第10話:第二章最終
五鬼の激突は終息した。しかし森は無傷では済まず、一帯は無残にも抉られ、もはや生き物が住める環境ではなくなっていた、事前の情報では、炎を自在に操る鬼の存在も確認されていたはずだが、あの個体の行方だけが、どうしても掴めない。
忽然と姿を消したかのようで、痕跡すら残していなかった。もっとも、この周辺に潜伏していないことだけは確かだ。魔狼たちに広範囲を探索させた結果、その気配は一切検知されなかった。
つまり、脅威は去ったと見るべきか、それとも、嵐の前の静けさに過ぎないのか。
とはいえ、所詮は他人事だ。いずれにせよ、俺の関知するところではない。
五鬼との激戦の代償はあまりにも大きかった。グレイスをはじめ、子を連れた雌の魔狼たち、そして生き残った個体をすべて数え上げても、その数は百に満たない。この森を長らく支配してきた魔狼の群れにとって、致命的と言っていい損耗だろう。
数が減れば、必然的に統率は乱れる。秩序は脆くなり、群れとしての力も削がれていく。かつて森の頂点に君臨していた彼らも、これからは生き残るだけで精一杯、そんな局面に立たされているに違いない。
だから聞いてみた
「お前達は今後どうするつもりだ?」
と、そしたら
「我々はこの地に根を下ろす。
ここは単なる居住区ではない――生まれ、帰るべき故郷であり、命を預ける安息の領域だ。
だからこそ、守る。その価値が、ここにはある。」
などと、まるで歴戦の指導者のような口ぶりで語っていたわけだが、正直なところ、普通に格好いいと思ってしまった。あれほど覚悟の定まった言葉を聞かされてしまえば、こちらが余計な心配をする方が、かえって無礼に感じられるほどだ。
ちなみに、グレイスは戦闘中に右脚を斬り落とされていたはずだが、気がつけば既に再生していた。どうやら、あいつには相当高度な再生能力が備わっているらしい。
そんな流れで、グレイスたちはこの地に留まる決断をしたらしい。では、お前はどうする――そう問われた。だが、答えは最初から決まっている。人の文明に触れたい。それだけだ。
森で共に過ごす日々も、確かに悪くはない。静かで、血の匂いと獣の気配に満ちた、ある意味では居心地のいい場所だ。
だがもし、この世界のどこかに、まだ見ぬ景色が広がっているのだとしたら? それを知らずに留まるのは、あまりにも損だろう。
前世では、よく弟と語り合ったものだ。世界十能力遺産だの、有名な観光地だの、いつか二人で巡ろうと、夜が明けるまで話し込んだことも一度や二度じゃない。
両親は正直、褒められた存在じゃなかったからな。だからこそ、いつかは二人だけで、そんな幼い頃の余韻が、今の俺の指針に、少なからず影響しているのかもしれない。
「そうか……それは、いささか寂寥を覚えるな。
我らが拠り所たる神が、この地を去るというのだから。」
どうやらグレイスたちは、俺が当然のようにこの森に残るものだと思っていたらしい。
神だの何だのと持ち上げてくれるのはありがたいが、正直なところ、俺は本当にそんな大層な存在じゃない。
ただ少し力を持っていただけで、偶然その場に立っていただけだ。奇跡を振りまく神でもなければ、運命を導く絶対者でもない。彼らが見ているのは“救った存在”であって、“俺自身”じゃないのだろう。
だからこそ、ここに留まる理由もない。崇められるために生きるつもりはないし、神の代役を演じる趣味もない。俺は俺のままで、まだ見ぬ世界を歩くだけだ。
グレイスは、どこか名残惜しそうに、物欲しげな視線でこちらを見つめていた。
「あー……俺の指、一本置いていこうか?」
「そ、それは……!」
――流石に気持ち悪いよな。うん、今のはなし。
再生できるとはいえ、指の一本や二本くらい安いだろ、なんて軽口を叩いたのは完全に調子に乗りすぎた。自分でも言ってて引いたし、相手を困らせただけだったな。
気まずい。
これ、逃げたほうがいいやつじゃないか? と本気で思い始めた、その時だった。
「感謝します! 必ずや、後生に至るまで大切にします!」
……えぇ。
なぜか、ものすごく喜ばれていた。
いや、待て。俺、何もしてない。
本当に、何一つ渡していないし、何も成し遂げていない。それなのに、この感激ぶりはどういうことだ。
理解が追いつかないまま、感謝だけが一方的に積み上がっていく。どうしてこうなった、そう思いながら、俺はただ、場所を失ったように立ち尽くしていた。
これがあれば、魔除けの効果は抜群です!」
――ああ、なるほど、そういうことか。
俺の指一本でそこまでの御利益が出るとなると、正直、いささか恐怖すら覚える。冗談半分で口にした軽口が、いつの間にか“聖遺物予備軍”みたいな扱いになっているのだから、笑えない。
とはいえ、当の本人、いや当の魔狼が、あれほど嬉しそうにしているのなら、こちらから水を差す気も起きない。信仰も感謝も、受け取る側の気持ち次第だ。ならば俺は、深く考えず、黙って受け流すことにした。
俺はグレイスに、人の住む場所がどこにあるのかを尋ねてみることにした。
グレイスは一瞬だけ思案するように目を伏せ、それから静かに頷いた。
そして、迷いのない口調で答えを告げる。
どうやら、人の文明へ至る道筋は、彼の中では既に明確に把握されているらしい。
ただ、グレイスはわずかに顔を曇らせた。
「しかし……人の道へ向かうには、例の樹海を通らねばなりません」
聞けば、その先には奥深く、太陽の光すら届かない樹海が広がっているという。魔物の密度も、この森とは比較にならないほど濃く、生存環境としては桁違いに過酷らしい。
例えるなら、今いるこの場所が海の浅瀬だとすれば、樹海は深海。踏み入れた瞬間、圧も闇も、生き物の格すら変わる、そんな領域らしい。
「個人的には、おすすめはできません。遠回りには――」
「いや、そこに行こう」
言い切った瞬間、自分でも驚くほど、胸の奥が高鳴っているのを感じた。どうせ通るなら、強い連中を食いながら進めばいい。危険は承知の上だし、むしろ効率的ですらある。一石二鳥、悪くない話だ。
それに何より――理由は単純だった。
なんだか、無性にワクワクしている。
「……流石ですね。しかし、くれぐれもお気を付けください」
「ああ、大丈夫だ」
根拠は特にない。ただ、深海のような闇が待っていようと、足はもう前へ向いていた。
「お送りしましょうか?」
「いや、大丈夫だ。お前はここにいてやれ」
その気遣いはありがたいが、今は不要だ。五鬼との戦いを終えた直後だ。群れの者たちは、表に出さずとも相当な恐怖を抱えているはずだし、だからこそ――リーダーが傍にいるだけで、精神的な支えになる。
それに、あの方向からは濃密な源》の気配が漂っている。間違いなく、進むべき道はそちらだ。
「我が神よ……必ず、このご恩はお返しします!」
グレイスは深く頭を垂れた。
俺は多くを語らず、ただ一度だけ頷く。
そして魔狼に擬態し、森を駆けた。
闇が濃く、光の届かぬ新たな奥地、樹海へと向かって。
ヴァルセリオン。
そういえば、あいつは今どこにいるんだろうな。
五鬼の戦いの最中も、その後も、姿を見ていない。気配を探ろうとしても、まるで最初からこの森に存在していなかったかのように、痕跡が途切れている。意図的に姿を隠しているのか、それとも、既に別の舞台へ移ったのか。
あいつは、そういう奴だ。
ま、気にしても仕方ないか。
♢♢♢
個体名:アルセリオン
種族:過度級怪物
特性:触手・再生・存在進化
擬態『犬、ギガドロン、タコ、チンアナゴ・魚、カジキ、蛇・魔狼・鹿』
固有能力:『情報の秘書』『新情報』『存在進化』『情報因子』『数値化』『情報同化』
スキル:『水中感知』『攻撃速度向上』『反応速度向上』『発光』『思念伝達』『墨吐き』『鮫毒噛み』
『超音波』『光学迷彩』『圧力耐性』『毒液生成』
『振動感知』『再生加速』『鱗硬化』『群体操作』
『電撃放出』『破壊圧縮』『深界冷絶』
『浪震咆哮』『破砕顎』『遠吠え』 『俊敏』『呪飲』
数値化パラメーター:17400
♢♢♢
個体名:ヴァルセリオン
種族:特異存在
特性:擬態・再生・存在進化
『擬態:ウツボ・イタチザメ・イカ・鮫・猫・海龍・魔狼・鹿』
固有能力
『 混沌喰者:対象の全て喰った場合、スキルを獲得、生きている相手ならば源エネルギーのみ奪う事が可能』
『環境適応:環境に適応しやすくなる』
『存在ノイズ・・・感知系とかをかいくぐる』
スキル:『瞬足』『睨み』『柔軟性』『威嚇』『吸盤掌握』『分泌麻痺液』『光学迷彩』『水圧増強』
『水泡操縦』『音波索敵』『牙強化』『尾鞭攻撃』
『電気蓄積』『触手感覚増幅』『毒霧放射』『体液硬化』『分裂擬態』『死霊召喚』『浪震咆哮』『 無相游泳』
『遠吠え』 『俊敏』『死音爆血』『破壊圧縮』
数値化パラメーター:14500




