もうヤダ!!ぜんっぜんわかんない!!!
「シェレイラ・カーマイン!この華麗なるトーマス・モンダーンの目は誤魔化せんぞ!お前はこちらの女性に嫌がらせを繰り返し、貴族にあるまじき行為をした!モンダーン王家の名において、お前の貴族籍を剥奪する!辺境の地で一人寂しく暮らすがよい!」
壇上で唾を飛ばしているのは大した権限など持っていないこの国の第二王子だ。あぁ、まただ。また失敗した。正直もう何をしたら良いのか全く分からない。あの悦に入ったうすら寒いセリフ、何度聞いたか分からない。はぁ、また死ぬのか…
このシーンはループしている。自分が何をしたのかも知らぬまま、辺境に送られる途中で毎回死ぬ。死んで目覚めるとまた、舞踏会であのボンクラトーマスに呼ばれるところからリスタートだ。
多分もう10回くらい死んだ。もっとかも?何度目かに死んだ時、前世の死に方と同じだったせいかついでに前世も思い出した。と、言っても詳細は分からず、前世日本人だった事と好きだったゲームの事くらい。しかも数独。
多分、これは流れ的に所謂乙女ゲーム。広告で見た事があるくらいでやった事はない。そもそも検索エンジンが無いしあったとしてもタイトルが分からない。マジで詰んだ…あーあ、攻略サイト見たいな…
これまでは何とか生き残ろうと思いつく限りに、泣き落としてみたり、従順にしたり、無言無反応になってみたり。あの手この手で頑張ってはみたけど、結局ダメだった。何も思いつかない。もうマジでヤダ。限界!無理!!なんで私がこんな目にあってんのよ!
「もうヤダ!ぜんっぜんわかんないし!そもそも私あんたのこと好きじゃないし。その女誰?知らない人にどうやって嫌がらせするって言うのよ!!」
「は?何を言っているのだ?お前が勝手に嫉妬して嫌がらせを…」
「はぁ〜?あんたなんかイチッミリも好きじゃないって言ってんじゃん!嫉妬なんかしないよ。するわけないじゃん!カッコいいとも思わなければ、毎度毎度自分に酔ってて気持ち悪いのよ!一人じゃ何もできないお飾り王子にくせに!椅子に座って大人しくしてろ、ばーか!」
「な、な、な、」
「あはははははは!」
言われたことのない言葉で罵倒されて言葉を失った王子の横で、隣にいた女性が腹を抱えて笑い出した。
「どうしたのだ?マリエ?何か面白いところがあったか?ん?具合でも悪いのか?」
「やっと見つけた。おまえに間違いない、シェレイラ。」
持っていた扇で口元を隠してはいるものの、ドレス姿にそぐわないイケボが響いた。
「え。イケボ。え?何?ん?よく見たらいつもの女の人じゃなくない?え!新要素が出るような事何かしたっけ?はぁぁ。全然分かんないよー。」
シェレイラは頭を抱えて蹲った。
「はっはっはっは!面白いなぁ、シェレイラ。」
傍らにいた女性の豹変ぶりに固まっていた王子は我に返った。
「マリエ?どうしたんだ?マリエ?」
マリエ?の両肩を掴み、顔を覗き込む王子。
「お前の役目は終わった。」
マリエ?が王子の眉間を指で押した途端、王子の目から生気が失われた。キレのあるターンでクルッと向きを変えると、スタスタと歩いて王族用の椅子にストンと座った。良い姿勢を保ち、人好きのしそうな微笑を浮かべて前を見ている。正直ちょっと不気味だ。
息子の突然の暴挙に混乱して固まっていた国王は目をカッと見開いたと思うと、汗をダラダラとかき始めた。脚を絡れさせながら駆け寄ってきて、マリエ?の前に跪いた。
「ジャン=マリー・ドラゴニア閣下、ご尊顔を拝し恐悦至極に存じます。」
王が頭を下げると、ジャンは手を振った。
着ていたドレスに白い花が1つ、また1つと咲き始め、すぐにドレスは花でいっぱいになった。足元から回転し始めた白い花びらはつむじ風のように舞い上がり、数多の花びらがジャンを包みこむように周りをグルグルと回った。
「パーン!」
爆発音と同時に弾け飛んだ花びらが会場の天井近くまで舞い上がると、会場にいた者は「わあっ」と歓声を上げた。たくさんの花びらが舞っている。一際多くの花びらが舞い散った所を見ると、そこにはマントを羽織ったスーツ姿の男性が姿を現した。
「イケメン…めっちゃかっこいい…好き…」
シェレイラはジャン=マリーを見て、艶かしいため息を漏らした。ジャンは片頬を上げてニヤリと笑った。
会場に集まっていた貴族のほとんどが、稀代の魔法使い、ジャン=マリー・ドラゴニアの奇蹟を知っていた。ただ、どんな姿なのか知るものはおらず、子どもだとも筋肉質の大男だとも言われていた。
突然現れた有名人に感嘆のため息を漏らす者、王子の異変に慄く者、舞った花びらを追いかける者、状況に興奮したのか叫び続ける者。会場は騒然となった。
何度も死に戻って打つ手が見つからず、疲弊し、ささくれだったシェレイラの心を一瞬で潤した美丈夫。彼の人がシェレイラに歩み寄って来る。シェレイラはその姿に見惚れていた。シェレイラの前に跪く姿もかっこいい。シェレイラの胸は高鳴った。
「待たせたな。やっと見つけた。さあ、この手を取るがいい。その資格を与えよう。」
ジャン=マリーは手を差し出した。シェレイラの目は潤み、頬がふんわりと染まっている。おずおずと手を伸ばした。
「…はい。」
ジャン=マリーの顔を見たままうっとりとした様子のシェレイラは、自身の手を遠慮がちにジャン=マリーの手に重ねた。
片頬をあげて嬉しそうにしたジャン=マリーは重なった手をしっかりと握って立ち上がった。
「それでは皆さん、ごきげんよう。」
ジャン=マリーがシェレイラを抱き寄せ、マントを翻すと二人の姿は会場から消えた。
「さあ、シェレイラ、ここへ座って。」
一瞬で移動した二人は天井が高くて白い部屋にいた。テーブルと椅子が置いてある。テーブルにはアフタヌーンティーのようなお菓子と紅茶が置いてあり、湯気が揺れていた。椅子に座った先に、大きな鳥籠のようなものが一つ置いてある。中に何かいるようだ。
「私を助けてくださってありがとうございます。ただ、あの…ちょっと聞いてもいいですか?」
「ん?何でも聞いて?」
「…あの、あそこのめっちゃ大きな鳥籠の事なんですけど。」
「鳥籠?あぁ、あれ?」
「はい。あの、そのぅ、女の人を飾るご趣味がおありで…?」
「ないけど?」
「女の人を鳥籠で飾ってるんじゃ、あれ?あの人なんか見たことある…あ!あいつの愛人!確かに前回まではあの人だったかも。」
「そうそう、忘れてた。入れ替わるためにちょっとここで大人しくしてもらっていたのだよ。」
「え。誘拐ですか?」
「大丈夫。心配ないよ。そっくりな人形を置いてきたし、あちらでは病で寝込んでいることになっているから動かなくても問題ない。この子は無駄に行動力があって実に邪魔だったのだよ。」
「あの、家に帰してあげた方が良いのでは?」
「まあ、そうだな。もう用は済んだから、帰ってもらうとするか。」
ジャンが指を鳴らすと、トーマスの愛人は消えた。シュルシュルと音がしたと思うと、鳥籠が手のひらサイズに縮まって、シェレイラの目の前で浮いた。
手を広げるとそこにふわっと降りた。
「可愛い。」
「あげるよ。」
「あ、ありがとうございます…」
しばらく眺めた後、シェレイラはそっと目の前のテーブルに置いた。決して要らないわけではない。
「さて、僕のことはジャンと呼ぶがいい。」
「ジャン様。」
「ジャン、だ。」
「ジャン。」
「良い。実に良いな。」
ジャンは嬉しそうに言って頷いた。
「さて、僕が君を助けたという事実に異論はないかな?」
「…はい。とても感謝しています。やっとループから抜け出せました。何度死んだことか…」
「では、礼に記憶を見せてほしい。」
「記憶?私のですか?」
「そうだ。なぜこんな面白いことになっているのか、お互いが理解できるように言語の共有をしたい。るうぷとかぼんくらとか分からんのでな。」
「なるほど。そういう事なら、ちょっと怖いですけど、どうぞ。打つ手なしだったところを救ってもらったんです。何でもします!」
「そうか!うんうん。実に良いな。」
「えっと、私はどうしたら良いですか?」
「目を閉じて、そうだな、倒れると危ないからベッドに寝てもらおう。」
ジャンが手を振ると寝心地の良さそうな天蓋付きのベッドが現れた。
「ムダに豪華…」
シェレイラはフラフラと引き寄せられるようにベッドに入り、横になった。あぁ、沈んでいく。そう思うと途端に瞼が重くなるから不思議だ。ねむい。ね…む…、スーッとそのまま寝入ってしまった。
「疲れたよな。何度も何度も繰り返していたから。さて、早速楽しませてもらうぞ。」
ジャンは遠慮なくシェレイラの記憶を覗いた。刺激的で知らない事ばかりの日本の記憶。その前の人生、その前の人生、とどんどん遡って夢中で見入った。
目が覚めたシェレイラは椅子に座ったままベッドに突っ伏して寝ているジャンに気付いた。気持ちよさそうに寝ている。シェレイラは毛布を引っ張り出してジャンの背中に乗せた。
なんだか頭がスッキリしている。気分が良くなったシェレイラは背伸びをするとベッドから出て、窓際へ行った。それにしてもここはどこなんだろう。ジャンの屋敷なんだろうか?窓からは空と雲しか見えない。
「おはよう。レイ。」
しばらく外を眺めているとジャンが起きた。
「……おはようございます。ジャン。」
ジャンは満足気に微笑んだ。
「実に刺激的だった。知識と語彙が一気に増えて実にいい。日本風だとマジでヤバいってとこか?」
レイは愛想笑いを浮かべた。
ご機嫌な様子のジャンの魔法で、美味しい食事を済ませたレイは、ジャンの案内で暖炉とソファがある部屋へと移動した。
暖炉の火がパチパチと音を立てる。「懐かしいな」レイの呟きを聞いてジャンは片頬を上げた。
「さて、日本で使われていた言葉で説明すると、君はバグだ。」
「バグ…」
談話室に座って、お茶と和菓子を持ったままジャンは説明を始めた。器用に食べながら話している。ん?和菓子?お茶を口に流し込んでゴクンと音をさせた。
「そう。この世界にとっては異質な存在。異質な存在による干渉で何らかの不具合が起き、ループしたんだろう。」
「異質な存在の干渉…」
死にたくなくて工夫した事だろうか。
この世界に、いてはいけない存在なんだろうか。
「僕が診る限り、元々のシェレイラの魂はまだレイの中にある。あの王子の宣言にショックを受けて成仏しかかったシェレイラの中に、日本で事故にあったレイが何かの作用で収まってしまったようだ。名前が似ていたのも影響したかも知れないが分からない。今はより強い魂が、まあ君だな、優先して体を使っている状態だ。」
「そんな…」
「日本にいたレイの肉体はもうないから戻れないし、そもそも僕と契約をしてしまったからな。このままここで生きていくのが合理的だろう。」
「あの、契約ってなんですか!?」
「名前の契約をしただろう?日本の単語だと婚姻か?」
「こんいん… 婚姻?」
「すでにレイは僕のものだし、僕はレイのものだ。魔法使いの呼びかけに素直に答えてはいけないと習わなかった?」
「急に親しげに呼ぶから変だと思った!私あなたに名乗ってないですよ!」
「ふふ。君の記憶の中にいた親切な人に聞いたんだ。」
「誰よー!そんなことある?」
「ねぇ、レイ?僕との婚姻は嫌?」
上目遣いのジャンが甘えるような目で見つめてくる。
「う。そんな、急に言われても…」
「うーん。魔力も強いし、物怖じしないし、忍耐強いし、相性良さそうだし。僕はレイが良いんだけどなぁ。」
「え?私に魔力?」
「そっちが気になる?結構芳醇なんだよ、レイの魔力。ここは日本よりも魔素というかマナというか、色々濃いからな。」
「あ!今のお話って、私がこの体を使う前提ですよね?」
「レイ、選ぶという事はそういう事だよ。それに僕との婚姻もあるから、どうやってもシェレイラの魂には勝ち目がない。もうその体は君のものだ。」
「そんな…乗っ取ってしまったの…?あの、私の中のシェレイラさんの魂はどうなっちゃうんですか?」
「その話をする前に、レイは先ほど、あの王子に向かって魔法をかけた自覚はある?」
「全く。」
「あぁ、僕の補助で発動したからやっぱり分からなかったか。多分まだ彼はそのまま解放されず、椅子に座っていると思う。見に行くか?」
「え。行きます。解いた方がいいですよね?その、人道的に。」
「まー、魔法使いに人の道を問われても、返す答えはないのだがね。ま、とにかく行って見てみようか。」
ジャンが指を鳴らすと、先ほどの会場に戻ってきた。華やかだった会場はもう片付けられていて閑散としていた。椅子に座ってアルカイックスマイルを浮かべたトーマスの他には誰もいない。薄暗い中で1人ポツンと座っている姿は流石に気の毒だった。シェレイラは心を込めて言った。
「もう動いて良いですよ。」
瞬間、レイの中にいるシェレイラの淡い恋心のようなものが感じられて、シェレイラは切なくなってしまった。同時に、自分の中に本当にもう一つの魂がある事を自覚して、申し訳ない気持ちでいっぱいになった。シェレイラはトーマスの事が好きだったのか。辛かっただろうな。魂が肉体から離れるくらいの衝撃、か……
しばらく待っていたがトーマスに変化はなかった。ジャンが魔力の流れを補助すると、トーマスは目をパチクリさせながら立ち上がった。会場に戻った時から姿を消していたジャンとレイの姿が見えるはずもなく、トーマスは何度も首を傾げながら会場から出て行った。
「無事解けたようだな。」
「よかったぁ。正直、あんな無節操な男、いくら王子でも『シェレイラ』の未来には不要です!
「ははは!そうかもしれんな。」
ジャンの眼差しが優しい。
「ところで、今君の中にいる『シェレイラ』なんだが、情けないトーマスの姿を見てもう吹っ切れたみたいだ。レイが送ってやってくれないか。」
「分かりました。方法を教えてもらっていいですか?」
「シェレイラが光を目指して逝けるように願って。僕が補助するから。」
レイは心の底から願った。まっすぐ迷わないで光に辿り着けるように。次、生まれたら幸せになれるように。
光は天に昇って行った。ジャンとレイは手を繋ぎながらシェレイラを見送った。そして二人はいつまでも幸せに暮らしました、とさ。
完