第4話:敵対組織
グレイスは今、俺を含む魔狼たちをズラリと集めていた。
……いや、なんで俺がいきなり“幹部席”なんだよ。意味がわからん。
周りを見れば、確かに他にも幹部らしき狼が数名いる。全員顔が怖い。
「先程、我が手下から通達が入った。敵軍が侵入している」
グレイスの低い声が響く。
そういえば、ジギーも前に何か言ってたな……魔狼たちは、今“敵対組織”と戦ってるらしい。
何と戦ってるのか俺にはサッパリだが。
というわけで、隣のタンに小声で聞いてみた。
「なぁタン、敵ってどこの誰だよ?」
タンはニヤッと口角を上げ、牙をキラリと光らせた。
「へへ、教えてやるぜ。」
……なんか、めっちゃ悪役みたいな言い方しとる。
「この辺一帯を仕切ってるのが、うち“魔狼連牙団”。で、最近縄張りに土足で入ってきたのが“獣鬼衆”。あいつら、新参者のクセに態度だけは一丁前でよぉ、急に俺らの領域に侵入してきて、ズンズン縄張りを広げてんだ」
と、タンは自慢げに尻尾を揺らしながら説明してくれる。どうやら獣鬼衆というのは、鬼と獣のハーフらしい。
「個体差はあるが、平均して強ぇ。つーか鬼より頑丈で、獣より速ぇ。ま、めんどくさい連中だわ」
……なんだそのチート種族。
ここファンタジー世界だよね?バランス調整して?
「そんで、奴らが森の奥からじわ〜っと勢力伸ばしつつあってよ。この森の支配者であるグレイス様が“ふざけるな”って怒ってんだわ」
そりゃ怒るだろうな。俺だって自分の縄張りに知らん奴が勝手に家建て始めたらキレる。
いや、キレるどころか泣く。
そんなこんなで、魔狼達は今まさに戦闘真っ只中だ。
そして、今日、俺の初陣が決まった。
討伐命令、メンバーは俺とタン、それから手練れの魔狼数名。
……いや急展開すぎん?まだ心の準備できてないんだけど。
「アルセリオン、無理強いはしない。どうする?」
と、グレイスが振り向く。声は低いが意外と優しい。
ボスの圧で押し切るタイプを想像してた俺の偏見を返してほしい。
とはいえ、俺の答えは決まっている。
行く。行かせてもらう。ついでに隙あらば逃げる!
うん、俺は魔狼として生きる気ゼロだ。擬態解除して人型に戻って、ヴァルセリオン探して、とっとと合流したい。
本当はスキル『遠吠え』で位置共有して呼び出せれば一番いい。でも、このスキル魔狼達半径10kmに届く。
このスキル、魔狼限定版の超拡散サラウンド。
半径10kmの魔狼全員に、爆音で届く。
もし俺が本気で叫んだら、
『ヴァルセリオーーーン!!どこだぁぁ!!』
……って、美しい大自然の森に俺の情けない声が轟き渡り、その瞬間、
100匹規模の魔狼が同時に振り向く地獄絵図が完成する。想像しただけで吐きそうだ。
陰キャの俺にはキツすぎる。ので、やめることにした。
そして作戦決定から出発までの流れは、驚くほど早かった。
月の光が森を斜めに切り裂き、白銀の影を作っている。その中を、俺たち魔狼部隊は風を切って駆けていく。
先頭を走るのは、漆黒の毛並みを揺らすグレイス。
その後ろに副将級の魔狼たちが続き、俺とタンは中腹だ。
「遅れるなよ、アルセリオン。……あ、でもお前足速いから大丈夫か」
タンが軽く笑う。いや、速いけど。
陰キャは“集団行動”が一番キツいんだよ。
とはいえ、現場に着いた俺たち魔狼一行は一瞬で空気を読んだ。
……目が、全員めっちゃ死んでる。
月に照らされた目的地には、すでに何体もの魔狼が倒れていた。
そこに“ただ一人”、場違いなほど楽しそうに立っている奴がいた。
「ハァッハッハッ!!軟弱な犬コロどもだなァ!
おいおい、もっと俺を楽しませろよォォ!!」
血飛沫を浴びながら笑うそいつは、鬼と獣が合体したような異形の存在だった。
グレイスが、低く唸るように呟く。
「あれは……獣鬼衆”五鬼の一人。
渇呪ノ鬼 嘯牙 ……!」
紫と黒の不気味な肌、逆立つ髪、異質なオーラ。この場だけ世界の色が違うような怪物感。
グレイスが険しい表情で続ける。
「あいつは悪魔と契約している。油断するな……!本気で強い!」
いや、グレイスがそんな顔する!? マジかよ!
でも俺は内心で、つい数値化を確認してしまう。
嘯牙:3580
……うん、普通に強いな。
ん? ちなみに俺の数値化は?
1万超え……いや、俺の方が強いんかーい!!
とはいえ、油断は禁物。こういう時に限って事故るのがテンプレだ。
でも、精神的にはちょっと余裕が生まれた。いや、数字だけで安心するの陰キャの悪い癖だぞ俺、嘯牙は俺たちに気付くと、ニタァ……と笑った。
「お? まだ残ってたのかァ……?
へぇ、そこの白いの。お前、中々ウマそうじゃねぇか……? 」
「下がれ、ここは俺がやる」
黒き外套を翻し、グレイスが静かに前へと進み出た。その足取りには、一切の迷いがない。
「おやおや、いきなり“大将”のお出ましかよ。」
嘲るような声とともに、嘯牙が闇の中から姿を見せた。口元には残忍な笑み。まるで獲物を前にした獣のようだ。
「貴様は……この俺が殺す!! 同胞を、よくも……!」
怒りで震える声。だが、その激情を見た瞬間、グレイスは低く、冷たく笑った。
「おいおい、俺の前で怨念は悪手だぜ?」
その言葉の次の瞬間、空気がひしゃげた、嘯牙の身体がみるみる膨張し、骨が軋む音が響く。皮膚が黒く変色し、背骨が隆起し、化け物めいた影が立ち上がった。
「お前の呪怨、全部……喰ってやる」
その声は地鳴りのようだった。
そしてグレイスの周囲に、黒紫の靄が渦巻き始める。
それはただの霊気ではない。嘯牙が抱えてきた数多の怨念、殺された者たちの断末魔、恐怖、無念。具現化した呪怨そのもの。
「殺す!!」
咆哮が戦場を裂いた瞬間、
グレイスと嘯牙の激突が始まった。
グレイスは一陣の疾風のように走る、高速で地を蹴り、影の残像を幾重にも刻みながら嘯牙の死角へ回り込む。
その鋭い爪が幾度も閃き、エネルギーを帯びた咆哮が波のように叩きつけられる。
だが、そのすべてが「効かない」。
嘯牙の肉体はまるで鉄塊。
いかなる一撃も傷一つつけることすらできず、ただ空気を震わせて終わった。
さらに最悪なことに、グレイスが攻撃に使った爪が、じわりと暗黒に染まり始めていた。
「クク……わかるか? 呪力だよ。呪力。」
嘯牙は愉悦に濡れた笑みを浮かべる。
「これは源の一種だ。
俺は悪魔と契約し、魔力を得た、それだけじゃない。
俺の固有スキルは『呪飲』
さらに、源を二つ持っている。
魔力と、呪力。……意味がわかるか?
つまり俺はな、常識の枠で測れる存在じゃないってことだ!!」
嘯牙は両腕を広げ、全身を黒い霧で包みながら宣告した。
「俺は、死なねぇ。呪いも魔力も、ぜんぶ喰って強くなるんだよ!!」
厄介極まりない。あれは、深海の怪物に匹敵する強さだ。
グレイスの前足は黒い痕に侵され、明らかに動きが鈍っている。呪力の侵食、このままではまずいな。
「貴様達を決してこれ以上この森に入れぬ!我ら魔狼族の誇りにかけて!!」
咆哮とともに、グレイスの体毛が逆立ち、森の空気が震えた。前足の黒い染みが広がっているにもかかわらず、彼は一歩も退かない。その姿勢が腹立つほど勇ましく、そして、心を奮わせる。
「現実は残酷って事を俺が教えてやる。対価はてめぇらの命だぁぁッ!!」
嘯牙は足を地面に叩きつけ、裂けた地面から黒煙が噴き上がる。次の瞬間、巨体とは思えぬ速度でグレイスへ突進した。大地が衝撃で揺れ、木々が裂け、黒い呪力が尾を引く。
『呪力、魔力を複合したオリジナル魔法と仮定されます。』
久しぶりに情報の秘書 が警告を鳴らし、視界に赤文字が走った。
嘯牙の拳が振り下ろされる。形容しがたい重圧、まるで巨大な岩塊がそのまま落ちてきたような一撃。
「ぐっ……!」
グレイスは紙一重で横へ跳んだ。だが遅れた。拳から撒き散らされた呪力が触れた瞬間、空気が腐蝕し、地面が黒く融ける。避け切れてもなお、影のように追尾する呪圧が擦り、グレイスの身体をさらに黒く汚染した。
「ハハァッ!いいねぇ、その必死な感じよ!!もっと呪ってこいよ!!俺の”呪飲”で全部喰ってやる!!」
嘯牙の全身が膨張し、皮膚の下を黒い血管のような筋が脈打った。呪力と魔力、その両方を吸収して肥大化している。もはや魔物というより災厄。
グレイスは呼吸を荒げながらも一歩前へ踏み出す。その眼には恐怖も迷いも無い。
「魔狼族の誇り……!この森を……家族をッ!!お前なんかに……!」
吠えた。次の瞬間、グレイスの身体から青白い光が爆ぜ、残像すら見えぬ速度で嘯牙へ襲いかかった。
だが。
「遅ぇんだよッ!」
嘯牙の黒い腕が横薙ぎに振るわれ、衝撃音が森を裂いた。
グレイスの巨体が吹き飛び、幹を複数へし折りながら転落した。黒い煙が傷口から噴き出す。呪力の浸食が進んでいる。
「ぼ、ボス……」
タンの声は震えていた。無理もない。
嘯牙の全身から吹き荒れる呪力は、あたりの空気を黒く塗りつぶし、森そのものを悲鳴させている。俺も肌が焼けるような感覚を覚えた。あれは……普通の魔物の域じゃない。
他の仲間たちも、誰一人声を出さない。ただ、息を潜めてこちらを見ている。分かる。誰が見ても“終わり”の光景だ。
嘯牙の影が地を裂くように迫る。
大気が震え、呪力と魔力が混ざり合った瘴気が渦を巻く。
俺は一歩、前に出た。
グレイスも仲間も、皆が息を呑むのが分かる。
「アルセリオン……逃げろ……お前じゃ勝てない……!」
ボス格のグレイスですら声を震わせていた。
その黒く染まった前足は、呪力の侵食で痙攣している。
「俺は随分と評価が低いようだな。」
肩をすくめて睨み返す。嘯牙の口端が釣り上がった。
「クク……白い犬ころ。綺麗な毛並みだなぁ。
よし、決めた。お前の毛皮を俺の服の装飾にしてやる。光栄に思え!!」
……いや、盛大に不名誉なんですけど。
だが、次の瞬間には笑っていられなかった。
嘯牙の足元が爆ぜた。
巨体とは思えぬ速度で、黒い残像を引きながら俺へ迫る。
「来るぞ、気をつけ──!」
仲間の警告が届くより早く、拳が突き抜けるように振り下ろされる。
ズガァァンッ!!
地面がえぐれ、大量の土砂が周囲に降り注ぐ。
直撃なら、グレイスすら原型を残さない。
「へぇ、避けたか。じゃあこれはどうだ……!」
嘯牙の腕が膨張した。
呪力の奔流が渦を巻いて纏わりつき、まるで黒い竜巻のようだ。
「死ねぇぇぇ!!呪魔衝撃!!」
黒い殴打が大気を裂き、一直線に俺へ飛び込んできた。
仲間の叫び声が遠くなる。
タンも、グレイスも、他の魔狼族も、皆が絶望の色を滲ませて俺を見ていた。
だから、俺はゆっくり息を吸う。
「……仕方ねぇな。俺の番って言ったろ?」
白銀の毛並みが逆立ち、空気が震えた。俺は擬態を解除する、白い180cmに二足歩行の生物、見た目は完全に化け物だ、白い角に白いしっぽ、赤い眼光だ。
「な、何だこの姿は」
グレイスが震え混じりに呟いた。タンたち魔狼族は本能で察したのだろう。
彼らは背中の毛を逆立て、低く、警戒の吠え声を漏らす。
グルルルル……ッ!!
周囲の空気が急激に重くなる。
視界の輪郭が揺らぎ、音が遠ざかるような感覚──
「ほう?なんだそのおぞましい姿は」
嘯牙の口元が裂けるように吊り上がった。
俺は…転生してから、どこか壊れてしまった。
喧嘩なんて必要ないと思っていた前世とはまるで別人だ。
今は、身体の奥底が戦いを、破壊を、暴力そのものを、求めている。
俺の身体は“肉体”という概念が希薄だ。
存在の構造そのものが【情報】でできている。
だからこそ、常識の形に縛られない。
白い毛並みが波打ち、光の粒となって再構築される。
脚へ流れる情報が圧縮され、次の瞬間には別物のような質量と圧力を帯びた。
「……ッ、アルセリオン……まさか、お前……」
グレイスが一歩、俺から下がる。
俺はゆっくりと嘯牙に視線を合わせた。
呼吸一つで大地が震え、霧散した情報の欠片が青白い閃光を帯びて渦巻く。
「来いよ」
声が自然と低くなる。
「上等だッ!!」
闇色の呪力が地面を腐食させながら迫る。
その瞬間、俺は脚を軽く踏み込んだだけだった。
キンッ!!大地が抉れ、空気が悲鳴を上げる。
視界から景色が消え、瞬きより早く嘯牙の目前へ。
「なっ――!」
音すら追いつかない速度。
俺は拳を、ただ前に突き出した。衝撃が走る。
闇色の肉体が波打ち、嘯牙の巨体が森の奥へ吹き飛んだ。
「……評価、低すぎなんだよ」
俺はゆっくりと拳を握り直し、肺の奥から静かに息を吐いた。その瞬間、空気が、圧し潰された。
大地がたわむように沈み、周囲の木々の枝がピシリと裂ける。
『 破壊圧縮 』
圧力を一点に叩き込むスキル。ほんの一欠片だけ込めただけ。…にもかかわらず。
嘯牙の巨躯は、爆ぜるように消えた。
一撃。
たったの、一撃だった。
黒い呪気が霧散し、残ったのは血とも灰ともつかない細かな破片だけ。
あまりにも脆い。いや、俺が強すぎるのか。
「な……何が、起きた……?」
グレイスは声を失い、タン達は背を逆立てたまま後ずさる。完全に本能で理解したのだろう。
“いま目の前にいるのは、魔狼でも魔物でもない。もっと別の、情報で形作られた怪異だ” と。
俺は彼らを横目に、淡々と歩き出した。
爆散した嘯牙が落とした“情報”がまだ森の深部に漂っている。
「……スキルと呪力だけ、もらってくぞ」
指先を軽く払うたび、黒い粒子のようなデータが吸い込まれていく。
確かに“呪力”の概念は奪えた。
だが“魔力”はだめだった。契約起源の媒体は情報形式が違うらしい。
「くそ、便利なのは奪えなかったか。……まあいい」
あまりに綺麗に砕きすぎたせいで、奴の肉体の情報がほとんど残っていない。
手加減? うん……する必要はあるな。
俺の拳一つで、一個体の存在情報が“欠片”にまで分解されるのだから。
森に静寂が戻る。
風さえ、俺を避けて吹いているようだった。
次は、多少残る程度に殴るか。
さてと、どうやってこいつらに弁明しようか、まぁ、いいか。
する必要ないないなとか思っていると、まさかの、まさかの光景が広がっていた。
俺の前で、魔狼族が――族長のグレイスまでが――頭を垂れている。
えぇ……なんでだよ。なんでそうなる。
「救世主様……いや、神よ……!」
その言葉が森全体に響いた瞬間、背筋に冷たいものが走った。
タンなんて涙目で尻尾を振りながら震えているし、
周りの魔狼は恐怖と感謝で混ぜたような複雑な顔をしている。
グレイスはゆっくりと顔を上げた。
その瞳には、戦士の誇りではなく、崇拝が宿っている。
「嘯牙を……あれを一撃で……。
しかも呪力をも無効化し、粉砕するなど……
あれはもう、我らの理では説明がつかぬ……」
いやいやいや、そんな大げさな。
「アルセリオン様……どうか我らを導いてください。
あなた様こそ、“魔狼の上に立つ者”……」
おい待て、勝手にトップに据えるな。
俺はリーダーとかそういうのは向いてねぇんだよ……!
助けてくれヴァルセリオン!!!
そんなヴァルセリオンは一人不敵に森で笑っていたのだった。




