第7話:いざ王都へ!!
荷車の軋む音が、朝の静けさに溶けていく。
私はその隣を、とことこ歩いていた。
「ねぇ、お父さん。王都までってほんとに歩きで一日かかるの?」
「そうだなぁ、途中で昼休みと夜の野宿もあるし、まぁ、気合い入れれば日が沈む頃には城壁が見えるかもな」
そう言って笑うお父さんの背中は、なんだかいつもより大きく見えた。
荷車には果物の詰まった木箱がぎっしり。
それを一人で運んでいたなんて――ほんと、すごい。
「いつもこんなに重いの、ひとりで持って行ってたの?」
「はは、まぁな。慣れりゃどうってことねぇよ」
そう言いながら額の汗を拭うお父さん。
太陽はまだ高くないのに、すでにじんわり暑い。
私は麦わら帽子を押さえて空を見上げた。
白い雲が流れていく、どこまでも広い空。
あれが王都の方角なんだ――と思うと、胸が少し高鳴る。
「ねぇ、お父さん。王都って、どんなとこなの?」
「んー、そうだな……人が多くて、音も光もすごい。夜でも明るいし、いろんな国の人が集まってる」
「へぇ〜……なんか絵本みたい」
「絵本よりもうるさいぞ。あと、物価も高い」
「ぶっか?」
「簡単に言えば、果物一個でパン一個も買えねぇくらいだな」
「えぇ!? 高すぎない?!」
お父さんは苦笑いして肩をすくめた。
「だから、ルチアが可愛くて愛想よくしてくれたら、果物の売れ行きも変わるかもな〜」
「うん、頑張るよ!私!!」
「お父さんを楽させてあげるんだから!」
胸の中でぎゅっと拳を握る。
――だって、お父さんいつも疲れてるし。
夜遅くまで果物を磨いて、朝も一番早く畑に出ていく。
だから今日は、私が頑張る番だ。
「おいおい、そんなに気合い入れると途中でバテるぞ?」
「バテないもん!」
「はは、頼もしいな、うちの娘は」
お父さんが笑う。
その笑顔が、少し嬉しくて、少し照れくさい。
夜になる。
「魔物は夜になると活発になる。焚き火から離れるなよ、いいな?」
お父さんが大きな荷物を地面に下ろし、手際よく火打ち石を鳴らした。カチッ、カチッと音が響き、やがて乾いた枝に小さな火が灯る。その炎が次第に大きくなり、周囲を橙色に照らした。
「うん……分かってる」
私も荷物を置いて、そっと腰を下ろす。夕日が遠くの森の向こうへと沈み、空は茜から群青に染まっていく。風が少し冷たくなってきて、焚き火のあたたかさが心地いい。
パチ、パチと薪がはぜる音を聞きながら、私は空を見上げた。
「ねぇ、お父さん」
「ん?」
「王都の夜って、どんな感じなの?」
「そうだなぁ……村よりずっと明るいぞ。空に星は少ししか見えねぇが、街の灯りがまるで星の代わりみたいに輝いてるんだ」
「へぇ……いいなぁ」
胸の奥が少しだけ高鳴った。
王都、そこには、私の知らない世界が待っている。
湯気の立つ鍋の中で、シチューがぐつぐつと踊っていた。
とろりとした白いスープの中に、にんじんやじゃがいも、そして——ほろほろに煮えたお肉。
「うわぁ〜! お肉だ!!」
「おぉ、気づいたか。お母さんがな、王都に行くお祝いだってさ。奮発してくれたんだ」
お父さんは満足そうに頷きながら、木のスプーンでシチューをすくった。
鼻をくすぐる香ばしい匂いが風に混じって広がり、私は思わずゴクリと喉を鳴らした。
「いっただきまーす!」
口に運ぶと、柔らかい肉の旨味が広がって、思わず笑みがこぼれた。
「おいしい〜っ!!」
「だろ? お母さんの味はどこ行っても恋しくなるぞ」
お父さんも豪快に笑いながら頬張る。焚き火の光が彼の横顔を赤く照らし、なんだか頼もしく見えた。
「御手洗行きたい!!」
私は立ち上がって、お腹を押さえながら言った。
お父さんは木の皿を片づけながら、少し笑って振り返る。
「御手洗か〜。あぁ、ちょっと先に川があるはずだ、そこで済ませてこい。あ、夜は危ないから、俺が近場まで──」
「大丈夫!ありがと!」
焚き火の赤い光を背にして、私はランタンを持って歩き出した。夜の森はしん……としていて、風が草の間をすり抜ける音だけが聞こえる。頭上では、星がびっくりするくらい近くに見えて、夜空がまるで深い海みたいだった。
(少し怖いけど……大丈夫、ちょっと行くだけだし)
足元でカエルがピョンと跳ねて、私は思わず声をあげた。
「ひゃっ!? ……もう、びっくりしたぁ……」
しばらく歩くと、木々の隙間から水の音が聞こえてくる。
月の光に照らされた川が、ゆるやかに流れていた。
「ふぅ〜、やっと着いた……」
しゃがみこみながら、手を伸ばして水を触る。
冷たくて気持ちいい。でも、その時だった。
「グルるる……」
――低く、地を震わせるような唸り声。
風がピタリと止まった。
足元の草がざわり、と揺れて、私は顔を上げる。
そこにいたのは、月明かりに照らされて、銀の毛並みがゆらめく巨大な獣。
毛糸のように柔らかそうな毛並み……なのに、鋭い牙は光を反射していた。
背中から尻尾にかけて、稲妻みたいな模様が走っている。
(ありえない……どうして……)
私の喉が勝手に鳴る。
心臓が、ぎゅっと縮んだみたいに痛い。
知ってる。見たことがある。
お父さんがいつも「森の奥には決して近づくな」と言っていたあれ――
|魔狼《まろう。
村の伝承でしか知らない、恐ろしい存在。
村の家畜を一晩で食い尽くしたって話も聞いた。
「え……なんで……ここに……?」
声が震える。
ランタンの灯りがカタカタ揺れて、影が大きくなっていく。
魔狼はその赤い瞳で私を見つめ、低く唸りながら一歩近づいた。ドクン、と心臓が跳ねる。
「がァァァァ!!」
魔狼が地を蹴った瞬間、風が弾けた。
目の前の景色が一瞬で歪むほどの速さ――!
(早いっ、逃げられない……!)
喉が凍りつき、足が地面に縫い付けられたみたいに動かない。
胸の奥がキュッと痛む。
次の瞬間、牙が目前に迫り――私は反射的に目をぎゅっと閉じた。
――ザンッ!!
何かが空気を裂くような音。
風圧で髪がなびいた。
そして、金属が何かを叩くような衝撃音が響いた。
「……え?」
おそるおそる目を開けると、私の目の前に、白い光が走っていた。
魔狼は真っ二つに割れてたのだった。




