 サナデアの王家は代々、男の子が生まれやすい家系だった。女の子は数世代に一人。そして、稀に生まれる女の子にのみ、この癒しの体質が備わっている。

 医者や学者たちは王女の体を調べ尽くしたが、体質の謎は解けなかった。


 分かったことは、ありとあらゆる体液に癒しの効果があること。大鍋に涙や汗の一滴を落とすだけで、軽傷者を数十人も癒せること。血液は特に効果が高く、一滴で瀕死の重傷者を回復させることができた。

 そして、既に息絶えた者を救うことはできないこと。


 血液に高い効果を持つと知られれば、王女の身に危険が及ぶと判断した王は「純粋な涙にのみ、癒しの力が宿る」と公表し、他国からの誘拐や暗殺を防ぐため、王女が城から出ることを一切許さなかった。


「癒しの力を持つ王女なら、女の子を産めるのではないか」

そう考えた者たちは、王女に婚姻を強いた。だが、婚姻の儀を終え、初夜を迎えた翌朝。王女が流した涙にもう癒しの力は宿っていなかった。

 処女にのみ与えられた力だったと気づいたのは、全てを失った後だった。


 そして、王族の者たちは女の子を望み、とにかく多くの子を作ることを選んだ。王と王の兄弟は側妃を多く持ち、子を作る。王族の男に求められるのは、種を残す力。そして王族に嫁ぐ女には、教養よりも多くの子を産む力が求められた。

 それでもやはり、百人生まれてようやく一人、というほどに女の子は希少な存在だった。そうやって産まれた女の子は、誰とも結ばれることはなく、一生を城の中で過ごすのだ。国のために血と涙を流しながら。


* * *


 十六歳のカリスラウドは、妹ラクリシアの涙に心を痛めていた。妹の側には常に『侍女』という名目で涙を掬う係が控えている。


 まだほんの小さな赤子だった頃から、泣いても抱き上げてもらえず、ガラスでできた涙壺を目尻に添えられるだけ。三歳の頃、癇癪を起こした妹は、振り回そうとした小さな手足を抑えられて、涙壺を押し付けられていた。六歳になると『祈りの儀式』と称して、毎晩涙を流すことを強いられるようになった。


 沢山の弟たちの成長過程を見てきたカリスラウドは、その異質さに耐えられなかった。何度も涙を浮かべるラクリシアに駆け寄ろうとした。そして毎度、護衛の者たちに力ずくで止められるのだ。王命であるから、と。


「ララ、私と庭を散歩しないか」

「お兄さま、待って、すぐ行きます!」


 軽い足音が響く。


「慌てなくていい」

「だって儀式の時間までしかお兄さまといられないもの」


 桃色の柔らかそうな頬が丸く持ち上がる。こんな環境で育ったというのに、ラクリシアは明るく素直な子どもだった。外の世界を知らないから、自分の不自由さを嘆かずにいられるのだ。


 そしてラクリシアは十歳になった。今夜から、忌々しい儀式が増えるという。あの小さく細い体から、小瓶一本分の血液を毎月抜くのだ。

 この血は、万が一の時の王族のためのストックになる。国民には決して知られてはいけないと聞いて、カリスラウドは吐き気を催した。


「ラクリシアは……私の妹だ!」

「ええ。そして王の娘で、国の王女です」


 十六歳のカリスラウドは無力だった。


「私が王になる。ララの涙を前提にした国政を、変えてみせる」


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