第一話 鏡越しの友人
癒しの力を国家資源として管理された王女と、
そんな妹を救おうとする第一王子。
感情、政治、信仰を軸に進む静かな物語。
ファンタジーを書くのは初めてです。気合い入れて書きました!
どうぞ、最後までお付き合いいただけると嬉しいです。
【第一話 鏡越しの友人】
「……誰?」
年老いた一人の男が手に取った古い手鏡。そこに映ったのは少年だった。浅黒い肌に黒髪、そして濃い青の目。年はまだ六つか七つくらいに見える。
「ああ……これが……」
驚いたのは一瞬で、男は柔和な表情を浮かべて少年に語りかけた。
「私は、カリスラウド。カルと呼ばれている。君は?」
「……なんであなたがこの鏡を持っているの?これは管理者の許しがないと使えないはずなのに……その顔、俺の家系の人じゃないよね?」
疑いの眼差しの少年に対して、カリスラウドは明るい緑の目が見えなくなるほど目を細めた。
「これは親友のものなんだ。長い人生で唯一のね」
その言葉を聞いて、少年は幼さ故にすぐ警戒を解いてしまった。
「未来か過去か知らないけど……俺の家系の誰かと親友なんだね?許しが出てるなら、まあ……大丈夫だと思う」
少年は「ヴァレオ」と名乗り、古物商人の家に生まれたが、それは表向きの仕事だと自慢気に話し始めた。
「この手鏡だって……あ、これは内緒の話だから。外で言わないでよ。使い方次第で人生が変わっちゃうから危険なんだってジイちゃんに言われてるんだ」
友達に自慢するのも、普段は我慢しているらしい。本当はこの手鏡のように不思議な道具たちを管理する役目を担っていて、いつか自分もそれを継ぐんだと意気揚々と話していた。
「カルは?なにかすごい話、聞かせて」
青い目を輝かせるヴァレオに、カリスラウドはおとぎ話でも語るように静かに話し始めた。
「私は、サナデア王国の第一王子として生まれたんだ。今ではただの老いた男だけどね」
「え!サナデアは隣の国だから知ってるよ!今、お姫様が生まれたって大騒ぎしてる!……あれ?第一王子なのに王様にならなかったの?」
「あぁ、そうなんだ。私は王にはなれなかった。後悔の多い人生さ……」
「聞いてあげようか?俺のバアちゃんは人に話すことで楽になることもあるって言ってたよ」
心配そうに眉を下げた少年の優しさに、カリスラウドは懐かしむように目を細めた。
「ありがとう、ヴァレオ。本当に君は優しいな。でも、長い話になる。また今度だ」
それから約半年間、カリスラウドは毎晩その手鏡を覗いた。少年もほとんど毎晩現れて、沢山話をした。
「サナデア王国の王女の伝説は知っているか?」
「もちろん。涙に癒しの力があるんでしょ?でも滅多に生まれないって言ってた」
「そうだ。私には沢山の弟と、一人の妹がいた……癒しのために、国のために、毎日涙を流さなくてはいけない妹が不憫でね」
「お姫様、毎日泣いてるの……?」
「そうさ、そういう風に育てられる。泣いても誰も抱き締めてくれない。泣いた妹に差し出していいのは、涙を貯める壺だけだ。ハンカチを差し出すことは出来ない」
カリスラウドの表情が歪んだ。
「私は、王になり、国の力で国を支えたいと思っていた。妹の涙を使わずにね。けれど……それは叶わずクーデターが起こった。王制は終わり、私は一度死にかけたんだ……その時に妹の力で助けられてしまった。今でもそれが心苦しくてね……」
「どうして苦しいの?本当は死にたかったの?」
幼いヴァレオは困った顔で首を傾げた。カリスラウドは苦しそうに頷いた。
「ああ、妹の力を資源として消費する王に憤慨しておきながら、その力で自分の命を救われてしまった……あのまま死ねれば良かったと思ってしまうんだよ」
「そんなの……!お姫様が可哀想だよ!せっかく助けたのに!」
「あぁ……そうだな。だが妹は生涯私に縛られていた。王女の力は、あー、その、清らかな乙女でないと使えないんだ」
カリスラウドは『処女』という言葉を濁して伝えた。
「妹はまた私に何かあったら、と力を失うことを恐れ独身のまま亡くなった。私は妹を普通の女の子にしてあげたかったんだ。自由に泣いて、自由に恋をしてほしかった」
そして真剣な顔で鏡の向こうにいるヴァレオを見つめる。
「覚えておいてくれ、ヴァレオ。私の後悔は大きく三つ。妹の力に依存した国政をする王を変えられなかったこと、妹の力で生き延びてしまったこと、妹を普通の女の子にできなかったことだ」
その晩を最後に、カリスラウドとヴァレオが鏡越しに会うことはなかった。半年間だけの、不思議な友人だった。
第一話、最後まで読んでくださってありがとうございます。
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