第十二話 民の声が響く国
【第十二話 民の声が響く国】
ナトゥラディウムを目指す道中、カルとヴァレオは様々な声を聞いた。第一王子の死を悼む者、王女の行方を問う者、今後の国の在り方を案じる者。
「城にいると……温度のない報告と、声高に主張される意見ばかりが耳に入る。……私はナトゥラディウムに憧れるばかりで、サナデアの良い所をしっかり見ようとしなかった」
カルは、王族の実情を『侍女』が暴露したことで国が揺らいだあの時、国の終わりだと諦めたことを恥じた。 「これまでの王族の献身を信じるべき」と訴える者も確かにいたはずなのに。
「……ナトゥラディウムで育った俺から見れば、サナデアの人たちの愛国心の強さはすごい。自国の文化に誇りを持ってるし、王族への敬意もある。平和で、いい国だよ」
「そうだよな……」
ヴァレオは、カルの背を軽く叩いた。
「行こう、もうすぐ国境だ。ララに無事な姿を見せてやらないと」
二人は、ヴァレオの両親とララが待つ小屋へ戻った。兄の無事を喜ぶララの涙は、ナトゥラディウムの土とカルの服に落ち、その跡はすぐに乾いて見えなくなった。
その翌朝、ヴァレオの両親とヴァレオ、そしてララは、国境から離れた場所にあるヴァレオたちの自宅へと移動することになった。
「お兄様は本当に行かないのですか?」
寂しそうに俯くララの髪を、カルが優しく撫でた。
「またすぐに会えるよ。怪我しないように気をつけて 」
「……はい、お兄様」
ヴァレオはララを牛車に乗せ、カルの隣に立つ。二人は国境の向こう側、サナデアの地を眺めた。
「サナデアがどんな国になっていくのか、見たいんだ。ララの自由を脅かすようなら、もちろん対処するけど……そうでないなら、」
「……ん?」
「新しい国政に、国民が何を思うのか、どんな声を上げるのか、知りたくなった。……知ったところで、もう何もできないとしても」
ヴァレオは小さく笑った。
「やっぱり君もサナデア人だな、愛国心が強すぎる」
「そうだな。……ララを頼む」
「任せておけ。ナトゥラディウムの暴れ馬も乗りこなすような、立派なレディにしてやる」
カルは笑顔で四人を見送った。
そして半年後、サナデアの中心地、旧王都にて。カルは帽子を目深に被り、少し離れた場所から人だかりを見つめていた。
そこでは、新政府発足の式典が行われていた。
一度は女神信仰の教団が国政を握ったサナデアだったが、彼らの掲げた理想像に一部の国民が声を上げた。
『カリスラウド王子の遺志に反する』
その声は国の中心から辺境まで広がり、大きな声となって、教団の権力は瓦解した。そして、手探りで国民たちによる仮統治が始まった。
城は史跡として残すことに決まったようだ。その前庭には、王制撤廃を宣言した第一王子カリスラウド・サナデアの功績を称える石碑が建てられた。
「カル、大聖堂の墓地だってさ」
人混みを抜け出したヴァレオが、カルに駆け寄った。
「そうか、良かった……」
二人は大聖堂に向けて歩き始めた。
前王、カルの父親の遺体も、歴代の王族が眠る墓地へと弔われた。墓標には、前王の名と共に、カリスラウド、ラクリシアの名も新たに刻まれていた。
墓標に花を手向けたカルは、立ち上がるとヴァレオの隣に並んだ。
「ありがとう、ヴァレオ。私が尋ねるわけにはいかないし、君が着いてきてくれて助かった」
「いいよ、これくらい。そろそろ行くか?」
「……ああ。帰ろう、ナトゥラディウムに」
彼は今、ナトゥラディウムの国境沿いの小屋に『カル』という名前で暮らしている。民主主義国家サナデアを見つめながら。
ここまで読んでくださって、ありがとうございます。
本編はここで一区切り。
物語は次回、エピローグを迎えます。
ララ、カル、ヴァレオのその後を、どうか最後まで見届けていただけたら嬉しいです。