幽閉
「艦長は、冥界で出世したのですね」と恵子。
「そうだ。ゲート戦争の中頃以降、冥界がアバターだらけになったとき、ぼくは仮想現実の転写技術に詳しかったから、アバター相手の戦で負けることがなかったよ。魔物たちの軍閥に取り立てられて役職につかされた。あとはとんとん拍子に身分が上がった。」と悠木。
「それで、なぜ艦長は冥界で龍穴回廊に侵入したのですか?」と恵子。「一条リリス大佐から大変な事件になったと聞きましたが。」
「依頼されたんだ」と悠木。
「だれにですか?」とサキ。
「それは言えないよ」と悠木。
「私が依頼したのだ」と桐子。
皆が驚いた顔をして、桐子を見た。
「そのころ私は政敵によるクーデターにあって龍穴回廊近くに幽閉されていた」と桐子。「それで涙の魔術師に救援を依頼した。」
「神の世界にクーデターなどあるのですか?」と恵子。
「クーデターは珍しいが、揉め事は多い」と桐子。
「どのようなことで揉めるのですか?」と恵子。
「天之神との関係で、穏健派と強硬派が長く対立していた」と桐子。「地之神の一部の強硬派が、地上界での主導権を天之神から取り戻せと騒いでいたのだ。ある時、暴力的な方法で私の身柄を拘束するものが現れた。そして、私は天界の最下層にある龍穴回廊近くに幽閉された。」
「桐子さんは国生之大神という強い神様なのではないですか?」と恵子。
「万策尽きていたのだ」と桐子。「反乱後の政権を取り戻すために続いた戦いで力を使い果たしてしまっていたので、自力で脱出することができなかった。最下層に閉じ込められてしまっては、仲間の高位の神々に連絡を取ることはできなかった。」
「でも、なぜ救出の依頼先が涙の魔術師だったのですか?」と恵子。
「ある人物が冥界に彼がいることを教えてくれた」と桐子。
「涙の魔術師は有名だったのでしょうか?」と恵子。
「まったく知られていなかった。だからこっそり冥界に忍び込んで魔物と暮らせていたのだ」と桐子。
「では、だれが涙の魔術師の秘密について、国生之大神の桐子さんに伝えたのでしょうか?」と恵子。
「それは教えられない」と桐子。
「そうですか。それで依頼を受けて、涙の魔術師は龍穴回廊に向かったのですね」と恵子。
「ああ、まんまと騙されたよ」と悠木。
「騙されたとはどういうことでしょうか?」と恵子。
「捨て駒に使われたんだよ」と悠木。「とても重要な仕事で、おまえにしかできないとか言っておだてられた。朝風にのせられた時と同じだよ。」
「あの時のことは、すまなかったと言っているだろう。許してくれ」と桐子。「きちんとお礼をするつもりだった。」
「わかったよ」と悠木。
「艦長は頼まれて、ちゃんと助けに行ったのですね」とサキ。
「そうだよ。オレの死んだ先生の知り合いという人物からの頼みだったから引き受けたんだ」と悠木。「今から思えば怪しげな話だ。」
「死んだ先生というのは、艦長を泣き虫魔術師と呼んでいた人ですか?」とサキ。
「そうだよ。そんな話、よく知っているな?」と悠木。
「ええ、リリスさんが参入儀式の前に教えてくれました」とサキ。
「そんなことまで話してたのか」と悠木。「あいつはまじめな顔をして、なんでも人の秘密をしゃべっちまう。」
「龍穴回廊は龍が守っていたと聞きましたが、艦長は戦ったのですか?」と恵子。
「ああ。当時の魔物の部下たちをつれて龍を蹴散らしたよ」と悠木。「龍穴回廊の地理とか龍との戦い方は先生から習っていたからな。」
「それで桐子さんを無事に助け出したのですか?」と恵子。
「そんな簡単な話ではない」と悠木。「龍穴回廊は神界に続く長い通路なんだ。途中には番人の軍神どもがいる。そいつらと戦いながらの前進だ。命からがらだったよ。」
「すごいですね。神と戦うなんて」と恵子。
「当時のオレは戦三昧で経験を積んでいたから、お飾りの金ぴかな軍神どもなんて目じゃなかったよ」と悠木。「だけど軍神どもの数が多くて難儀した。奴らはいくらでもわいてくるんだ。」
「それで桐子さんを無事に救出できたのですか?」と恵子。
「ああ、まあな」と悠木。
「よかったですね」とサキ。
「問題はその後だ」と悠木。




