表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
27/56

第6話:魔狼族総崇拝会議

 今、俺は信仰されている。

 理由は、分からん。いや、本当に分からん。


 さっきまで俺のことを「女の子ですか?」とか聞いてきた魔狼どもが、今は全員そろって頭を垂れている。

 場の空気は妙に張りつめ、俺だけがぽつんと、魔狼たちが総力をあげて作ったという“王座みたいな椅子”に座っていた。


 ……いや、これどう見ても職人が作るレベルの造形力なんだけど?

 魔狼に腕はない。どうやって作ったんだこれ。

 爪? 牙? 噛み合わせ? そのへん突っ込んだら負けな気がするから黙っておこう。


 周囲の空気は完全に“神の降臨”だ、俺は中心にいて、魔狼たちは円を描くように跪いている。


「救世主様……いや、神よ……」


 代表の一匹が震えた声で言う。

 いやいや、俺も確かに神なんだけど、実際にそう言われると変にこそばゆい。


「……あぁ」


 とりあえず曖昧に返すしかなかった。


 その時、魔狼たちの奥で何かが小さく震えた。恐怖か、畏怖か。さっき嘯牙(しょうが)を瞬殺した俺を、どう扱えばいいか分からないのだろう。


 まぁ、当たり前か。

 いきなりトップ級の怪物をワンパンで消し飛ばしたんだし。


 魔狼達はざわざわしながらも、俺に一切背を向けようとしない。

 忠誠というより、これはもう“恐怖と崇拝”の混ざり合った変な感情だ。


 ……さて。問題はここからだ。

 どうやってこの状況を収拾つけるか。


「救世主様……今後の指示を……」


 代表格の魔狼がそっと顔を上げてきた。

 黄色い瞳が真剣で、腹の底から俺を信じてやがる。


 いや、そんな目すんな。

 俺はただ“ちょっと強いだけの神”なんだが?


 とはいえ、ここまでされると、俺が何か言ってやらなきゃ収まりが悪い。


 さぁ……どうしたものか。

 この“魔狼族総崇拝会議”を、俺はどう導くべきなんだろうな。


 奇妙なもんだ。

 悪い気はしていない。


 今まで誰にも必要とされず、居場所もなかった俺が、今はこうして、群れの中心に座っている。

 求められ、仰がれ、必要とされている。


 ……ああ、そうか。

 俺も結局、人間なんだな。

 満たされると、こうも温かくなるのか。


 ならば答えてやろう。

 この“信仰”とやらに。


 俺はゆっくりと立ち上がり、群れを見渡し、低く宣言した。


「侵入者は、跡形もなく、消す。俺がいる限り負けることは無い」


 声が重なった。俺の声に、もう一つ、獣とも闇ともつかぬ“何か”が上乗せされる。

 この形態になると、どうやら声まで化け物になるらしい。

 だが魔狼たちは震えながらも、その声に、歓喜すら滲ませて頭を垂れた。

 


 まずは、俺たちは部隊編成を行った。

 やはり策もなく動くのは無粋だ。戦闘でいちばん重要なのは、情報。


 情報こそが、すべての鍵だ。

 相手が何人いるのか、どんな組織なのか、どの方向から侵攻してくるのか。

 それらを知らずして挑むのは、ただの自殺行為に他ならない。


 魔狼たちも緊張した面持ちで俺の周りに集まっている。

 大半は腕こそないが、嗅覚と脚力、そしてこの森を熟知した地の利がある。

 事前の情報さえ揃えれば、奇襲も撹乱も思いのままだ。


「まず索敵班を出す。グレイス、北東のルートを頼む。タンは南側を見ろ。

 見つけても戦うな、位置と数だけ把握して戻れ。」

「了解です!」


 魔狼たちが散っていく足音が森に溶けていく。俺は静かに息を吐いた。


 相手は“獣鬼衆”。

 五鬼と呼ばれる強者たちが単独で動いている以上、遭遇すれば即戦闘になる。

 無策で突っ込むなど愚の骨頂だ。


 だからこそ、情報を制した者が勝つ、それを誰より理解しているのは、俺自身だった。


 そして数日が経過した頃、いくつかの事実が分かった。


 まず、敵はたったの四人。

 ……いや、正確には俺が殺した嘯牙を含めて五人。

 つまり、奴らはこの森への侵略に五人しか寄越さなかったのだ。


 完全に魔狼族を舐めている、プライドなんてあったものじゃないだろうな。

 いや、むしろ試すつもりだったのかもしれない、少人数で制圧できると、本気で思っていたのかどちらにせよ、傲慢の極みだ。


 さらに腹立つのは、奴らが根本的に俺達を舐めているのか、隠れる気が全く無いという点だ。

 堂々と森の道を歩き、音を立て、気配すら隠さず、まるで、「俺達を殺しに来い」と言っているようなものだった。


 よく耐えたものだ、魔狼達。

 正直、褒めてやりたいぐらいだ。

 普通なら突っ込んで全滅してもおかしくない状況だったのに。


「そして、妙な者もいました。あれは…化け物です」


 報告に来た偵察の魔狼が震えながら言った。


 黒い鬼。見たこともない新種。

 曰く、俺に匹敵するほどの存在かもしれない、と。


 気配だけで木々が怯え、獣たちが逃げ出すほどの何か。


「……厄介な奴がいるな」


 警戒すべき敵が、ひとつ増えた。


 だが、それだけだ。恐怖ではなく、ただの確認事項にすぎない。


 ――次に狩られるのは、奴らの方だ。


「神を、どうしますか」

「ふむ、そうだな。俺に任せろ。全て終わらせてやろう。」


 ゆっくりと椅子から立ち上がった瞬間、遠くで蠢く(エネルギー)が明確に感じ取れた。

 隠密のつもりだろうが、あえて痕跡を残しこちらの位置を逆探知した、つまり腕が立つ奴だ。


 そして、やつは真正面から歩いてきた。

 ズン……ズン……と、大地を押し潰すような重い足音。

 木々がざわめき、空気が震える。


「こんな場所にコソコソと隠れていたのか。確かに犬共にはお似合いの巣穴だ。」


 堂々と姿を現したそれは、全身から異様な覇気を放っていた。自らを獣王と名乗った男、いや、獣そのもの。


「なんという圧だ!だが、怯むな!俺らには神がいる!」


 グレイスが吠えるように仲間を鼓舞したが、それでも魔狼たちの身体は無意識に一歩後退していた。

 恐怖は本能の領域だ。言葉で抑えられるものではない。


「フン、所詮は犬だ。大人しくリードを付け、腹を見せれば楽に殺してやる。」

「戯け!!」

「断るなら、死ね!!」


 獣王が腕を掲げた瞬間、周囲の大気が裂けるように歪んだ。そして、咆哮とともに巨大な虎が召喚され、地面を砕きながらグレイスへと突進する。


「来いッ!!」


 グレイスも咆哮を返し、金属音めいた衝撃が森を揺らす。虎と魔狼がぶつかり合い、何度も地面が爆ぜた。

 その光景を一瞥すると、獣王は余裕たっぷりの足取りでこちらへ歩み寄ってくる、魔狼どもは敵にすら値しない、そう言外に語るように。

 背中に隙だらけの間合いを見せつけ、挑発するように。不意打ちすら歓迎しているように。


(舐めてるな……完全に。)


 俺はひとつ息を吐き、肩を回した。


 奴の『数値化(パラメーター)』は5480。


 ふっ、俺の方が強いな。ちょうど二倍ほど。


「何を笑って、貴様!! なんだ、その力は!」


 獣王の声が一瞬だけ震えた。

 その反応に、逆に俺の方が驚いた、おいおい、本当に気づいていなかったのか?


 黒い魔狼の群れ、グレイス、タン、その他の魔狼たち。ここにいるのは魔狼族だけ、そう思い込んで索敵すらしていなかったのだろう。どれだけ俺たちを舐めれば気が済む?


 獣王は背筋をビキリと鳴らし、ゆっくりと後退した。

 虎はグレイスにぶつかり合い、いつのまにか洞窟から外に出て、森の奥で木々をなぎ倒す轟音が響いている。


 俺は一歩、前に出た。その瞬間、獣王の本能が悲鳴を上げたのが、空気で分かった。


「歓迎してやろう、獣よ」


 わざと悪役めいた声音で言い放つと、獣王は眉をひそめた。だが次の瞬間、奴の本能が警鐘を鳴らしたのだろう。獣王は俺から距離を取り、牙を剥き出しにして怒鳴った。


「歓迎だと?いいか、ここは俺らの住処だ。舐めた口を聞くな、お前が強いことは本能で分かる。故に手加減は無用だ……光栄に思え、貴様の最後の相手がこの俺であることを!!」


 獣王の肉体が膨張する、ボキボキ、骨が伸び、筋肉が膨れ上がり、皮膚が裂ける音が響く。眼光には獣の狂気が宿り、王の名の通りの暴威が立ち昇る。


獣王国化(ビースト・ロア)!!」


 奴のスキルが発動した瞬間、空気が震えた。


数値化(パラメーター)の上昇を確認……測定完了。8450。』


 無機質な情報の秘書(アシスタント)の声が頭に響く、ちょ、増えすぎだろ。5480から8450って、単純に怪物じゃねぇか。


 だが、恐怖はまったく湧かない、むしろ、ワクワクしている自分がいた。

 転生してからというもの、感情までバグってんのか……?


 そんなことを考えつつも、今はどうでもよかった、目の前の脅威に集中する。


「貴様はこの俺が葬ってやろう!」


 獣王が地面を砕きながら突進してくる。

 だが俺は静かに息を吸い、見せてやるよ


 今まで喰い尽くした海の化け物すべてを。俺の身体が変質する。


 背骨が伸び、頭部は巨大タコの触腕に包まれ、右腕は海底を支配する古代の大海蛇へと変わる、犬の尾は鋼の鰭へと変わり、肩には左右にサメの頭部が生え、牙を鳴らす。


 キメラモードだ。

 たとえ見た目がどれだけ異形に変わろうとも、俺の(エネルギー)そのものは揺るがない。


「全力で行く!獣王滅神拳(ビースト・ウォーズ)!!」


 獣王の身体が砲弾のように弾け、一直線に迫る。空間が悲鳴を上げるほどの質量を帯びた拳──あれは真正面から受ければ肉体どころか存在ごと砕かれる。

 だが、だからといって引くつもりは毛頭ない。


「上等だ……来いよ!!」


 俺も全身の異形をうねらせながら拳を突き出した。

 次の瞬間、二つの拳がぶつかった。


 ドガァアアアアアンッ!!


 世界が反転したかのような衝撃が走り、洞窟は粉微塵に弾け飛ぶ。地鳴りが森へ伝わり、魔狼たちはまとめて吹き飛ばされた。


「なに……貴様、俺の技を正面から受け止めた……だと!?」


 獣王の瞳が驚愕に揺れる。そりゃあ、驚くだろうな。ちなみにめちゃくちゃ痛い。俺を構成している“情報”が圧縮されて、疑似的な痛覚が脳髄を焼いたほどだ。


 それほどまでに、あの一撃は化け物じみていた。


 だが……倒れるほどじゃない。まだ、立てる。まだ、やれる。

 俺はゆっくりと地面を踏み締め、口角を上げた。


「……これが、お前の全力か?」


 挑発気味に言うと、獣王の眉間がわずかに歪んだ。


「舐めるな!」


 咆哮とともに、奴の肉体がさらに膨張した。さっきまでの変身すら序章にすぎなかったかのように、(エネルギー)が一点に凝縮され、獣王の右拳へとうねり集まっていく。


 洞窟が消し飛んだ余波すら比較にならない。地鳴りのような圧迫感が大地ごと震わせ、空気は悲鳴を上げて歪む。獣王が放つ一撃は、間違いなく“殺すため”だけに収束された本気の力──


 それでも、問題はない。


 破壊圧縮クラッシュ・コンプレッション、本来なら使いたくもない、俺の中でも最も危険な力を発動させる。世界が一瞬だけ無音になる。


 次の瞬間、勝負はあっという間に終わった。


 勝ったのは俺だ。獣王の身体は、上半身ごと吹き飛んでいた。


 一撃か……まさか、ここまでとは。


「さ、流石ですね……」


 タンは若干引き気味に俺を見ている。グレイスは身体中に血を流しながらも、どうにか虎に勝利したようだ。


「ふ、余裕……だ」


 そんなわけがない。言い終わる前に、グレイスは崩れ落ちた。

 俺はタンたちに指示を飛ばし、すぐに救助に向かわせる。


 そして俺は、獣王のスキルを奪った。

『獣化』と『虎召喚(サモン・タイガー)』この二つを獲得する。やはり肝心の能力は手に入らなかった。上半身を吹き飛ばした時点で、情報源そのものが失われてしまっていたのだ。


 ♢♢♢


 それを遠方から見ていた者がいた。

 焦禍(しょうか)、獣王が、ただの一撃で沈んだ。

 信じがたい光景だったが、目の前の現実がそれを否定する余地を与えない。


「……化け物め」


 焦禍はそう呟くと同時に悟った。

 勝てない。絶対に勝てない。


 あの獣王が、一瞬で。

 ならば――


(間違いない……あいつが嘯牙(しょうが)を倒した張本人だ)


 焦禍の背筋を冷気のような戦慄が駆け抜けた。

 逃げるべきか、潜るべきか、あるいは――。


 今、確実なのはひとつ。


 “あれ”は、同じ土俵に立っていい存在じゃない。


(クソ!俺はまだ死にたくねぇ!)


 焦禍は踵を返し、逃げた。

 それが唯一の、生き残るための判断だと信じて。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ