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アルセリオンの神話  作者: エスケー
村騒乱編
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第20話:旅立ち

 ブラッドたち吸血鬼の襲撃は、王国を壊滅寸前まで追い込んでいた。


 街は焼け野原と化し、王も政治家も、再建に必要な人材もほとんど失われている。復興の兆しは微塵もなく、現状のままでは国としての機能は完全に停止していた。


 瓦礫の山の間を歩きながら、アルセリオンは冷めた視線で破壊の痕跡を見つめる。燃え残った建物の壁に黒焦げの血痕が点々とついている。かつて活気に満ちていた街が、今や死の静寂に包まれているのだ。


 そんな中、エルヴィンが自らの店を再建するために動き出す。だが、以前の店は完全に壊滅しており、復興は不可能だった。仕方なく別の場所に新たな店を構えることを決めたのだ。魔法道具を取り出す。小さなケースに店全体を収めると、不思議な光が輝き、空間がゆがむように店が吸い込まれるように消えていった。


 凄いな、異世界。


 リンデン王国の対処は、隣国であるヴァラメリア王国が引き受けることになったらしい。現状でも数名の騎士団と調査団が組まれて、街の被害状況や残骸の確認を進めているという話だ。俺たちはそんな目に当てられないように、慎重に、ひっそりと移動していた。目をつけられでもしたら、面倒なことになるのは目に見えている。


 生き残ったのは、エルヴィン、ミレイユ、俺、そしてヴァルセリオンの四人だけだ。いや、正確には「だけ」っていうのも変な言い方かもしれない。少なくとも、あの混乱の中で確実に顔を出せるのはこの四人だけだった。


 ミレイユはまだ子供だから、エルヴィンさんと一緒にヴァラメリア王国へ行くことになったらしい。あのまま騎士団に引き渡すつもりらしい。俺とヴァルセリオンは、異形種だから……お別れだ。アイシアさんも言っていたけど、異形種は差別されやすい。だから、仕方ないんだろうな。


 ミレイユの顔は泣きそうで、寂しさが滲み出ていた。けれど、俺は遠くからにこりと笑った。声をかけることはできないけど、せめてその笑顔で、少しでも安心させられればと思った。


 エルヴィンなら大丈夫だろう。強いし、あの人ならちゃんと守ってくれるはずだ。


 俺たちは言葉少なに、森へと戻っていく。木々の間を抜け、冷たい風が肌を撫でる。


 そして俺たちは、森の陰に身を潜めたまま周囲を見渡す。

 視界いっぱいに広がるのは、果ての見えない森。折り重なる枝葉が空を覆い、かすかな木漏れ日だけが地面に落ちている。戦場の喧騒はもう届かない。あるのは、静けさと、湿った土と、風の音だけだ。


「兄貴、これからどうしますか」


 ヴァルセリオンが低い声で尋ねてくる。その声音には、珍しく迷いが混じっていた。


「俺は……アイシアを探そうと思う」


 そう答えた瞬間、自分でも不思議なくらい、言葉は迷わず口から出ていた。

 アイシアを食らったことで、彼女の魂の一部は確かに俺の中にある。感情の残滓、記憶の欠片、そして確かな“存在感”。胸の奥で、かすかに温度を持って脈打っている。


 彼女の話が本当なら、輪廻は続く。

 死は終わりじゃない。魂は巡り、またどこかで生を得る。


 確証なんてない。理屈で証明できるものでもない。

 それでもいいんだ。


 人は――いや、今の俺は人じゃないけど――目標があった方が、生きやすい。

 進む理由があるだけで、足は前に出る。迷いも、虚無も、少しだけ遠ざかる。


 森の奥へと視線を向ける。

 どこにいるのかも分からない、いつ会えるのかも分からない。それでも、探すと決めた。


「必ず見つける」


 誰に聞かせるでもなく、俺は小さく呟いた。


「お前はどうすんの?」


 そう聞くと、ヴァルセリオンは一瞬きょとんとした顔をしてから、すぐに破顔した。


「兄貴、俺は兄貴と共に行くって決めてるんですよ!」


 迷いの欠片もない、あまりにも真っ直ぐな笑みだった。ああ、そうだったな、と内心で苦笑する。こいつは最初からそういう奴だ。行き先が地獄だろうが、深淵だろうが、俺の隣に立つことを疑ったことがない。


「物好きな奴だ」

「今さらでしょ」


 軽口を叩き合いながら、俺は改めてヴァルセリオンを横目で見る。……ん?

 なんか、妙にごつくないか。いや、前から大きかったが、輪郭が一段と角張っているというか、存在感が重いというか。


「お前、またデカくなってないか?」

「え?そうですか?よく食べましたからね!」


 あっけらかんと笑うが、まあいいか、と俺はそれ以上追及しなかった。今さら一つや二つ、化け物度合いが増えたところで驚く話でもない。


 そういえば、ここまで本当に忙しすぎて、自分の能力確認なんてまったく出来ていなかった。戦い、破壊、喪失、そればかりで振り返る余裕すらなかったんだ。ふと気づいたのは、以前まで使えていた擬態――『人間』が、いつの間にか解除されていたことだ。理由は分かっている。アイシアを食べた、その瞬間だ。彼女の存在を取り込んだことで、条件が変わったのだろう。


 俺は試しに、もう一度擬態を使ってみる。すると、体の感覚が静かに書き換わっていく。映し出された姿は、見覚えのあるものだった。白い髪、その中に混じる淡い青のメッシュ。


 鏡代わりの水面に映る瞳は、はっきりとした青アイシアと同じ色だ。胸の奥が、わずかに軋む。失ったはずのものが、形を変えてそこにあるような感覚。俺はその姿をじっと見つめながら、静かに息を吐いた。


 そして気づけば――俺は裸だった。

 イカン、これは本気でマズい。誰かに見られたら色々な意味で終わる。幸い人の気配はないが、念には念を入れる。俺は即座に擬態を解除し、魔狼の姿へと戻った。白髪も青い瞳も霧散し、森に溶け込む獣の身体が戻ってくる。服を手に入れるまでは、人化は封印だな。残念だが仕方ない。生き延びる方が、今はずっと大事だから。


 能力が一気に増えていた。その中でも、やはり別格だと感じたのが『魂域展開アフェクション・ドミニオン』だ。どうやら結界型の能力らしく、一定範囲内に強制的な情報領域を展開する。その領域では、拒絶・歪曲・無効化といった概念操作が常時働き、【精神干渉無効】【即死判定耐性・極大】【情報破壊耐性・超強化】【自己修復速度の飛躍的上昇】【世界系能力耐性】まで付与される。正直、頭がおかしい性能だ。まじで強い。


 そして、もう一つ面白い能力が『肉体同化再現インフォメーション・デヴァウアー』。食らった相手の肉体情報を保存し、再現できる能力らしい。単体で見ると、正直そこまで大したものじゃない。右腕だけ別の肉体に変える、みたいな使い方もできるが、それなら擬態の応用とほぼ同じだ。


 だが、これを『分身体』と併用した瞬間、評価が一変した。分身体に対して、俺自身が持つ『魔狼』の肉体情報を書き込んでみた結果、分身体の俺が、完全に魔狼へと変化した。外見だけじゃない、筋肉の構造、感覚、反応速度、そのすべてが再現されている。


 どこまでできるか試してみた。ちなみにヴァルセリオンは横で寝ている。能力はどこまで受け継がれるのか、どれほど実用的なのか、気になる点は多い。分身体というだけあって、与えられる指示はかなり単純だ。複雑な判断や自律行動は期待できない。


 試しに『原生狩域プライマル・ドミニオン』を使ってみる。水中感知、振動感知、超音波、思念伝達、群体操作。これらを併用すれば、遠距離からでも分身体と最低限の意思疎通は可能だし、振動感知でおおよその位置把握もできる。


 ただし、戦闘力は高くない。能力の継承率も限定的で、本体と同等とは到底言えない。何より問題なのは、情報を詰め込みすぎると分身体が負荷に耐えきれず、文字通り壊れることだ。器が違う、そういう感覚に近い。


 それでも使い道は十分にある。斥候、囮、観測役――それだけできれば上等だ。俺はそう結論づけ、分身体を解除した。そして進化の影響か、『数値化(パラメーター)』を確認すると「50000」と表示されていた。……めちゃくちゃ強くなってるな、これ。


 俺は空を見上げる。雲はゆっくり流れ、青はどこまでも遠い。アイシア、待ってろよ。必ず、必ず迎えに行くからな。たとえこの身が異形でも、どれだけ道が歪んでいようとも関係ない。魂がここに在る限り、俺は進む。森の奥で風が鳴き、ヴァルセリオンの寝息が聞こえる。もう迷わない。失ったものの重さごと背負って、俺達は前に進むのであった。

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