【閑話】 予期せぬ同居人~片付けられない貴族令嬢~
朝のドタバタ劇が落ち着き、エリシアもついに服を着ることになった。
だが、彼女が手にしているのは昨日まで身にまとっていた服ではなく、
レオが普段着ている洗濯済みのTシャツとジャージだった。
もちろん、貴族の令嬢である彼女が満足するような服が、
レオのクローゼットにあるはずもない。
「……まさか貴族の令嬢が、庶民の衣服を着ることになるとは……」
しぶしぶジャージを羽織りながら、エリシアは不満げに呟いた。
「文句を言わないでくれ。ていうか、昨日まで着てた服はどうしたんだ?」
皮肉を込めてそう返すと、エリシアは腕を組み、少しだけ眉をひそめた。
「鎧は戦闘の激しさで損傷していたし、服は汗と汚れが染み込んでいた。
とても着られる状態ではなかったのだ」
「なるほどな……で、なんで今朝は全裸だったんですか?」
「ふぇ!? ……そ、それについては……私にもわからない……」
突如として直球の質問を投げかけられたエリシアの目が泳ぐ。
どうやら本人にも予想外の出来事だったようだ。
「昨晩、一度覚醒したのだが……その時は確か鎧を纏っていたはずだ。
ではいったい……いつ……?」
顎に拳を添え、ぶつぶつと呟きながら記憶を整理しようとする。
レオもまた、右手を額に添えて昨日のことを思い返していた。
「えっと、昨日の夜、俺はエリシアをソファに寝かせて、毛布をかけたんだけど……」
「朧気だが、その記憶はある。昨晩、覚醒した場所はソファだった。
つまり、その時点では我々の記憶に齟齬はない」
「……だが、朝起きた時にはこのベッドにいて、しかも……その、全裸で……」
小声になっていくエリシアの声。耳まで真っ赤に染まり、
恥ずかしさに耐えきれず今にも泣き出しそうだった。
だからこそ、俺はきっぱりと言った。
「いや、俺は運んでないし、脱がせてもいない。
……さっきのも、母さんには見られたかもしれないけど、俺には見えてない」
(まあ実際には、けっこう見えてました。綺麗でした。正直すまん)
だがそれを言うほどレオも無神経ではない。ここは誠実に言い切るのが大事だ。
レオの言葉を受け止めたエリシアもまた、冷静さを取り戻し始めていた。
「……つまり、私は寝ぼけてレオの部屋に勝手に移動し、装備を外し、
さらには衣服まで脱ぎ捨ててベッドに侵入した……と」
「……その可能性が、高い……かもしれない」
「むぅ……私としたことが……人生最大の汚点だ……」
眉間にしわを寄せ、拳を握りしめたエリシア。
寝ぼけていたにせよ、信じられない行動を取ったことに打ちひしがれているようだった。
だが、俺にはもう一つ気になることがあった。
すると、先に口を開いたのはエリシアの方だった。
「それより、この部屋はなぜこんなにも散らかっているのだ?」
彼女の視線の先には、
乱雑に転がった鎧の破片、包帯、レオの衣服……謎の混沌。
「いや、それ俺が聞きたいんだけど?」
「? もともとこうではなかったのか?」
「おい、あんた失礼だな」
エリシアは不思議そうに辺りを見回し、レオの服を拾おうとしたその瞬間。
「むぐっ!?」
足元の鎧を踏み、見事に顔面から転倒。
「大丈夫か!?」
声をかけると、エリシアはバツの悪そうな顔で体勢を整えた。
「……ふむ、確かに動きづらい」
「だから言ったろ。ていうか、自分の鎧なんだから片付けろよ」
「……うむ。しかし……実のところ、私は“片付け”というものをしたことがなくてな……」
「……マジで?」
レオは頭を抱えた。
貴族の令嬢だからメイドに任せていたのは想像できる。
だが騎士でもあるのに、ここまでとは。
「しょうがない。俺が教えるから、一緒にやろう」
「むぅ……やむを得ぬ」
渋々ながら、エリシアは片付けを始めた。
──だが。
「なあ、レオよ。片付けとは……物が増えていくものなのか?」
気づけば、部屋には下着や包帯、形の崩れた鎧、
クローゼットの中身までが散乱していた。
「エリシアさん……さっき“片付ける”って言いましたよね?」
「言ったぞ?」
「……増えてますけど?」
「?」
ダボダボのジャージを着た金髪美少女が、小首を傾げる。
普通なら、その姿に萌えるかもしれない。
だが今は——
「はぁ……」
深いため息をつきながら、俺は悟った。
(ああ、この人……根本的に片付けできないタイプだ……)
聖騎士としての威厳、貴族令嬢としての優雅さ。
それらに反して、とんでもないポンコツさを見た気がした。
「……エリシアさん。俺の言う通りにやってくれますか?」
「う、うむ……」
こうして、
レオの“お片付け講座”が始まった。