第14話:VSサメ
4匹のサメが俺たちの周りをぐるぐると旋回している。
海水が重くうねり、ただならぬ圧が押し寄せてきた。
「クク……まずはお礼を言おう。お前達が海の支配者達を倒してくれたおかげで、俺達は円滑に海の支配権を広めることができた。」
低く濁った声が海中を震わせた。
お前達──って、正確には俺とヴァルセリオンのことだ。この海の生き物を食い尽くしたせいでもある。
ったく、ヴァルセリオン気をつけろ。
俺はため息をつき、ゆっくり前に出た。
「で?わざわざ囲んでまで、何の用だ?」
その瞬間、4匹のサメの目が同時に笑った。
いや、笑った“気配”がした。
海流がねじ曲がるほどの殺気が一斉に膨れ上がる。
「決まっているだろう。お前達を喰いに来た」
その言葉を合図に、海が咆哮するような音を立てて動き出した──。
一際大きな影が海中を裂き、こちらへ突進してきた。振動が海を震わせる。サメ──いや、“王”の一角だろう。だが、正直言って 俺の敵じゃない。
俺はすでに人型へ変じており、右腕へ触手を集中させた。凝縮された力が海水を歪める。
「──遅い」
横一閃。
ザンッ、と音が聞こえた錯覚すらするほど鋭く、巨大なサメの肉体は綺麗に真っ二つに裂けた。赤い血潮が海中を染める。
しばし静寂。
「ルガロス!!」
残った三匹のサメが一斉に吠えた。その声は怒号か、恐怖か、それとも歓喜か。少なくとも、仲間意識の叫びというほど生ぬるくはなかった。
裂かれたサメ、どうやら、あれが 『深牙王ルガロス』 らしい。
王の一角が、開幕即死。
「貴様!!!」
怒号とともに、次に突っ込んできたのは――
巨躯を誇るジンベイザメ型の王、ガドラスだった。
常に冷静沈着だったあの巨体が、今は怒りに飲まれ、目を血走らせてこちらに突っ込んでくる。
だが。
ヴァルセリオンが、前に出た。
黒い触手を広げ、声を上げる。
「兄貴、こいつは俺が食います!」
瞬間、触手に二重のスキルが宿った。
『分泌麻痺液』
『毒霧放射』
二つの毒性が混じり、触手が黒煙をまとったように変質する。
「ウオォォオオオオオ!!」
ガドラスの咆哮が海を震わせた――しかしもう遅い。
ヴァルセリオンの触手が、一閃。
巨体が切り裂かれ、同時に毒が体内へ回り、急速に動きが鈍る。
「が……ッ……貴様……ッ……」
そのまま、ヴァルセリオンは迷いもなく喰らいついた。
巨体はみるみる白骨になる。
「美味い美味い! ケッケ、兄貴! 新たなスキルも獲得しましたぜ!!」
誇らしげに触手を揺らす。
「何を得た?」
「ガドラスの持ってたスキル『浪震咆哮』です!!
あのデカい咆哮で海を揺らすやつ!」
ヴァルセリオンが嬉しそうに海を震わせると、周囲の水圧が一瞬だけ乱れた。
完全にガドラスの力だ。
残るサメ王はあと二体。
海の流れが、濁った血潮で赤く染まる。
遠方から様子を見守っていたアリシアたちは、ただただ言葉を失っていた。
海の秩序を揺るがす『深淵の王群』
その名を聞くだけで震え上がるほどの存在である彼らを、
たった二人(?)の“新参”が次々と蹂躙していくのだから無理もない。
ルガロスは真っ二つ。
ガドラスは黒い異形、ヴァルセリオンの触手で即死。
あの二体は、本来イルカたちでさえ決死の覚悟で挑むべき“海の王”たちだ。
だが、アルセリオンとヴァルセリオンの前では、
その威光も存在感もまるで紙のように薄かった。
「……私たち、これ……いる?」
ぽつりとルナが呟いた。
無理もない。
海の均衡を崩すほどの暴君たちを、圧倒的な力でねじ伏せているのは、
つい数日前に出会ったばかりの“黒い二人組”なのだ。
アリシアもレッドもカインも、誰一人反論できない。
残るは二体。
最古の王──
『冥紺王』ザリュドス
そして能力が未知、存在そのものが不可解な
『幽鰭王ヴァルネス
アリシアは静かに呟いた。
「……信じられない。あの『深淵の王群』が、こんなにも……」
アリシア達が見ている間も戦闘は進む。
残りは二人。
静まり返った海の底で、俺とヴァルセリオンはゆっくりと向き合うようにして、二匹のサメを真正面から見据えた。
骨だけの体を揺らし、きしむような音を立てて海水を掻く死霊サメ──
幽鰭王ヴァルネス。
そして、全身が深い蒼の魔力で染められたような、どこか“品”すら感じる気配を纏うサメ──
冥紺王ザリュドス。
ザリュドスは微動だにせず、ただ冷たい視線だけをこちらへ向けてきた。
その眼は、怒りでも焦りでもない。
“観察”と“分析”。
その一点だけだった。
まるでこう言っているように見える。
──どれほどの化物なのか、確かめてやろう、と。
一方、骨のサメ・ヴァルネスは、口の無い頭蓋をカタカタ揺らしながら、海底に影のような波紋を広げていた。
そこから無数の黒いシルエットが浮かび上がる。
魚とも人影ともつかない“何か”がゆらゆらと揺れている。
「兄貴、あれ……ちょっと嫌な感じですぜ?」
ヴァルセリオンが触手を広げながら後ろへ下がる。
あいつでも怯むほど、不気味な雰囲気だった。
「まぁ……面倒くさいタイプだな、あれ」
俺も軽く肩を回す。
さっきの二匹とは格が違う。
だが──負ける気は全くしない。
ザリュドスが初めて口を開いた。
「……ルガロスとガドラスが瞬殺とはな。
イルカ共が言っていた“怪物”という表現、あながち間違いではなかったか。」
声は低く、深海の揺らぎのように静かだった。
だがその奥には、確かな殺意がある。
「だが勘違いするな。
貴様らが倒したのは、我らの“末席”に近い二匹だ。
本当に深淵を知るのは──ここからだ。」
ヴァルネスが影を大きく広げた。
亡霊の群れが俺たちを包囲する。
ヴァルセリオンが笑う。
「兄貴、やっぱり海って最高に楽しいっすね!」
「……あぁ。
派手に暴れていいぞ、ヴァルセリオン。」
「了解っ!!」
ザリュドスとヴァルネス。
深淵の本隊の最後の二枚看板。
戦場の空気が、一瞬で凍りつくほどに重くなった。
──ここから、本当の戦いが始まる。




