精霊学校の日常~春の花精霊たちの話~
新学期、新しいクラス。俺、紫丁香花の席は窓際になった。
陽当たりのいい席だし、クラス全体を見渡せるから、当たりの席を手にしたと考えていいだろう。
でも俺はそんなことより、隣の席になった女の子、花金鳳花さんのことが気になって仕方がない。
鳳花さんとは初めて同じクラスになったけど、存在自体は入学した当時から知っていた。
というか、学年中でその美しさが噂になっていたから、知らない方がおかしい。
だけど俺は外見の美しさではなく、鳳花さんの優しい性格に惹かれているんだ。
断言しよう、鳳花さんは俺の初恋の相手である。
去年の俺は新入生代表で、花精霊学校の入学式で挨拶をする予定だったんだけど、学校の池に挨拶文書を落としてしまい、途方に暮れていた。
入学式の時間も迫っているし、挨拶文の丸暗記なんて到底むり。
池に入ったら制服が台無しになってしまうからそれもできない。
そんな俺を助けてくれたのが鳳花さんだったんだ。
「どうしたの? 大丈夫? 私が手伝うよ!」
美少女が声をかけてきたとびっくりしたけど、素通りしていく生徒が多い中、心配してくれたのが嬉しかった。
俺が事情を話すと、彼女は躊躇なく池に入り、挨拶文書を水から取ってきてくれた。しかも、水に濡れて滲んだ文字を、新しい紙に一緒に書き直してくれたんだ。
その時から俺は鳳花さんに、密かな恋心を抱き始めたわけである。
去年は違うクラスだったけど、今年はなんと同じクラスで隣の席だ。恋人とはいかないまでも、仲良く話せるくらいの仲にはなりたい。
◆◆◆
ある日の放課後、俺は友人の芝桜に悩みを相談していた。
「なあ、どうしたら鳳花さんと仲良くなれると思う?」
彼は俺の言葉に絶句しながら、問い返してくる。
「え、丁香花は鳳花さんと話したいの? あの高嶺の花と?」
俺は机に顔を伏せて唸った。
「あわよくば恋人になりたい」
去年から気になってる女の子なんだ。できれば付き合いたいに決まってる!
「友達通り越して恋人に!? 高望みしすぎ! まともに話せてもいないんでしょ」
大きな声を出すなよ……。誰かに聞かれたらどうするんだ?
「桜うるさい……そんなの俺も分かってる」
「相談してきたのはそっちなのに! 隣の席なんだから、教科書忘れたとか言って見せてもらえば?」
桜のその言葉は、俺にとって青天の霹靂だった。
「いいな! その考え。ありがとう、桜は俺の親友だ!」
この手で俺は彼女と話せるようになってみせる!
「調子いいんだから……。ま、上手くいくことを願ってるよ」
俺が立ち上がると、桜はため息をつきながら応援してくれた。
◆◆◆
それから俺は、手を替え品を替え、鳳花さんと仲良くなる為に頑張った。
桜が提案した作戦を実行したり、落とし物を拾ってあげたり、重い物運ぶのを手伝ったりして!
俺の努力が実を結んだのか、徐々に打ち解けてくれるようになった鳳花さん。
笑顔もよく見せてくれるようになって、俺は見ているだけで幸せになれた。
そろそろ告白してもいい頃合なのでは?
俺は勇気を出すことにした。
★★★
私、花金鳳花は、小さな頃からなぜか人によく好かれる体質でした。
嫌われるよりいいのかなとは思うけど、あまりに持ち上げられるものだから、正直うんざりする時もあります。
去年、花精霊学校に入学した時は、私の周りに沢山の人が集まってきたり、遠巻きに眺めたりされて、辟易しました。
もちろん、私と気の合う友達もいるにはいますが、極小数です。
友人が恋の話に花を咲かせているのを見ていると、私も恋をしてみたくなりますが、外見で寄ってくる方は好ましくないと思ってしまう。
そういえば、入学式の時に出会った男の子は、私の外見をそんなに気にしていなかった気もします。
挨拶文書を濡らしてしまって、それどころじゃなかったのかもしれませんね。
新しいクラスになって隣の席に、あの時の男の子がいるのを見た時は、一瞬目が離せなくなりました。
隣の席になってしばらく経っても彼は話しかけてきません。他の子だと、近くの席になったら、我先にと話しかけてくるので新鮮な気持ちになりました。
★★★
新しいクラスにも慣れてきた頃のこと、丁香花くんが初めて話しかけてきたのです。
私はとても驚きました。
何事かと思ったら、なんと教科書を忘れてしまったと言うではありませんか。優等生の丁香花くんが珍しい。ますますびっくりです。
それからというもの、丁香花くんは私によく話しかけてくるようになりました。
でもそれは全て、私の為に話しかけてきているんです。
落とし物を届けてくれて、重い荷物を運んでくれるために。
私の外見ではなく、私自身のことを見て話しかけてくれる丁香花くん。
私はいつの間にか、丁香花くんと話せることに幸せを感じ始めました。
この気持ちは何なのでしょう?
友達の銀葉みもざちゃんに聞いてみたところこの心は
「恋心に決まってるんじゃない?」
との答えが返ってきました。
●●●
夏休みが近づいてきた日、俺、紫丁香花は、花金鳳花さんを、学校の屋上に誘ってみた。
これから告白するのを考えると、心臓が口から飛び出そうなほど緊張した。
不思議そうな顔をしている鳳花さん。
俺は精霊生最大の勇気を振り絞り、その言葉を口にした。
鳳花さんは俺の言葉を聞いた途端固まり、見る見るうちに頬を赤らめる。
その後小さく頷きを返してくれた。
俺の初恋は見事叶ったのである!
嬉しさのあまりに、その場で鳳花さんを抱きしめてしまった。
これから先、この縁を大切にしていこうと思う。
●●●「紫丁香花くんと花金鳳花さん」完●●●
お読みいただきありがとうございました。
花の擬人化にしてみたかったのですが、普通の日常みたいになりました……。