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アルセリオンの神話  作者: エスケー
村騒乱編
46/55

第7話:恐怖のお知らせ

 勝負は一瞬だった。

 ザフィクロスが放った『蒼血炎支配アズール・ブラッド・ドミニオン』が、フォレタス村を覆い尽くし、炎と血の青が世界を塗り潰す。抵抗も悲鳴も、すべてが同時に焼き消える。たった一撃。


「貴様ァァァァ!」


 セインは咆哮と共に剣を構え、駆け出した。胸奥に眠るスキルを解放し、気力を燃やして肉体を極限まで引き上げる。


「武技:高鳴り!!」


 天より降り注ぐかのような剣閃。迷いなき一撃が、一直線にザフィクロスを捉える――はずだった。


「ほぉ……武技か。なるほどな、実に興味深い (ちから)だ」


 ザフィクロスは笑みすら浮かべ、落ち着いた声で続ける。


「武技を操る者と刃を交えるのは、これが初めてだ。いいだろう、お前は殺すには惜しい。生き延びろ、鍛えろ、もっと強くなれ」


 彼は片手で、易々とセインの剣を持ち上げた。剣の柄を握るセインの身体ごと、宙に浮き上がる。


「そして再び――この俺の前に立ち塞がれ。その時こそ、真に血が滾る戦いになるだろう」


 次の瞬間、ザフィクロスの蹴りが炸裂する。

 衝撃と共に、セインは彼方へと吹き飛ばされた。


「お前が、俺に立ち塞がる資格を持つなら、生き残るだろう」


 ザフィクロスは興味を失ったように視線を切り、ただ一人残された存在へと目を向ける、最後の一人、モルドへ。


「お前からは何も感じない。――つまらん、死ね」


 冷え切った宣告だった。


「死ぬのはお前だ!」


 モルドは叫び、剣を振り上げる。恐怖も絶望も押し殺し、ただ怒りだけを力に変えて――だが、その刹那。


 ザフィクロスの指先がわずかに揺れた。


『蒼炎』


 青く澄んだ炎が、音もなく咲く。

 それは爆ぜることも、燃え広がることもない。ただ“在る”だけで、すべてを否定する。


 剣は途中で溶け落ち、腕は形を失い、悲鳴すら発せぬままモルドの身体は蒼炎に呑まれた。肉は消え、骨は砕け、存在そのものが灰へと還る。


 残ったのは、風に舞う微かな残滓だけだった。


 ザフィクロスはそれを一瞥し、興味なさげに背を向ける。こうして、フォレタス村は、あまりにも呆気なく、この世界から消え去ったのだ。


 ♢♢♢


 異変に気づいたのは、いつだっただろうか。

 ルクス村の外れ――大地を揺さぶるような衝撃音が、重く、鈍く響いた。


 ドーン、という嫌な音。

 最初に反応したのはアイシアだった。


「……今のは? 何が起きたのですか!」


 嫌な予感が胸を締めつける。俺たちは音のした方角へと駆け出した。


 辿り着いた先で、俺たちは息を呑む。


 そこにいたのは、セインだった。


 血に濡れ、意識も朦朧としている。立っているのが奇跡のような状態だった。


「な……何があった……?」


 返事はない。ただ、かすかな呼吸だけが生の証だった。


「本当に……何が起きたんですか……」


 アイシアの声が震える。


「急いでください!治療室へ!今すぐ運びましょう!」


 その場に重苦しい沈黙が落ちる、この怪我、ただ事ではない。




 セインの傷は深刻だった。

 全身に及ぶ火傷、骨折、内臓への衝撃――どれも致命傷になり得るものばかりだ。


 だが、不思議なことに、彼の身体には事前に極限まで強化された痕跡が残っていた。

 筋繊維は異常なほど活性化し、骨格も一時的に密度を増している。

 まるで「死を覚悟した瞬間」に、限界を超えて自らを鍛え上げたかのようだった。


 その無茶な強化が、かろうじて命を繋ぎ止めていた。


「……生きているのが、奇跡ですね」


 治療師の言葉に、アイシアは静かに目を伏せる。


 セインが目を覚ますまで、最低でも三日はかかる。

 それが治療班の出した結論だった。


 その間、何もせずに待つわけにはいかなかった。


 その夜、アイシアを中心に、村の中枢を担う者たちが集められる。場所はルクス村の集会所、緊急会議だった。


 議題は一つ。

 セインをここまで追い詰めた存在と、消え去ったフォレタス村。


 ルクス村の村長、そしてミストバイン村の村長――マーピー。さらにクロウフェン村の村長、クロウ。

 三名に加え、各村の重役たちが円卓を囲み、重苦しい空気の中で会議は進められていた。


 フォレタス村消滅、蒼炎を操る存在。

 そして、瀕死で運び込まれたセイン。


 一連の報告がすべて共有された後――

 最初に沈黙を破ったのは、クロウフェン村の村長、クロウだった。


「……つまりだ」


 クロウは肘を机につき、指を組む。


「フォレタス村は、ほぼ一瞬で消し飛ばされた。

 敵は単独。しかもセインが全力を尽くしても、歯が立たなかった相手……」


 低く、噛みしめるような声だった。


「冗談じゃない。そんな化け物が、この近辺をうろついているというだけで、

 次に狙われるのがどこかは分からない」


 視線が、自然とルクス村の村長へ、そしてマーピーへと移る。


「これはもう、一村の問題じゃねぇ。

 互いに縄張りだ、因縁だなんて言ってる場合は、とっくに過ぎてる」


 クロウは静かに息を吐き、はっきりと言い切った。


「三村で動くべきだ。

 守りを固めるか、先に叩くかは別としてな。

 だが何もしないって選択肢だけは、もう残っちゃいねぇ」

「して、勝てるのかね?」


 重役のひとりが、慎重に言葉を選びながら問いかけた。


「勝てる、勝てないの話ではないでしょう」


 即座に返したのはアイシアだった。感情を抑えた声だが、その芯は硬い。


「戦わなければ死ぬ。ただ、それだけです」


 その言葉に、室内の空気がさらに張り詰める。


 アイシアは小さく息をつき、俺の頭に手を置いた。

 毛並みに沿って、ゆっくりと撫でる。

 今の俺は魔狼の姿をしている。


 理由は単純だ、俺の本来の姿は異形種に分類されるらしく、ここで正体が露見すれば、無用な混乱を招く。最悪、敵味方の線引きすら崩れかねない。


 だからこうして、擬態している。


 撫でられながら、俺は黙って会議の様子を見つめていた、言葉を発さずとも分かる。


「アイシア殿、いつの間に犬を……まあ、些末なことだ」


 クロウは腕を組み、重々しく言い切った。


「現状、我々に残された選択肢は一つしかない。戦うことだ。直ちに戦力を招集しろ」




 ルクス村は、地図の端に追いやられたような、あまりにも目立たない場所にあった。山影に隠れ、街道からも外れ、価値ある資源も乏しい――その存在自体が、侵略者の視界から自然と零れ落ちるような土地だ。

 そのおかげか、蒼炎の暴君ザフィクロスの襲撃は、皮肉にもルクス村だけを避ける形となった。


 一方で、他の村々は無慈悲に蹂躙された。

 蒼炎が降り注ぎ、家々は焼き尽くされ、畑は灰と化し、かつて人の営みがあった痕跡は、焦土として刻み込まれただけだった。夜空は赤く染まり、遠くからでも炎柱が立ち上るのが見えたほどだ。


 だが、完全な悲劇ではなかった。

 異変を察知した村人たちが、次々とルクス村へと逃げ込んでいたのだ。山道を越え、森を抜け、時には怪我人を背負いながら、それでも彼らはここに辿り着いた。その結果、家や土地を失った者は多くとも、命を落とした者の数は、奇跡的なほど少なかった。


 今やルクス村には、元の人口を遥かに超える人々が身を寄せ合っている。狭い家屋、足りない食料、不安に満ちた夜それでも、誰もが理解していた。

 ここが、まだ生きていられる場所であることを。


 ルクス村は、もはやただの一村ではない。

 国にも属さず、軍にも守られず、それでも人々を受け入れ続ける、最後の逃げ場。


「水はいかがですか?」


 そう声をかけながら、怯えた様子のまま、身を縮めるようにして水を差し出している。逃げ延びてきた人々の視線は落ち着きなく揺れ、指先は震え、喉は渇いているはずなのに、すぐには手を伸ばせない者も多かった。恐怖が、まだ体から抜けきっていないのだ。


 ミレイユは俺のすぐ傍にいた。いつもより口数が少なく、服の裾を掴む指に力がこもっている。不安が、そのまま形になったようだった。

 アイシアもまた、車椅子を進めながら一人ひとりに水を配っている。表情は穏やかだが、その動きには迷いがない。今やれることを、淡々と、しかし確かにやっている。


 その空気を切り裂くように、聞き慣れた声が響いた。


「兄貴、ワクワクしてきましたね!敵は一人だって言うのに、ここまで追い詰められるなんて、過去一っすよ!」


 振り向くと、そこにはヴァルセリオンがいた。相変わらずの調子で、危機感よりも高揚が勝っている顔だ。


「馬鹿野郎、不謹慎だろ。死人も出てるんだ、楽しむな」


 俺がそう言うと、ヴァルセリオンは一瞬だけ肩をすくめたが、すぐにいつもの笑みを浮かべた。


「へへ、分かってますって。でもよ、こういう極限じゃないと、燃えねぇってのも本音でして」


 こいつって奴は、本当にどうしようもない。

 楽観的というか、危機の中ですら前向きというか、いや、単純に戦いが好きなだけか。


 まぁ、それでも――どうしてだろうな。

 俺自身も、ほんの少しだけ、ほんのわずかだが胸の奥がざわついている。恐怖とは違う。焦燥でもない。名付けるなら、高揚に近い何かだ。理由は分からない。ただ一つ言えるのは、ここまで追い詰められたのは本当に初めてだということだ。退路も余裕も削り取られ、残されたのは立ち向かうという選択肢だけ。その状況が、俺の中の何かを叩き起こしているのかもしれない。


「アルセリオン、顔怖いよ?」


 不意に、ミレイユがこちらを見上げてそう言った。

 はっとして自分の顔に意識を向ける。無意識のうちに、随分と険しい表情をしていたらしい。


「あぁ、悪い悪い」


 そう言って、意識的に口角を上げる。作り物の笑顔かもしれないが、ミレイユにはそれで十分だったよう

だ。少し安心したように、彼女は小さく頷いたのだった。

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