第8話:最終章
ヴァルセリオンは、イオ・ラズを喰らったことで新たな能力『軽度再定義』を獲得していた。
俺が、喉から手が出るほど欲しかった能力だ。にもかかわらず、当の本人はというと、誇らしげに、いや実に無邪気にしっぽをぶんぶんと振っている。その様子を見ていると、羨望と呆れが同時に湧き上がってくるから不思議だ。
「兄貴、どこ行ってたんすか。迷子にならないでくださいよ」
「それ言う資格あるの、俺だろうが」
思わず、そう突っ込んでいた。
それくらい、久しぶりだった。最後に顔を合わせたのは、確か一ヶ月ほど前。魔狼の群れに追われ、混乱の最中で別れて以来だ。五鬼との戦争にも姿を見せなかったし、生きているかどうかすら定かではなかった。それが、よりにもよってこの樹海の最奥で、しかもとんでもない形で再会するとは。
正直、安心よりも先に疑問が浮かぶ。
――なんで、こいつがここにいる?
そう問いかけると、ヴァルセリオンは悪びれもせず、こともなげに答えた。
「美味しそうな獲物が、沢山居たからっすよ!」
あまりに単純で、思わず脱力する。だが、笑えないのはその実力だ。
よく見れば、ヴァルセリオンの源の質が、以前とは明らかに違う。粗さが消え、密度が増し、獲得したスキルの数も質も桁違いだ。樹海という地獄を、文字通り“食べ歩き”してきたのだろう。
イオ・ラズの背後を取れた理由は『存在ノイズ』というスキルのおかげか、隠密系の上位互換と呼べる能力、いよいよ、本当に俺とヴァルセリオン、本気で戦ったらどっちが勝つか分からなくなってきたな。
それだけじゃない。
――気付いてしまった。
俺と同じスキルまで獲得していることに、さすがに驚いた。 破壊圧縮――圧力を一点に集約し、限界まで圧縮したのちに解放することで、破壊そのものを叩きつける能力。本来なら、扱いを誤れば自滅しかねない、極めて危険で、なおかつ理解力を要求されるスキルだ。
それを、こいつは保有していた。
「……お前、それまで持ってたのか?」
思わずそう漏らすと、ヴァルセリオンは当然のように首を傾げる。
「え? はい。結構前からっすけど?」
軽い。あまりにも軽い。
だが、源の流れを見れば分かる。嘘じゃない。しかも、俺よりも無駄が少ない。圧縮の精度も高く、放出のタイミングも理想的だ。完全に“理解して使っている”。
……こいつも、そこまで来ていたのか。
俺が死線を越え、試行錯誤を重ね、ようやく掴んだ感覚。それを、こいつは樹海を喰い歩く中で、自然に手に入れていた。
俺は、泥臭く努力するタイプだ。
何度も失敗して、痛みを覚えて、感覚を一つひとつ身体に刻み込んで、ようやく掴み取る。理解するまでに時間がかかるし、遠回りもする。だが、その分、身についたものは確かに俺の血肉になる。
それに対して、ヴァルセリオンは違う。
こいつは、才能一本だ。
見ただけで覚え、感じただけで再現し、喰らった瞬間に理解する。
理屈よりも先に、身体が答えを出すタイプ。
努力という工程を、根こそぎ省略しているような感覚すらある。
正直、羨ましい、嫌になるくらい、素直にそう思う。
だが、不思議と妬みはない。
こいつがそれだけの才能を持っていることを、俺は最初から知っていた気がする。だからこそ、並び立てている今が、少し誇らしくもある。
「まぁ、いいや。それでお前、今後の方針とか決めてるのか?
俺は人の社会に行くのが目標だけど、お前のは聞いたことないなって」
何気なく投げた問いだった。
深い意味があったわけじゃない。ただ、ここまで一緒に死線を越えてきて、今さら互いの行き先を知らないのも妙な気がしただけだ。
「へへ。俺は兄貴と一緒にいますよ。食えればいいんで、へへ」
即答だった。
迷いも、計算も、将来設計もない。
あまりにも、こいつらしい答え。
……そういえば、前にも似たようなことを言っていた気がする。
記憶の隅に引っかかるが、正直よく覚えていない。たかが一ヶ月程度の会話だ。命のやり取りをしていれば、そんな細部は簡単に流れていく。
俺は小さく息を吐く。
別に悪い気はしない。むしろ、妙に落ち着く。
ヴァルセリオンの生き方は、単純だ。
喰えるなら生きる。強いならついていく。
それだけで、ここまで辿り着いている。
俺には、こいつを止める権利なんてない。
行き先を指示する義務も、縛る理由もない。
「……好きにしろ」
それだけ言えば十分だろう。
どうせ、こいつは勝手についてくる。
そして勝手に強くなり、勝手に喰らい、勝手に笑う。
それから俺たちは、気まぐれに魔狼の姿を借りたり、喰らった生き物の形質をなぞるように擬態したりしながら、半ば遊戯の延長のような感覚で樹海の奥へと足を進めていった。
緊張感が完全に消えたわけではないが、少なくとも先ほどまでの殺伐とした空気は薄れ、歩調は自然と揃っていく。
やがて、ある地点を境に違和感が生じた。周囲に満ちていた源の濃度が、はっきりと分かるほど低下したのだ。濃霧のように肌を刺していた圧が消え、呼吸がやけに軽い。
まさか、と思いながらさらに進むと、樹海特有の歪んだ巨木が姿を消し、代わりに見慣れた形の木々が並び始めた。枝振りも葉の色も、異様な自己主張はない。
耳を澄ませば、小鳥のさえずりが聞こえる。
足元を走り抜けるのは小動物で、これまで出会ってきた不気味な生命体とは明確に異なる、いわば「普通」の生き物たちだった。その事実が、ここがすでに樹海の外縁、あるいは完全に外に出た領域であることを静かに告げていた。
さらに奥へ進むにつれ、空気は澄み、地面は安定し、世界の輪郭が正常さを取り戻していく。
異常が日常だった場所から、一歩ずつ現実へ戻っていく感覚。
やがて、森を抜けると、辺りには──思わず息を呑む光景が広がっていた。
「おい、すげぇなぁ!こりゃあ!!」
視界いっぱいに聳え立つのは、壮大という言葉ですら足りないほどの山々だった。
連なった稜線は空を切り裂くように鋭く、奥の高峰には薄く雪が残り、陽光を受けて白く静かに輝いている。
樹海の濃密で息苦しい源とは対照的に、ここは澄み切っていた。空気が軽い。
胸いっぱいに吸い込むだけで、肺の奥まで洗われるような感覚がある。
山々に抱かれるようにして、小さな村があった。決して大きくはないが、整然と家々が並び、生活の匂いがはっきりと漂っている。
屋根から立ち上る細い煙、行き交う人影、遠くから聞こえる人の声。それらすべてが、ここが“生きている場所”だと主張していた。
村の脇を一本の川が流れている。
山からの雪解け水だろう、澄み切った水が陽を反射し、きらきらと輝きながら緩やかに下っていく。その音は穏やかで、耳障りな殺気も、樹海特有の歪んだ気配も感じられない。
「……人の社会、ってやつだな」
俺はぽつりと呟いた。ここには、これまでのような異形も、剥き出しの悪意もない。あるのは、山と川と、人の営み。それだけだ。
ヴァルセリオンは珍しそうに辺りを見回し、しっぽを左右に揺らしている。
「兄貴、ここなら迷子にならなそうっすね」
「油断するな。静かな場所ほど、厄介なもんを隠してる」
そう言いながらも、胸の奥ではわずかな安堵が芽生えていた。
樹海を越え、殺し合いを抜け、その先に広がっていたのは、争いとは無縁に見える景色。
だが同時に、ここからが本当の意味での“境界”なのだとも理解していた。化け物として生きてきた俺が、人の世界に足を踏み入れる。その第一歩が、この山に囲まれた村だった。
♢♢♢
個体名:アルセリオン
種族:過度級怪物
特性:触手・再生・存在進化
擬態『犬、ギガドロン、タコ、チンアナゴ・魚、カジキ、蛇・魔狼・鹿・幽魔・カエル・トレント・擬態・腐霧蟲・音喰・血吸蔦
固有能力:『情報の秘書』『新情報』『存在進化』『情報因子』『数値化』『情報同化』『呪飲』『分身体』『朽樹支配』『氷操作』『四種状態』
スキル:『水中感知』『攻撃速度向上』『反応速度向上』『発光』『思念伝達』『墨吐き』『鮫毒噛み』
『超音波』『光学迷彩』『圧力耐性』『毒液生成』
『振動感知』『再生加速』『鱗硬化』『群体操作』
『電撃放出』『破壊圧縮』『深界冷絶』
『浪震咆哮』『破砕顎』『遠吠え』 『俊敏』『樹皮装甲』『腐食』『無音歩行』『生命吸収』『獣化』『虎召喚』
数値化パラメーター:19450
♢♢♢
個体名:ヴァルセリオン
種族:特異存在
特性:擬態・再生・存在進化
『擬態:ウツボ・イタチザメ・イカ・鮫・猫・海龍・魔狼・鹿・ウサギ・ゴキブリ・ネズミ・ 』
固有能力
『 混沌喰者』『環境適応』
『存在ノイズ』『死音爆血』
『軽度再定義』
スキル:『瞬足』『睨み』『柔軟性』『威嚇』『吸盤掌握』『分泌麻痺液』『光学迷彩』『水圧増強』
『水泡操縦』『音波索敵』『牙強化』『尾鞭攻撃』
『電気蓄積』『触手感覚増幅』『毒霧放射』『体液硬化』『分裂擬態』『死霊召喚』『浪震咆哮』『 無相游泳』
『遠吠え』 『俊敏』 『破壊圧縮』『突進』『生命力上昇』『瞬足』
『毒』
数値化パラメーター:17500




