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第18話:地上

「なんか、寂しいね〜って言っても3日間ぐらいだけどさ、もうお別れって。あ、なんなら私たちのチームに入る?」


 ルナが俺の横に寄り添うように泳ぎながら、ひょいっと覗き込んでくる。相変わらず距離が近い。


 ……いや〜それだけは勘弁だ。


 チームに入れない理由はいくつもある。まず俺は海で終わりたくない。地上に行きたいし、異世界を満喫したいし、文明や魔法、種族、世界そのものをもっと知りたい。ここでイルカチームの一員として任務に縛られる未来は、絶対に違う。


 だがルナの目は期待している。ここで「嫌だ」と即答したら、たぶん噛まれる。精神的に。


「えっと……気持ちは嬉しいけどさ。俺は、もっとこの世界を見てぇんだよ。海だけじゃなくて、色んな場所を。だから……」


「そっかぁ〜。まぁ、そうだよねぇ〜」


 ルナは頬をぷくっと膨らませ、しかし数秒後にはすぐ笑顔に戻った。


「じゃあさ、地上に行っても元気でね?あと、ほどほどにしなよ?食べすぎないように」


「努力するよ」


 後ろからレッドが笑いながら言う。


「努力でどうにかなる問題かよ、お前の食欲は」


 カイルは呆れたように肩をすくめ、エミナは「怪我したらまた治してあげるね」と微笑み、アリシアは無言のままだが、どこか安心したような視線をこちらに向けていた。


 海流の道──地上へと繋がる門は、もうすぐそこだ。


 俺は一度だけ、イルカたち、そして一緒に戦った仲間たちを振り返る。


 短い間だったが、悪くねぇ時間だった。


 深海の重苦しい闇を抜けた瞬間──

 視界が、一気に“色”を取り戻した。


 濃紺の幕が薄れ、どこからともなく滲む柔らかな光が、海そのものを淡く照らし出す。

 さっきまでの世界とはまるで違う。ここは、息をのむほど静かで、美しい。


 水を切る俺たちの影が、ゆっくりと光の中を漂う。

 見上げれば、遠く高みから降りそそぐ光の筋が、海の青に溶けていた。


 色とりどりの魚群が、こちらの動きなど気にも留めず、優雅に流れていく。

 赤、金、瑠璃色、翡翠──

 深海では見られなかった生命色が、まるで舞踏会のように舞っていた。


 じゅりる、と喉の奥が鳴った。

 思わず口元からヨダレが垂れそうになり、慌てて手の甲で拭った。


「あ、アルくん! ヨダレ垂らしてる!」

 ルナがジト目で俺を指さす。


「いや、別に垂らしてないよ! そ、そう……これは癖なんだよ! 癖!」


 見栄を張ってはみたものの、俺の胃袋──いや情報子の奥底がざわついていた。

 深海では味わえなかった新鮮で鮮烈な“情報”の匂いが、そこら中の魚から漂っている。

 光が差し込むだけで、こんなにも世界は違うのか。


 美麗な青の魚群、虹色の鱗をきらめかせる小魚、悠々と漂う巨大なマンタ。

 どいつもこいつも情報が豊かで、見た目も旨そうで──いや、違う違う。


「アル、お前……まさか、ここで誰か食うつもりじゃないだろうな?」


 アリシアが後方から鋭い視線を投げてくる。

 しまった、完全に顔に出てた。


「た、食わねぇよ! さっき約束しただろ! ほら、俺は意思が強いからな! むしろ、ほら……えっと……その……!」


 “眼福だな!” とか言ったら確実に怒られる。

 俺が必死に誤魔化していると、カイルが半笑いでぼそっと言った。


「完全に我慢してる顔じゃん……」


「してねぇ!!」


 俺は胸を張る……代わりに触手がビクッと伸びた。

 ルナが吹き出す。


「ぷっ……触手が正直すぎるんだよねぇ、アルくんは!」


 ……おい、俺の身体、もうちょい空気読めや。


 それでも、深海とは違う。

 光があるだけで、こんなにも色彩が溢れ、生命の気配も濃く、世界が“生きてる”ように感じる。


 俺は思わず言葉を漏らした。


「……すげぇ、世界って広いんだな」


 その言葉に、アリシアの表情がわずかに緩んだ。


「ここはまだ中層だ。この上には……お前が望む“世界”がある」


 その先に続く明るい海を見上げると、胸の奥がじわりと熱くなる。


 ──ここからだ。

 俺の異世界ライフは、やっと始まるんだ。


 光を目指し、俺たちはさらに上へと泳いでいった。




 朝日が差し込んだ瞬間──

 世界は、一変した。


 深海の“闇”から、光の“海”へ。

 その境界を越えた途端、俺の視界は色で溢れ返った。


 淡い金色の筋が水中にゆらゆらと差し込み、まるで天から垂れた無数の糸みたいに漂っている。

 水は透き通り、温かく、優しくて……深海の冷たさを知った身体には、それがやけに沁みた。


「……すっげぇ……」


 俺は思わず呟く。

 そこはもう、“生き物の楽園”だった。


 ◆


 光に誘われて魚達が姿を現す。


 銀色に輝くアジの群れが、一斉に方向を変えるたび、まるで巨大な鏡が揺れるように光を跳ね返した。

 黄色い帯を引きながら泳ぐキンギョハナダイは、朝の光に照らされて本当に金魚のように見える。

 青く澄んだ体をしたソラスズメダイが無数に散り、群れ全体が宝石の粒のようにきらめいた。


 ウミガメがゆっくりと通り過ぎ、

 遠くでクジラの影がぼんやりと波紋を引きながら泳いでいく。


 光を浴びたサンゴ礁は生命力に満ちていて、

 赤、オレンジ、紫、青……

 どれが本物の色で、どれが光の反射か分からないほど鮮やかだ。


「……じゅりる……」


 ヨダレがまた出た。

 食欲というより、本能的に“色=餌”だと反応している感じだ。


「アルくん!またヨダレ垂れてる!!」

 ルナが指差してくる。


「いや、ちょっと!ほら、これは……癖!!癖だから!!」


「そんな癖ある!?」


 アリシアはクールな顔で言う。

「食うなと言ったそばからこれだ……お前は本当に油断がならん。」


 ◆


 俺は光景に圧倒され続けていた。

 深海とは違う、生の匂い、色彩、温度、全部が違う。


「……地上があるなら、この上には、もっとすげぇ世界があるんだよな?」


 アリシアが小さく笑う。


「そうだ。ここはまだ“序章”だ。

 海の天井の向こう──そこに、お前の望む文明も、種族も、世界もある。」


 胸が高鳴った。

 怖いくらいにワクワクしている。


「よし……絶対に行くぞ。地上へ!」


 光の中を泳ぎながら、俺は強く思った。


 ──ようやく“スタートライン”に立った気分だ。








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