第1話:最強の生物 誕生
俺は目を覚ました。頭が重く、視界はぼんやりとしていて、自分が今どこにいるのか全く分からない。周りを見渡すと、360度すべてが海。
「……なんだここ」
違和感が胸をよぎる。何かおかしい。記憶が断片的に浮かび上がってくる。俺には、前世の記憶がある。
いや、それどころか、俺は確かに死んだはずだった。
「そうだ、あの時俺は……」
前の世界で、何が起きたのか。事故か病気か、それとも別の何かだったか。思い出そうとすると頭がズキズキ痛む。
だけど、確かに俺は死んで、何もない闇の中に消えた……そのはずだった。
転生したってのはいい。まぁ、前世のクソみたいな人生よりはマシかもしれない。だけどさ……なんでこうなった!?
普通さ、人間に転生するだろ!? で、特典付きのチート能力とか手に入れてさ、無双するやつじゃん!?
「おめでとう! あなたは人外に転生しました!」っていうノリだったら、ドラゴンとか、せめてスライムとかあるだろ。
だけど、俺が見てるのはなんだ? 白い球体だぞ? 完全に磨き上げられた大理石じゃねぇか。転生先でインテリアになるってどういうことだよ!
しかも、なんで俺、自分の姿を客観的に見れてんだ? 普通さ、自分の体を見るときは手を動かすとか、顔を触るとかそういうもんだろ? でも今、俺を見下ろしてんだよな……俺が。いや意味わかんねぇよ!
動こうとしたらふわっと浮かぶだけ。声を出そうとしたら変なエコーがかかるし、これじゃただの喋るヨーヨーじゃねぇか! いやもう、誰か説明してくれよ、この状況。
はぁ〜どうしようかな〜。
とりあえず体は動く。意識もあるし、思考もできる。
けど、問題は
「俺以外なんも生物がいないんだよな〜……」
叫んでみても、反響ひとつ返ってこない。
殴っても砕けるものすらない。
漂ってるのか、立ってるのか、座ってるのかも分からない。
感覚が狂う。時間の流れすらない。
いや、あるのかもしれない。
ただ、俺以外にそれを認識してる奴がいないだけで。
「……これ、マジで孤独の極みじゃね?」
声に出しても、自分の声がただ響くだけ。
「俺……なんでこんなとこに居るんだ?」
記憶も曖昧。
でも、自分の“存在”だけは確かにある。
なら、ここは“終わり”じゃない。
むしろ“始まり”か──
そう思った俺は、何の目印もない海を、ただ泳いだ。
どこに向かっているのかも分からない。
どこまで続いているのかも、そもそもこの世界に「終わり」があるのかも。
それでも俺は泳ぎ続けた。
何日だ? 何十日? 何年?
感覚はもう曖昧だ。
眠って起きて、泳いで、沈んで、また浮かんで……
それを繰り返すだけの無限ループ。
水の味も、温度も、変わらない。
生き物の影ひとつ、痕跡すら見当たらない。
“俺しかいない”という現実が、じわじわと精神を削っていく。そんな時だった。
ふと。どこか遠くで、波の揺らぎを感じた気がした
その場所は──
『熱水噴出孔』だった。
岩盤の裂け目から、黒煙のような熱水が、ゴゥゴゥと音を立てて吹き出している。
水温は異常に高い。周囲の水との温度差で白く濁り、視界は悪いが……確かにここは違っていた。
俺は知っていた。
いや、どこかで読んだ記憶がある。
ここは、生命の起源と呼ばれた場所。
地球でも、太古の生命がここから生まれたんじゃないかって、言われていた。
けれど──生き物は、生まれなかった。
どれだけ熱水が吹き出そうが、
どれだけ海が揺れようが、どれだけ“始まりの地”っぽくても……何も起きなかった。
……暇だった。
というより、孤独に飽きていた。だから俺は、ふと、自分の細胞をひとつ切り離した。
ぷかりと浮かぶ、それはほんの小さな白い点。
だけど、俺の中身を、全て凝縮したようなもの。
そして俺には、能力がある。
存在コード:『情報』だ。俺の肉体や精神、さらには記憶、概念、感情に至るまで……
“あらゆる情報”を、自在に抽出・改変・付与することができる能力だ。言ってしまえば、俺は“生命のコード”を編集できる。
もしくは、“存在という概念”そのものを再構築できるスキル。このスキルがあれば、俺一人で、生命を作れる。この世界の始まりを、俺の手で創れる。
最初の生
名を『真祖:原初の個体』とする。俺が切り離した細胞に『情報』を書き加え、 《生命》という曖昧で壮大なテーマに、最初のアウトラインを刻み込む。
だが──万能ではない。
俺の能力『情報』は強力だが、あくまでも「情報の編集・干渉」だ。
生まれた存在が環境に適応できなければ即座に消える。進化を拒み、変化を恐れれば、そこで終わる。
この海は──何も無いように見えて、過酷だ。
深海圧、毒性、水温、微細な振動、光の届かない闇、
そして「俺のような存在」が既にひとり居るという異常。
淘汰されるか、進化するか。
この世界に存在するとは、情報の証明”であり、“結果”だ。
『真祖:原初の個体』は、
ほんのわずかな鼓動とともに、波紋の中で蠢き始めた。
最初の“生命”が生まれた。
この海に、確かな“他者”が刻まれた。
さて、どうなるやら。
“最初の子”が生き残るとは限らない。
でも、もしこの個体が適応し、進化し、広がるとすれば……この世界はきっと、俺の子孫で溢れ返る。
そんな悪くない未来を想像しながら、俺はその動きを見守るのだった。