逃走
「次の話を始める前に、少し休憩しましょう」と瑠璃子。「誰かお茶とお菓子を取ってきてくれない?」
「クッキー食べたーい!」と早苗。
「今回の補給でたっぷりとお菓子を仕入れたから、好きなだけ食べてもいいわよ」と瑠璃子。
「艦長が喜びそうですね」とサキ。
「あの子は食い意地が張ってるから、私たちだけで食べてたら怒るわね、きっと」と瞳。
「子供が寝てる間に食べてしまうのは気がひけます」とサキ。
「優しいのね、サキちゃんは」と瞳。
「瞳さんだって艦長に優しくしされてますよね」とサキ。
「私たちは信頼されてないわ。所詮、監視役だから」と瞳。
「そんなふうには見えません」とサキ。
「悠木の身になってみればわかることだ。不自由な子供の体で戦わされてるのだから」と桐子。「あなたたちがいなければ、悠木はとっくに逃げ出していたはずだ。」
「艦長が逃げだしたら私が捕まえてあげます」と早苗。
「早苗ちゃんがいれば悠木は逃げないわ。あなたのことが大好きだもの」と瞳。
「本当ですか?」と早苗。
「かなり気に入られてるのは確かだ」と桐子。「うらやましい。」
「悲観的なのですね」と綾子。
「二次戦争、奇跡の防衛戦の後、入院中に逃げ出したことがあった」と桐子。「冷たい雨の降る夜に、義手義足なしで寝かされていたベッドから抜け出した。ダストシュートから下水道を伝って。」
「ええ!」と綾子。
「私たちは必死で探した。神としての見栄も外聞もかなぐり捨てて、叫びまわって探した」と桐子。
「警察へは連絡されたのですか?」とあやこ。
「もちろんだ」と桐子。「私たちはずぶ濡れになって、街路の溝やどぶの中を這いまわった。辺りの警官はもちろん、警察犬も無人偵察機もすべて動員した。それでも見つからなかった。」
「神様にもできないことがあるのですか?」とエリカ。
「神といっても転生してしまえばただの人間だ。でも魔術師は違う。肉体があれば、意志で現実を変えてしまう」と桐子。
「神様は万能ではないのですか?」とエリカ。
「そこそこの力はもつ。でも所詮、あの世での存在なのだ」と桐子。
「そこそこって、どのくらいですか?」とエリカ。
「桐子はまだ中学生よ。あなたより年下の」と瞳。
「ええ!」と恵子。「てっきり年上の方だと思い込んでいました。」
「体が大きいからごまかせている」と桐子。「でもその程度の能力だ。異星生物と戦って人類を救うことはできない。」
「私たちはもちろん、あの世での仲間にも手助けを頼んだけど何もできなかった。悠木は、あの世の者たちとの駆け引きに長けているから、この世界では勝ち目はないわ」と瞳。
「それで見つかったのですか?」とあやこ。
「ええ。見つかったわ。悠木は自殺しようとしていたけど、それを止めてくれた人がいたの」と瞳。
「どんな人ですか?」と綾子。
「悠木は、涙の魔術師だった時の愛人に会いに行ったのよ。死ぬ前に一目会いたいって。最後の力を振り絞って、雨の降る夜中に三十キロもあの体で移動したの」と瞳。「ところが、その女性は悠木を死なせなかった。助けてくれって、悠木を抱えて知り合いの家に駆け込んだの。」
「ロマンチックだわ!」と早苗。
「色恋沙汰の話は後にしてくれないかしら」と瑠璃子。
「あら、ごめんなさい」と瞳。「いいところなのに。」
「絶対聞きたい!」とエリカ。
「私も興味あるけど、後にして。そろそろ元の議題に戻らないと」と瑠璃子。




