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第十話 一人のための癒し

【第十話 一人のための癒し】



 ナトゥラディウムの国境。カリスラウドを見送ったララは、ヴァレオに促されて小屋へと足を踏み入れた。そこは見たことのない品々が無秩序に置かれていて、乱雑な印象を受けた。


「疲れただろう?危ない物や高価なものはここには持ってきてないから、気にせず座って」


「あの、ヴァレオ様は一体……?」


「敬称は無しにしよう。ここでは君はただのララで、俺はただのヴァレオだ。ちなみに、古物商人をやってる」


「そうでしたか。お兄様のご友人というのでてっきり貴族の方かと……」


 ヴァレオはニヤリと笑ってみせた。


「俺からすれば、ナトゥラディウムで過ごすカルは王族だなんて信じられないくらいだったよ。市井の食堂にだって行くし、夏は川に足を突っ込んで昼寝もした」


「少し、意外です……」


「ここでのカルは自由だった。……だから、君をここに連れてきたかったんじゃないかな」


 ララは大きく息を吸ってフードを脱ぐと、ヴァレオを真っ直ぐに見据えた。


「私の知るお兄様は優しいけれど、いつもどこか苦しそうだったから……よかった」


 ヴァレオへの警戒心を捨てたララは、少しだけ自分の身の上を話した。そして、スッと姿勢を正し生真面目な表情を作った。


「ヴァレオ、私の願いを聞いてもらえませんか」


「んー、なんだい?」


「私の処女を散らしていただきたいのです」


「ガッ?!ゲホッ、ゴホッ、……んぐ、何を言ってるんだ?!」


 取り乱すヴァレオに、ララは小さく呟いた。


「私が生まれるまで、王国は平和だったのに……こんな力、捨ててしまいたいの……」


「あ、あー!清らかな乙女でないと癒しの力は使えない、ってやつか。びっくりした。……簡単に言うけど、処女を散らすって、どういうことか知ってるのか?」


 ラクリシア王女は、正真正銘の箱入り娘だ。十四歳にしては言動も幼い。


「いえ、具体的なことは……ただ父が、身内以外の男性と会うことを禁じた理由が『処女を守るため』でしたので……」


 ヴァレオが言葉を返そうとしたその時、荒っぽく扉を叩かれた。ララが身を硬くし、ヴァレオはさっと立ち上がる。


「ヴァレオ!サナデアの続報だ」


 扉越しに聞こえた野太い男の声に、肩の力を抜いたヴァレオは扉の隙間から一枚の紙を受け取った。


「ありがと、父さん。……ララ、ごめんね驚かせて。力が強いから、あれで普通にノックしてるつもりなんだ」


 受け取った紙に目を通したヴァレオが、真剣な面持ちに変わりララに向き直る。


「王の演説の後、民衆が城に乗り込んだらしい。恐らくそのまま暴動になる」


「それは、……父や兄はどうなるのでしょうか」


「それは分からない。鎮圧できればとりあえず無事で済むだろうし、できなければ怪我や命に関わる事態も考えられる」


 ヴァレオは、鏡越しにクーデターの詳細を尋ねておかなかった幼い頃の自分に歯噛みした。


「ヴァレオ様……どうか知恵をお貸しください、お願いいたします。……お兄様の、手助けに行きたい」


 ララは机の上で手を握りしめ、ヴァレオに縋った。


「君が国に戻るのは危険すぎる。カルの努力をドブに捨てるようなものだ」


 ヴァレオは毅然とした態度を崩さなかった。


「癒しの力が無ければよいのでしょう?私が力を捨てて……」


「まあ、待て待て。力を捨てること自体はまあ、君の自由だ。普通の女の子になることについては、きっとカルも背中を押すだろう。でも、それは今じゃない。カルの手助けには俺が一人で行く」


 尚も食い下がろうとするララに、ヴァレオは言葉を重ねた。


「力を捨てたいと願う君に、こんなことを言うのは残酷かもしれないけど……。カルを助けるために、もう一度だけ、癒しの力を使わせてくれないか」


「この力でなら、私にも、お兄様の手助けが出来る……?」


「カルに万が一があれば、きっと君しか助けられない」


「っ!ありがとう、ございます……」


「ララのためじゃない。……これは俺の望みだ、カルは俺の親友だから」




 ヴァレオは涙を落としてくれと小瓶をララに差し出した。そして、身支度のために数分目を離し、振り返ればその小瓶は赤く染まっていた。


 ララの手には果物ナイフが握られていた。


「馬鹿!何をしているんだ!!」


 ヴァレオは慌ててナイフを取り上げた。


「涙より血液のほうが効果が高いと聞いています。すぐに塞がるから何度か切っているうちに少し汚してしまったけど……ちゃんと掃除しますから」


 ララは床の汚れを誤魔化すように、少量の血が溜まった小瓶をヴァレオに押し付けた。ヴァレオはそれを見て、諦めたようにため息を吐いた。


「……はぁ。掃除はまあ、適当でいいよ。どうせ泥だらけの小屋だ。……ただ、ララ。治るからと言って痛くないわけじゃないだろ?カルを大事に思うなら、カルが君を大事に思う気持ちも、尊重してやってくれ」


 ララは顔を俯かせて、小さく頷いた。


 ヴァレオは数メートル離れた位置にある小屋へララを案内した。


「俺の母親から離れないで。そうすれば俺の親父がまとめて守れるから」


「分かりました」


「うちの父親は俺とカルが力を合わせても、更に三倍くらい強いから、安心して待ってて。まあちょっと見た目は怖いけど、……悪人というより熊だから。お腹を空かせてなければ穏やかなもんだよ」


 ララはヴァレオの軽口にきょとんと首を傾げた。冗談を言われるのも、初めてだった。


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