第11話:意味
俺と黒は、ぐったりとしたイルカたちを見下ろしていた。
正直、殺すのは簡単だった。触手を少し締めれば、雑巾みたいに絞るだけで終わる。
抵抗もできない相手を殺すなんて、今の俺たちからすれば息をするより容易い。
黒も、同じ判断をしていた。
「兄貴、やっちまいます?」
その声は淡々としている。情なんて無い。ただ“処理”の感覚。
だが――そのときだった。
気絶していると思っていた白黒イルカの口が、かすかに動いた。
「お前……達のせいで……
お前達が海の生き物を狩り尽くしたせいで……」
その声は弱々しく、かすれ、しかし確かな怒りと絶望を帯びていた。
俺の手が止まった。
黒も、触手を止めてイルカを見る。
「……兄貴、今、なんて?」
イルカは息を荒くしながら続ける。
「……“奴ら”が……来る……
お前たちが、生態を壊したせいで……
この海は……“あれ”の標的になる……」
奴ら
あれ
俺の背筋が、水より冷たいもので撫でられたようにぞわりとした。
食って、食って、食い荒らして、力を得て――
俺たちが壊してきたのは、ただの生物じゃなかったらしい。
「……何が来るんだ?」
俺は問う。
白黒イルカは、目を細めながら呟いた。
「まて、黒。こいつらを殺すのをやめよう。」
俺は伸ばしかけていた触手を引き戻した。
白黒イルカの喉はひゅうひゅうと震え、まだ気絶の残滓でまともに立ててもいない。
それでも、あいつの目だけは──怒りと、悔しさと、必死の訴えで濡れていた。
「へ?いいんですか?兄貴」
黒が、掴んだままのイルカを揺らしながら言ってくる。
あいつにしては珍しく迷っている顔だ。まぁ、無理もない。
いつもなら倒したら食う、それが俺たちの“深海ルール”だった。
「あぁ。この方達の話を聞くのもありだ」
俺は静かに答える。
理由なんて単純だ。
悪いのは──俺たちだ。
どれだけ襲われようが、どれだけ戦ってきたとしても、
この海で大量の生き物が消えた原因は確かに俺たちでもある。
弱肉強食。
狩られる側が悪い?
それとも狩る側が悪い?
そんな理屈は海にはない。
だが、“理性”を持つ存在なら──正しいと思う方を選びたい。
「俺たちが狩りすぎたのは事実だしな。
それに……こいつが言ってた『奴ら』ってのも気になる」
その言葉に白黒イルカがビクリと身体を震わせた。
まだ気絶状態のはずなのに、反応している。
黒もその反応に気づき、目を細める。
「兄貴……“奴ら”ってそんなにヤバいんすかね?」
「さぁな。でも、こいつらがここまで焦るんだ。
相当なもんが来るってことだろ」
深海は広い。
俺たちが知らない“上位”がこの世界にいるのも当然だ。
そいつらが──俺と黒を探している?
いや、違う。
この海の生態を狂わせた元凶として、処分に来るのかもしれない。
どちらにせよ、無視はできない。
俺は白黒イルカにゆっくり近づき、静かな声で言った。
「起きたら全部話せ。お前たちの海で何が起きてるか、全部だ」
黒もニッと笑う。
「へへ、兄貴がそういうなら従いますよ。
こいつら、殺さねぇで取っときましょう」
俺たちの周囲には、気絶した5体のイルカたち。
静まり返る水中。
そして、遠いどこかで──微かに振動が伝わってきた。
“来る”。
そう直感した。
この海の“管理者”か、
それとも“捕食者の王”か、
あるいは──俺たちと同格の“存在外”なのか。
いずれにせよ、避けられねぇ。
「黒、準備しとけ。でけぇのが来るぞ」
「へへ、任せてください兄貴。
来るなら食うだけっすよ!!」
俺と黒は、迫りくる“奴ら”に向け、構えを取った。
イルカ達がゆっくりと意識を取り戻した。
最初は全身を硬直させ、俺たちに歯を剥いて威嚇してきたが、
俺と黒は両手(人型のまま)をゆっくり上げ、敵意がないことを示す。
しばらく睨み合いが続いたが……やがて、彼らの緊張が少しずつ緩んだ。
「……お前たち、本当に攻撃しないのか?」
白黒のイルカがようやく口を開く。
「ああ。落ち着け。話を聞かせてくれ。」
そう言うと、五体のイルカは互いに目を見合わせ、ようやく名乗った。
白黒のイルカは『アリシア』
赤いイルカは『レッド』
青いイルカは『カイル』
ピンクのイルカは『ルナ』
緑のイルカは『エミナ』
彼らは、この海の 北側を守護する五体の守護種 らしく、
まさにこのあたりの「最後の砦」だった。
アリシアが静かに言う。
「東、西、南を守っていた者たち……すべて、お前たちが倒したんだろう?」
俺と黒は目を逸らし、小さく頷く。
たしかに、倒した。半分は正当防衛だったとはいえ――事実は事実だ。
アリシアは続けた。
「お前たちが “支配者” を倒したことで、均衡が崩れた。
この海の境界を守る者がいなくなれば、当然“奴ら”が進行してくる。」
「……奴ら?」
俺が尋ねると、イルカたちの顔に一斉に恐怖が走った。
ルナが震える声で言う。
「私たちが海域を守っていたのは……全部、奴らが来ないようにするため。
でももう……東も西も南も突破されてる。だから……来るの。必ず……」
レッドが暗い声で呟く。
「すでに匂いがする……あいつらが海底から目覚めたって証拠だ。」
空気が圧し掛かるように重くなる。
“支配者たち” を倒したことで、俺たちは知らないうちに海の防衛網を破壊していた。
黒がぽつりと呟く。
「兄貴……なんか、やばくねぇですか?」
「ああ……やばい。」
けれど、逃げる?
俺たちは散々この海の生き物を食って、倒して、奪ってきた。
俺たちにも、あの一件については多少なりとも責任がある──そう判断した俺は、腹を括って黒と共に事情を聞きに行った。
やがて語られた名は、常識の底をひっくり返すようなものだった。
「深淵の王群」──。
そう呼ばれる連中は、簡潔に言うなら“サメの軍勢”だという。
「サメ? ああ、食いましたよ俺」
黒が悪びれもなく言い、ついでとばかりに擬態の姿を披露した瞬間、アリシアたちは目を丸くした。
「ちょ、ちょっと待て! お前……擬態まで出来るのか!?」
狼狽するルナをよそに、アリシアは淡々と続ける。
「この辺りをうろつくサメどもは、奴らの末端、いわば使い捨ての雑兵だ。ここの海域の支配を進めるために放たれた“掃除役”に過ぎん」
そして声を潜めるように、最も重要な名を吐き出した。
「本当に厄介なのは、“深淵の四王”だ」
その一言で、海底の空気そのものが軋んだ気がした。
1:深牙王ルガロス
種別:超深海捕食王サメ
能力:裂界咬喰
噛んだ“空間そのもの”が砕け、海流が暴走して巨大な渦となる。
特徴:四王の中で最も獰猛。海を赤く染める殺戮の象徴。
2:幽鰭王ヴァルネス
種別:幽体化する死海ザメ
•能力:無相游泳
身体を半透明化し、物理攻撃をすり抜ける。
姿を消すのではなく、体組織を“水に溶かす”性質。
•特徴
水中のどこから現れるか誰にも分からない影の王。
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三、轟潮王ガドラス
種別:巨躯の古代潮王サメ
能力:浪震咆哮
吠えるだけで大津波を起こす。
海底を叩けば震動が波となり、島一つを揺らす。
特徴:四王最大の体躯。海そのものが武器。
四、冥紺王ザリュドス
種別:暗黒深層の冷血魔鯨ザメ
能力:深界冷絶
周囲一帯の水温を急激に奪い、海を“死の静寂”へ変える。凍るのではなく、生命活動を止める冷気。
特徴:四王最古の存在。深淵においては“海の死神”と恐れられる。
と、状況を整理するとこうなる。
海を支配する「四王」がいるらしい。名前も能力もまだ聞いてないが、確実に強敵だ。規模もでかく、単なるサメの雑兵とはレベルが違うらしい。
横で黒が水面を眺め、にやりと笑う。
「へへ、兄貴、美味しそうですね。」
おいおい、能天気すぎるだろ。だが、そういう奴だからこそ、安心感もある。俺たちは海の次の戦場へ、身を潜めつつ準備を整える必要があるのだ




