第1話:ルチアとアルセリオン
「君、名前はなんて言うの?」
私の名前は『ルチア・クロウフォード』。小さな村で平凡に過ごしてきた美少女――そんな私が、白い球体を手に取ったその瞬間だった。
突如、アルセリオンの無数の触手が伸び、私の口元へと迫ってくる。思わず身をよじるが、どうすることもできず――。
――ぞぷっ。
「……え?」
球体の表面から、黒い管のような触手が無数に生えてきた。
ギチッ、ギチッ、ギチチチ……
骨を叩くような不快な音を立てながら、異様な蠢きは増幅し、次の瞬間――
私の口へと侵入してきた。
「――――ッ!?!?!?」
声にならない悲鳴が漏れる。
脳内に、誰かの声が響いた。
――――■■■、■■■。
聞き取れない。
人の声とも、獣とも、神とも違う、“何か”の言語。
理解できないはずのそれが、私の精神に直接書き換えられていく。
【受け入レロ 接続ヲ開始スル】
触手は胃から、心臓から、神経から、魂にまで接続していく。
【融合率 上昇――3%……9%……10%……】
白い球体は私の中に入り込むと、じわりと身体の奥へ沈んでいき、やがて完全に消えちゃった。
えっ……!? な、なにこれ……?
全身に変な感じが広がる。熱くも冷たくもなく、重くも軽くもなくて……うーん、なんか変な感じ。
こ、これは!大事件だ!!!!
「お母さん! お母さん!! さっきね、白い球体が海に落ちてて、拾ったら、私の体の中に入ってきて、そしたらね、あのね、消えちゃったの!!」
私は興奮気味に報告した。あれは絶対お化けだ!!間違いない!!
「何言ってるのよ、バカ娘。そんなことよりお父さんのお仕事は? 終わったの?」
お母さんは、いつもの調子で私の話をまるで信じてくれない。
えぇ〜!? こんなにびっくりな体験したのに!?私はぷくっと頬をふくらませた。
「あのね! 本当にいたの!! 私、見たもん! 私の体の中に入ってきたの!!」
「食べたの間違いじゃない?」
「ち、違うもん! 私は子どもじゃないんだから、その辺のものなんでも口に入れないよ!!」
「はぁ〜……だったら、うんことかしたら出るんじゃない?」
お母さんの言葉に、私は思わず固まった。
「……そ、そんなわけないでしょ!!」
もう、信じられない。
なんで信じてくれないの。こんなに愛娘が、必死に訴えてるのに。
バカお母さん。お母さんバカ。
うんことか言っちゃうし、下品な言葉使ってるしさ……。
あ、あれ……ちんちんみたいな葉っぱ……!
思わず声に出してしまった私。
えへへ、変な形……でも、面白いかも!
「ルチア!! ルチア!!」
お父さんの声が響いた。お父さんは畑仕事の番人で、いつも土まみれになりながら畑を見守っているイメージがある。
ちなみに、私たちの家系はみんな白髪だ。母・シルシアは白髪を流れるように垂らし、四十代とは思えない可愛さを誇っている。
私もまた、その血を色濃く受け継いでいた。
白銀と淡いピンクが溶け合う髪、透き通る青い瞳。その姿は、「村一番の美少女」と呼ばれるにふさわしい――!!
「おぉ、ルチア、来てくれたのか。今日も可愛いやないか」
ほらね、お父さんは私のことをいつもこんなふうに褒めてくれるんだもん。
頭をなでなでしてくれるし……やっぱり私って、可愛いんだよね!
「ルチア、手伝いに来てくれたのか?」
「お母さんがやれって言うから来た!」
「おぉ、えらいな!! 流石だな、将来有望なお嫁さんだ。誰にもやるつもりはないけどな、アッハッハ!!」
お父さんに渡されたりんご。これをいつも倉庫の裏に持っていくのが、私のお仕事だ。
りんご1個だけでも結構重いのに、2個なんて持てないから、1個ずつ運ぶ。
よいっしょ、と運び、またひとつ運ぶ。それを繰り返すだけの単純作業だ。
ふぅ〜、やっと倉庫に運び終わった。
一息ついて、肩の力を抜きながら倉庫の前に座り込むと、柔らかな風が頬をなでていった。
鳥のさえずりや遠くの川のせせらぎが、
私に「よく頑張ったね」と囁いてくるみたいだった。
そのとき、ふと肩のあたりに違和感を感じる。何かが、ちょこんと乗っている――見ると、あの白い球体が、生き物のようにふわりと私の肩に現れていたのだった。




