第6話:友達
王都に行くのは明日。
今日は朝から畑仕事だ。
私は大きなバケツを片手に、水をまく。
水が土に染み込む音、葉っぱに当たる音、太陽の光でキラキラ反射する水滴……その全てが、なんだか楽しい。
太陽は大きく空に輝き、肌をじりじりと温めてくる。
だから私は麦わら帽子を深くかぶり、日差しから顔を守りながら作業を続ける。
「ふぅ……」
水をまき終わり、手を止めて大きく伸びをする。
明日は王都での冒険が待っているけれど、今日は今日で、この畑仕事の時間も大切だ。
畑の空気は、少し土の匂いがして、太陽の熱気と混ざり合う。
麦わら帽子の影の中で、私は深呼吸をして、胸いっぱいに朝の空気を吸い込んだ。
「おぉ、ルチア!!」
遠くから元気な声が響く。
声の方を見ると、そこには村で数少ない私の友達が揃っていた。
オレンジ色の髪が太陽にキラキラ光るサキヨキは、いつも元気いっぱいで、笑顔を見るだけでこちらも元気になる。
五歳にしてすでに筋肉モリモリのアストラは、頼もしいけれど、少しお茶目なところもあって、一緒にいると安心する。
ちょっと内気で控えめなヴァルは、いつも後ろの方から小さく手を振っている。
そして唯一の女友達、エリスは穏やかで優しく、どんなときも私を気遣ってくれる。
「おはよ、みんな!」
私は手を振りながら笑顔で返す。
「今日も畑仕事? 一緒に手伝おうか?」
サキヨキくんが目を輝かせて言った。
「えーと、大丈夫。もう、終わったところだし!それより、みんなは?」
「俺たちは遊びに行こうかなって」
アストラがにやっと笑いながら答える。
「えぇ! 酷い、私抜きにして?!」
思わず声を荒げる私。
「だから、こうして今誘いに来てんだろ」
サキヨキくんが得意げに腕を組む。
「あ……そっか、ごめん、ごめん」
私は頬をかきながら小さくつぶやく。
ヴァルはちょっと照れたように笑い、エリスはそっと微笑む。
お父さんに「ちょっと遊んでくるね!」と一言断って、私はサキヨキくんたちと一緒に外へ出た。
「サキヨキくん、今日は狩の仕事?」
私は興味津々で尋ねる。
「まだ仕事って言っていいのか分からないけど……今日はお休みだ。親父も家でずっと寝てる」
サキヨキは肩をすくめながら、少し照れくさそうに答える。
「サキヨキくんの家は狩の仕事だもんね、そりゃ疲れるよ」
お父さんから聞いた話を思い出しながら、私は笑顔で言った。
「まぁ、そうだけど。つーか、なんで俺だけ“君”付けなの?」
サキヨキが首をかしげながら尋ねてきた。その声には、半分本心のような、ちょっと気になる響きも混じっていた。
「え、それは……」
私は一瞬言葉に詰まった。考えたこともなかった、無意識ってやつだ。
「呼びやすいからかな?」
つい、とっさにそう答えた。
「ダメ……かな?」
私は少し恥ずかしそうに、でも勇気を振り絞って聞いた。
「──ッ?!いや、全然いいよ?!うん、むしろそう呼んでくれてなんか特別感あるわ」
サキヨキくんの顔が真っ赤になり、手をあたふたと動かしている。
なんだか可笑しいけど、暑いのかな……それとも緊張してるのかな?
「どうしたの……サキヨキくん?」
私は首をかしげながら尋ねる。
「はぁ〜、ルチアって事は……」
エリスは呆れるように呟いた、
「俺も、自分だけの名称でルチアに呼ばれたいな……」
アストラも意味不明なこと言ってるし、もうなんだか朝からみんな変だなぁ。
「そ、そういえば聞いたよ!ルチア、王都に行くんでしょ!」
ヴァルが声を上げた。話を変えようとしてるのが、ちょっと見え見えだけど、まぁいいか。
そう、明日、私は王都に行くのだ!でも、なんでヴァルが知ってるんだろう……。
「さっき、僕のお父さんとルチアのお父さんが話してるの聞いてさ。凄いよね、王都って僕らの世代じゃ初めてだよね!」
ヴァルは目を輝かせながら言った。
「ふっふっふ」
私は小さく笑って、胸がワクワクするのを感じる。明日、どんな景色が待っているんだろう……。
「いいな、ルチア〜。王都に行けてさ〜僕も行きたいな〜」
ヴァルが羨ましそうに私の方を見つめる。
「あのね、私だって遊びに行くわけじゃないんだよ! お仕事ですから! お・し・ご・と!」
両手を腰に当てて強調する。そう、決して遊びに行くんじゃない。たぶん。きっと。
「本当かよ……とか言って、こっそり仕事中抜け出して遊びに行こうと思ってたりな!」
アストラがニヤニヤしながら笑った。
「ッ?! い、いや、そんなわけないからね!!」
顔が一瞬で熱くなる。なんでバレたような気がするんだろ。
「え、いや、そりゃ冗談で言ったけど……」
アストラが少し引き気味に言う。
「ほ、本当に遊びとか、そういうんじゃないんだからね! べ、別に……うん!」
言い訳しながらも、だんだん声が小さくなっていく。
「……あれ? もしかして図星だった?」
アストラがニヤリと笑い、サキヨキくんも吹き出す。バカにしてるな。
「ち、違うもん!!」
必死に否定する私を見て、アストラとサキヨキは肩を震わせて笑っている。
「まぁ、まぁ。ルチアをいじめるのはそこまでにしてさ、王都のお話しましょ。」
エリスがやわらかい声で会話を切り上げた。
ナイス、エリス!!天使の助け舟だ。私は思わずエリスの手をぎゅっと握る。
「王都といえば、やっぱり王子様よね〜」
エリスがうっとりとした声で言うと、みんなの視線が一斉に彼女に集まる。
「ね〜!」
私も思わず同意してしまう。
エリスも王子様が好きらしい。
でも――私だって好きだ。
いつか、絵本に出てくるみたいな優しくて格好いい王子様と出会って、手を取られて、きらきらした舞踏会で踊るんだ……。
あぁ〜、想像するだけで胸がドキドキしてくる。
「ルチア、絶対見てくるんだよ! 本物の王子様!」
エリスが両手を握ってくる。
「エリス、任せて! 見てくるよ!」
私は胸を張って笑った。
サキヨキとアストラはそのやり取りを見て、なぜか同時にため息をつく。
「……なんか、王都に行かせたくなくなってきたな」
「同感だ。つーかさ!」
アストラが両手を腰に当てて、わざとらしくため息をつく。
「大体、王子様はお城にいるんだぞ? そんな簡単に会えるわけねぇし。所詮、農園の娘が王子様に注目されることなんて――無いから!」
「ひっっどい! アストラ、さいてーっ!」
「こんな可愛い私を放っておく王子様なんていないから!」
「ははっ、言うねぇ」
サキヨキくんが笑いをこらえきれずに口元を押さえる。
「うるさい! 本当なんだから!」
「うんうん、分かってる分かってる。はいはい、可愛い可愛い」
完全にからかわれている。
でも、胸を張って言い返す。
「見てなさい! 明日、王都に行ったら……王子様が“運命の出会いだ”って言うかもしれないんだから!
その瞬間、みんながドッと笑った。アストラは地面を叩いて笑い、サキヨキは腹を抱えている。
「ルチアが王都の豪華な暮らしに染まって帰ってきたらどうしような〜」
「金ぴかのドレス着て、“あら庶民の皆さん、ごきげんよう〜”とか言ってそう」
アストラが鼻にかかった声で真似してくる。
「クッ言わせとおけば」
そう言いながらも、想像してしまう。
キラキラした王都の街並み。
金を囲うような宮殿の壁、きらめくガラス細工の窓、香る花園。
朝は紅茶と焼き菓子、昼は白いテーブルで上品にフォークを持ち、夜はシャンデリアの下で舞踏会――。
見てさないよ、王都に言って王子様の心射止めるんだから!!
私はこの日強く決意したのだった。




