三々九度
桐子と悠木は巫女数人に案内されて本殿に入り、拝殿にいる神職たちと向かい合う位置に座った。恵子とサキは本殿と拝殿の間の渡り廊下に席が用意されていた。そこからなら、儀式の全体が見渡せる。
儀式が始まる前、桐子は派手な羽織をするりと脱いで巫女に渡した。その下は鮮やかな真白な和服だった。悠木は目をみはった。
それが合図のように太鼓が打ち鳴らされ、雅楽が奏でられた。祝詞が奏上され、巫女が舞った。
横に並んで椅子に座っていた悠木の腕は、しっかりと桐子に握られており、まわりを巫女に囲まれていた。
お神酒が三つの杯とともに運ばれてきた。驚いている悠木の横で、桐子はさも当然という顔をしている。作法どおりに三々九度の儀が行われた。
桐子は立ち上がり、そして言った。
「我は、地を統べる神、国産之大神である。我は、この伊沢悠木の妻であることを宣言する。そしてこの伊沢悠木は、今より黒魚之風大神である。よいか、何人なりとも、わが夫、黒魚之風大神の威厳を傷つける事を許さぬ。黒魚之風大神に話しかけてはならぬ。顔を見てはならぬ。目を合わせてはならぬ。」
「明日は黒魚之風大神の門開之儀を行う。準備をしておけ。」
太鼓が激しく打ち鳴らされ、本殿の三人の巫女を残して、すべての神職や巫女たちは境内から姿を消した。恵子とサキも巫女たちに促されて、境内の外に出て行った。
桐子と悠木は運ばれてきた膳の食物を静かに食べた。巫女たちが膳を片付けた。
「ぼくたち、夫婦になったの?」と悠木。
「そうよ」と桐子。「嫌なの?」
「そんなことないよ。ちょっと驚いたけど」と悠木。
「私のこと、嫌い?」と桐子。
「嫌いじゃない」と悠木。「好きだよ。」
「そう。うれしいわ」と桐子はこの日、初めて笑った。
桐子は悠木を抱き寄せた。「もう離さないわ。誰にも渡さない。誰にも嫌な思いをさせない。辛い思いをさせないわ。体をいたわってあげる。あなたを守ってあげる。」
「ありがとう、桐子姉さん」と悠木。
「風呂を用意させたから、入りなさい」と桐子。




