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あなたが守った、この世界で

作者: 花祭 きのこ


伯爵家三女、シャルロットは聖女である。


ここは人間が安全に住まうただ一つの国、ボルタニカ。神に祝福されしこの国には、三人の勇者と三人の聖女がいた。


火の勇者アレス、水の勇者セシル、無の勇者ラック。神に選ばれた、勇者の力を持つ三人。

一人の勇者には一人の聖女が付き、必ず二人で魔王に立ち向かう。それがこの国に伝わる古くからの伝承だ。

そして見事魔王を倒した勇者がこの国の王になる。これも重要な決まり事。



「あらあらシャルロットさん、苦労していますわね。そんな無能の勇者様に付いていると、苦労が絶えませんわね」


「ファラ、違うって。勇者だけじゃなくてシャルロットも無能なんだから。無能は無能らしく、無理しないで私たちに任せとけばいいのさ」


火の勇者の相方、公爵家令嬢のファラさん。水の勇者の相方、子爵家の次女ジャンヌさん。二人が今日も馬鹿にしてくる。


確かに私の回復魔法は、この二人よりも劣っている。私は聖女としてのレベルがまだ少し低いから。

でも私の相方、無の勇者ラック様がバカにされるのはやっぱり腹が立つ。


「そんな、私はともかくラック様は無能では…」


「はあ?無能だろうよ。神に選ばれた勇者のくせに、スキルが一つしか使えないなんてさ。それもスローとかいう下らないスキル」


「そうですわね。正直、アレス様とセシル様とは比べるのもおこがましいですわ。私たちはワイバーンを討伐、かたやあなた方はホブゴブリンが精一杯なんですからね」


「そ、それは…」


私は何も言い返せない。

この人たちの言っている事は確かに事実だ。火と水の勇者様は恐ろしく強い。神様にもらったスキルが多いせいだ。

それに比べて確かにラック様にはスキルが少ない。でもきっとこれからもっとスキルを覚えるはずだし、何よりラック様は優しい。他の二人の勇者とは全然違う。


「あらこんな時間、それでは私はこれで失礼しますわ。ごきげんよう」


「フン、せいぜい私たちの足を引っ張らないようにしなよ」




こうして私は今日も嫌味をやり過ごす。

大丈夫、あと少しの辛抱だ。来月にはそれぞれのペアが本格的に討伐の旅に出る。それまで我慢すればいいんだから。



「あの…シャル、ごめん。いつもいつも僕のせいで…」


「ラック様、見ていたんですね。ううん、ラック様は悪くありません。それにあの人たちを見返すチャンスはまだまだあります。ラック様はこれから必ず強くなります。だって優しくて清い心の方が、真の勇者なんですから」


「シャル…うん。ありがとう」


ラック様は勇者なのにあまり自分に自信が無い。

でも心は本当に優しい。子供やお年寄りが困っていると、何も言わずに助けに行くんだから。



それからも私達は訓練に、魔物討伐に、一生懸命取り組んだ。

相変わらず聖女からは嫌味を言われる毎日。でも勇者様たちはもっと苛烈だ。

アレス様は日常的に暴力をふるうし、セシル様はすごく陰険だ。ラック様はいじめみたいな二人の行為に黙って耐えている。


それでも負けずに日々、訓練を重ねていく。

そして一ヶ月が経ち、私たちはついに国を旅立った。



国の外には村が点在している。その村々で困った人を助けながら、魔王がいる場所を探していく。


私達は数え切れないくらいの村を救ってまわった。


ゴブリンに襲われた村、子供ばかりが攫われた村、土壌が。汚染された村、ゾンビが徘徊する村、氷に閉ざされた村、巨人に支配された村、人喰い植物に覆われた村、毒の霧に包まれた村、ドラゴンに襲われた村。

本当にいろいろな村を救った。時間も、三年は経ってしまった。


そしてやっぱりラック様はすごく成長した。

「付与」「加速」「聖剣」色々なスキルを覚え、果ては時間操作というスキルまで覚えてしまった。

といってもちょっと時間をずらすだけ。時間魔法なんて初めて聞いたけれど、あまり使い勝手は良くなさそうだと思った。


ドラゴンを倒した頃に、風の噂でセシル様とジャンヌさんが死んだと聞いた。魔物の巣でセシル様がジャンヌさんを置いて逃げようとしたのだとか。本当のところは分からない。



「えっ…?こ、これは本当なのか」


そして魔王の幹部を倒した時、大変なものを見つけてしまった。魔王軍の書類だ。


「魔王は過去…数百年前へとさかのぼり、勇者が生まれる歴史を消そうとしている…?」


「そ、そんな…そんな事が可能なのですか?」


「うん…僕も時間操作が少し使えるからね。かなりのリスクはあるけど、可能…だと思う」


そんな…過去なんて手の出しようがない。

でもラック様は神妙な顔をして口を開いた。


「いや…僕ならできる。過去に戻って魔王と戦う事ができるはずだ」


私は驚いた。人間が時をさかのぼる。それも数百年も。そんな話は聞いた事がない。


「でも今は無理だ。能力を大きく上げる手段…何かそういうアイテムが無いと。…そうだ、確か東のズーグ山に賢者が住んでいると聞いたよね。そこに行ってみよう」



そして時は流れ一年後、私たちは険しい道のりを越え、賢者が住むズーグ山にたどり着いた。

この頃にはまた噂が耳に入った。アレス様が魔族にそそのかされてファラさんを殺し、その後アレス様も魔族に殺された、という噂。本当のところは分からない。


そして賢者は実在し、秘薬を譲り受けた。能力を大きく向上させる薬。でも使えるのは一回限り。上手く過去へ戻れたとしても、もう戻ってくる事はできない。



「ラック様、お料理ができました。相変わらずのお鍋ですけど」


そして今日はラック様が過去へ飛ぶ決意を固め、実行に移す日。

ラック様が最後に私の料理を食べたいと言って下さったので、私はこの山小屋でいつものお鍋料理を作った。


「美味しくなくてすみません…、私、お料理が苦手ですから」


「いやいや、シャルの作るものはいつも美味しいよ。本当に僕の好みなんだ。最後に食べるものがシャルの手料理なんて、嬉しいよ」


そう言ってラック様はムシャムシャとお鍋をかき込んでくれる。美味しいわけがないのに…でも嘘でも嬉しい。


「これまで色々あったね」


「そうですね…。一番つらかったのはゾンビの村でした」


「あはは、あったよね。あれは嫌だったなあ。僕は巨人の村かなあ。迫力がすごくてさ、正直怖かったよね」


「ドラゴンを倒したラック様が何を言ってるんですか」


「あはは…。でも本当にありがとう、ここまで来れたのはシャルのおかげだよ」


そう言ってラック様はスッと私の手を取った。暖かい。


「ラック様は…、ラック様は本当に明日、過去へ行かれるんですか?…どうしても?」


「うん…行くよ。それが僕の使命だから」


その言葉に私は泣きそうになる。

ラック様の溯行そこう魔法に私は同行できない。「聖女の祈り」という国宝級アイテムを持って、一人で魔王に立ち向かう。そう、一人で。


「…怖いんです。私、ラック様が…いなく、なる、ことが」


涙が溢れる。なんで?どうして?

ああ、そうか。私、ラック様のことが…


「大丈夫、僕は必ず戻ってくるよ」


そう言ってラック様はにこりと笑った。

そして私の首にかかっているペンダント。昔誕生日にラック様がプレゼントしてくれたペンダントに、ラック様は祈りを込めた。

一瞬淡く光り、すぐに消える。


「おまじないだよ。君を見失わないで帰ってこれるようにね」


「…っ!!分かりました…ラック様、私は信じて待っています。いつまでも、待っていますから」


「うん、シャル。待ってて」


にこりと笑い、ラック様は秘薬をぐいと飲んだ。

ラック様の体が白く輝く。光があふれ、ラック様の姿が見えなくなる。


「じゃあ行ってきます」


そしてその声を最後に、ラック様は消えてしまった。

               




勇者様は。ラック様はやり遂げた。

魔王を討ち果たし、世界を平和に導いた。


色々と過去が書き変わっていたのが、その何よりの証拠だ。




でも。


でも……。



ラック様は帰ってこなかった。


古い歴史書に名前が残るだけ、だった。





……




「…こうして世界は平和になりましたとさ。めでたしめでたし」


「ねえねえ、ラック様は魔王を倒したあと、どうなっちゃったの?」


パチパチと燃える暖炉の前。白髪の老婆が小さな子供に昔話を聞かせている。

子供は興味津々で老婆の話に聞き入り、目を輝かせながら質問をしていた。


「うん、。ラック様ははね、魔王を倒したあとに国を作ったんだよ。…シャルドラックという国さ」


「シャルドラック?それって僕たちがいるこの国だよね?じゃあラック様ってこの国の王様だったんだ。お姫様と結婚したんだね」


「あはは、ラック様はね、最後まで結婚はしなかったそうだよ。困った人だよねえ」


「ふーん。なんでだろう、好きな人がいなかったのかなあ?」


「さあ…それはどうかねえ。…おや、もうこんな時間だ。そろそろ寝る時間だよ」


「はーい。シャルロットおばあちゃん、またお話ししてね」



子供がすやすやと寝息を立てる。それを見た老婆は、ゆっくりと揺れ椅子に身を預けた。  


昔話をする度に思い出す。

あの頃の記憶が、情景が。鮮明に。


魔王は倒された。

ラック様が。過去へ戻ったラック様がやり遂げたのだ。

無事に過去は書き換えられ、今こうして世界は平和になっている。魔物もいない、とても安全な世界に。

どうしてか分からないけど、私だけが覚えている。あの、魔物に怯える外の村々を。戦いばかりの血生臭い日々を。そしてラック様と過ごした、キラキラと輝くあの大切な日々を。


「シャルドラック…ふふ。まるでラック様と私の国みたい」


いつもあの人は私のことをシャル、と呼んでいた。私のことをそう呼ぶのはラック様だけ。ああ、懐かしいな。


「…会いたい」



ラック様と会って、たくさんお話がしたい。お疲れさまって言って、手を繋いだりして、あんな事やこんな事があったんですよって言って。

それでお料理も作るんだ。あの頃は下手だったお料理がこんなに上手になったんですよって。自慢するんだ。


そうして二人で静かに暮らして、いつも一緒にいて、何にもない日常が幸せですねって言って。そうして最後は二人一緒にお墓に入る。…そんな幸せな一生。



「…ダメね。このバカな妄想だけは何十年も変わらないわね」


この山小屋にいるせいだろうか。

最後にラック様と一緒に過ごした、思い出の場所。あのあと私はすぐにこの山小屋を買い取った。ラック様を待つ、そのために。


「でも…」


ラック様はもう戻ってこない。結婚もせずにバカみたいに待っていたけれど、結局それも意味がなかった。

それにもう私はおばあさん。今さらあの人が戻ってきたところで意味はないんだから。



パチ、パチ


炎の燃える音だけが静かに響く。


コンコン


でもそんな時、ドアをノックする音が聞こえた。私はビックリして、思わずノックされた玄関に目を向けた。


「こんな時間に…一体誰かしら」


私は重い腰を上げ、立ち上がった。

ゆっくりと玄関まで歩く。最近は腰や膝も痛くなってきた。こうして歩けるのも長くはないだろう。


「はいはい、どなた?…えっ」


私はドアをゆっくりと開けた。

と、その時、私のペンダントが突然激しい光を放った。強い、白く優しい、なんだか懐かしい光。暖かい、私の思い出のペンダント。


その光量に思わず目が眩む。

やがて光がやみ、私の目に少しずつ視力が戻ってきた。


「えっ」


私は驚いた。

私の、私の醜く老いぼれていた体が。

あの頃の。ラック様と過ごしていた、あの頃の若い姿に戻っている。


私は呆然とした。


そして開いたドアの向こう、そこに立っていたのは。



「やあシャル、ただいま。待たせちゃった…よね。ごめんごめん」



私の頭は思考を止めた。

でも目からは涙が止まらない。

体は勝手にその人、ラック様へと飛び込んでいった。


「うわっと。いやあ、未来移動が最後の一回でさ。色々大変で。あっ、ペンダントに仕込んでおいた溯行そこう魔法もちゃんと機能したみたいだね、僕と接触した時に発動するように…」


「バカ!バカバカバカバカバカ!!何年…何年待たせるんですか!私、私、おばあちゃんになっちゃったんですよ!」


「ちょ、痛い!痛いって」



涙と鼻水が止まらない。こんな汚い顔を見せられない。

でも、

でも、ちゃんと言わないと。



「ぐす…ラック様、おかえりなさい」





これは、ほんのちょっぴり幸せな物語。


私は、あなたとこれからも過ごしていく。

あなたが守った、この世界で。


初めての短編です。

最後まで読んで頂きありがとうございました。感想など頂けると、とても嬉しいです。

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