香り
悠木は四体に分裂した状態から合体して一体に戻った。しかし、二体が参加した特別攻撃作戦の疲れから回復せず、ベッドで寝たきりの生活をしていた。
リコ・ファレンは悠木が寝ているベッドの前でひざまずいた。
「職務に復帰したそうだな」と悠木。
「はい」とリコ。
「政府とはうまくいっているのか?」と悠木。
「官位を頂戴いたしました」とリコ。
悠木はアハハハと笑った。
「笑い事ではありませぬ。窮屈で死にそうでございます」とリコ。
「よかったじゃないか」と悠木。
「他人事だからと言って、無責任です」とリコ。「政など性に合いませぬ」
「会社の経営と似たようなものだろう」と悠木。
「フォックス社の経営は、あなた様の名代としてのお仕事でございます」とリコ。
「何が違うんだ?」と悠木。
「今は上司と部下の板挟みでございます」とリコ。
「なるほど。それはかわいそうだな」と言って、悠木はまた笑った。
「どこぞの化け猫が妬ましく存じます」とリコ。
「そう言うな」と悠木はリコに左手を差し伸べた。
リコは悠木の手を取り、ベッドに横たわる悠木の上から覆いかぶさってキスをした。悠木の顔にリコの赤みがかったやわらかい髪が触れた。
「リコ、神になったのか?」と悠木。「香りが前と違う」
「『黒魚王に仕えたければ神になれ』と言われ……」とリコ。
「女王様か?」と悠木。
「今は、伊佐々之ナミ様でございます」とリコ。
「そうだったな」と悠木。
「お嫌いですか?」とリコ。
「何がだ?」と悠木。
「わたくしの香りでございます」とリコ。
「嫌いじゃない」と悠木。「いい匂いだ」
「ところで、なぜ翆鶴のゲート生成装置のことを教えてくれなかったんだ?」と悠木。
「あんなものは気休めでございます」とリコ。
「どういう意味だ?」と悠木。
「温度五千度以上の恒星に突入して艦が分解しておりました。動作するわけがありませぬ」とリコ。
「それもそうだな」と悠木。「だが動作したのだろう?」
「はい。あなた様の魔力で、装置を含めた周囲がシールドされていたためと説明されています」とリコ。
「ならそうなのだろう」と悠木。
「あなた様の体が溶けても、シールドが残るものでしょうか?」とリコ。
「さあな」と悠木。「それにしても、事前に教えてくれてもよかっただろう」
「そんなことをすれば、わたくしだけパープルキティに送り返されかねません」とリコ。
「信用されていないのだな」と悠木。
「あなた様の考えはお見通しでございます」とリコ。
「お前には勝てぬ」と悠木。
「あなた様をお守りするためでございます」とリコ。
しばらく間があって「側にいてやれず、すまないな」と悠木。
「もう報われております」とリコ。
「どういうことだ?」と悠木。
「翆鶴で恒星突入の前に、あなた様と二人きりで二十日以上を過ごせました」とリコ。
「最後の時だと思っていた。お前が側にいてくれて幸せだった」と悠木。
「あなた様はお優しかった」とリコ。「もう、思い残すことはありませぬ」
「その言葉、男冥利に尽きる」と悠木。
「あなた様の側にいなくとも、わたくしは、もう永遠にあなた様のしもべでございます」とリコ。
「ありがとう。うれしいよ」と悠木。「だが、その欲のない言い草はまるで神のようだな。妖狐のお前とは思えぬ」
「仕方ありませぬ」とリコ。
「ああそうだった。お前は神になったのだな」と悠木。
「あなた様もでございます」とリコ。
「確かに仕方がないことだな」と言って、悠木はアハハと笑った。
リコが悠木と話している間、白猫フェンは腕を組んでじっと窓の外を眺めていた。
「しばしのお別れでございます」と言ってリコは悠木に軽くキスをした。そして静かに立ち上がり、一歩下がって頭を下げた。
リコはベッドに背を向け、部屋のドアに向かって歩いた。リコはフェンとのすれ違いざまに「後を頼むわ」と小声で言い、「分かってる」とフェンが答えた。
リコはドアの前で悠木に一礼すると姿を消した。
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