エピローグ 願いが継いだ物語
本編を読んでくださって、ありがとうございました。
エピローグ
──それからの彼らの暮らしと、静かに継がれていく願いの物語です。
【エピローグ 願いが継いだ物語】
「聞いてくれ、カル……この世にいい男が少なすぎるんだ……」
カルの暮らす小屋を訪れたヴァレオは、項垂れて暗い声を漏らした。二人は二十六歳になっていた。
「ララの結婚相手か?」
「そうだ。ララと話が合うだけの教養が欲しい、でも家柄に縛られてるような奴は駄目だろ?いざという時にララを守れるだけの知恵と力も必要だし、ララを癒やせる優しさも欲しい。欲を言えば、カルとうまくやれるだけの社交性もあるといい」
「欲張りすぎじゃないか?」
カルは苦笑いで、ヴァレオの前にウイスキーのグラスを置いた。
「この間も見込みのある男をララに会わせたんだけどな……上手く話がまとまらなかったんだよ……!これで六人目だ……!」
「もうヴァレオでもいいんじゃないか?ララの初恋は君だろ」
「昔の話だろ、半年で目が覚めてたよ。この間も『あなたやお兄様の方が心配だわ。私より六つも年上なのに独身じゃない』なんて笑われた」
カルはウイスキーをちび、と口に含んで、返事をしなかった。
「このままじゃララが生涯独身になってしまう……絶対いい男と巡り合わせてやるってカルに誓ったのに……」
机に突っ伏したヴァレオに、カルは目を細めて微笑んだ。
「いいんだよ。ララはもう自由に生きてる」
* * *
サナデアが民主主義の政府を発足させてから十年。ララは書店にて『癒しの女神サナデア』の隣に並べられた、一冊の絵本を手にしていた。
タイトルは『最後の王子』
とある国の、王制撤廃を宣言し矢に倒れた王子の物語だ。表紙を見て思わず手に取ったそれは、まるでカリスラウド本人を閉じ込めたような一冊だった。
出版元がサナデアではなく、アカオであることが不思議なほど、経歴や性格をよく調べてある、と感心しながら読み進めた。
サナデアの記録では、王女ラクリシアは死亡したことになっている。
しかし絵本のラストシーンでは、癒しの女神サナデアの血を引く王女がどこかの国で自由に笑い自由に泣く姿が描かれていた。
そして、後書きを読んで手が震えた。
『愛する人へ
天国の貴方にも届きますように』
この言葉と添えられたサインだけは機械で打ち込まれた文字ではなく、作者の筆跡で書かれていた。
「お兄様に、届けないと……!」
かつて学術都市アカオに逃がされた、カリスラウドの妻だった女性のサインだ。
サナデアの王制撤廃、第一王子の死は、アカオの彼女の耳にも届いていた。そして、王女ラクリシアは行方不明のまま死亡とされたことを知った。
カリスラウドが死んだとされてから十年。彼女は「妹を自由にしたい」という彼の願いを絵本で叶えようとした。
ナトゥラディウムで、妻として母として自由に生きる『ララ』の手に渡るとも知らずに。
* * *
「カル、良いもの貸してやるよ」
シワがいくつも刻まれた顔で、ヴァレオは青年の頃と同じように友人に笑顔で語りかけた。
「……手鏡?随分古いな、店の商品じゃないのか」
「これはな、俺のひいひいジイさんが手に入れたお宝だ。俺は六歳の頃に親父から一時的に借り受けて、不思議な友達を作ったことがある」
「どういう意味だ?」
怪訝な顔をするカルは、皺だらけの手で手鏡を受け取った。鏡に映るのは、七十歳の明るい緑の目の男。何の変哲もない鏡に見えた。
「まあまあ。いいから毎晩、鏡を覗いてくれ。……そろそろだと思うんだ。最近、君の顔に見覚えがあるからな」
「……ついにボケたのか?」
ヴァレオは失礼なカルの発言にケラケラと笑った。
『カル、半年間だけ、君がこの鏡を使うことを許すよ』
そう言って、ヴァレオはカルの暮らす小屋を後にした。
そして一週間後の晩。
「……誰?」
カルが手鏡を覗くと、そこに映ったのは少年だった。浅黒い肌に黒髪、そして濃い青の目。年はまだ六つか七つくらいに見える。
「ああ……これが……」
驚いたのは一瞬で、カルは柔和な表情を浮かべて少年に語りかけた。
「私は、カリスラウド。カルと呼ばれている。君は?」
最後までお読みいただき、本当にありがとうございます。
本作は、私にとって初めてのファンタジー小説でした。
政治・信仰・血筋……手探りで書きあげた物語です。
そんな世界に最後まで付き合ってくださった方へ、心からお礼を申し上げます。
登場人物の中で最も思い入れのあるキャラは……多分「王」です。
どうしようもない存在だと思われたかもしれませんが、彼の“ブレなさ”と“愛の欠け方”が、書いていて妙に心に残りました。
皆さまにも、誰か一人でも「好きだな」と感じてもらえるキャラクターがいたら、とても嬉しいです。
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改めまして、最後までお付き合いいただき、本当にありがとうございました!!