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プロローグ

 太古の時代、それは文明すら誕生していない、世界がまだ未定義だった頃の記憶。

 大気は重く、空はまだ“青く”なっておらず、

 光と闇の区別すらあいまいだった。

 生物という概念は存在せず、存在とは“現象”だった。大地は沈黙しながらも鼓動し、

 山は言葉もなく“聳え”、

 海はただ、無音のまま深く深く息づいていた。

 世界はふたつに割れていた、最初から「境界」を意識していたかのように。





 形態を自在に変える、言葉では捉えきれぬ空間、色彩を持たず、白とも黒とも定めがたい、そこに立つだけで精神を削ぎ落とされる、禁忌の領域。


『存在しない空間』


 誰の記録にも残らず、誰の認知も受けず、無限の時を刻み続ける存在たちが、そこにひっそりと佇んでいた。


 そこに居た。


 アルセリオン、彼はその空間にひとり佇んでいた。


 白い身体に、深紅の瞳。

 身長は二メートルを超え、白い角が頭上に伸び、尾が静かに揺れる。

 その存在は、周囲のすべてとは異質で、圧倒的な異世界感を放っていた。


 最弱とも、最強とも言われる存在だった。


 その姿は一見、脆くも儚げに見えるが、同時に圧倒的な力を内包していることを、誰もが直感で感じ取れる。正体を知る者は少なく、しかし一度目にした者は二度と忘れられない、そんな存在だった。



 存在の外側にあるとされる者たちのことを。彼らは、宇宙の彼方、時間も空間も及ばぬ領域に棲む。そして今なお、己の存在理由を探し求め、互いに争い続けている。


 それこそが『存在外の存在』たちの生きる意味だった。


 彼らにとって、生き残ることこそが自己の存在を証明する唯一の方法であり、だからこそ絶え間なく争い、互いの存在を削り合う、それが宿命であり、運命でもあった。


 アルセリオンは一人でいた。

 いや、正確には「一人であること」を常としていた。


 だが今は例外的に、他の『存在外の存在』と肩を並べている。とはいえ、それを仲間と呼ぶことはできない。

 互いに背中を預けることなど決して許されない、背を見せた瞬間に喰われる、そんな関係性だからだ。


 アルセリオンは目立つ事はしない。

 ひとつの行為に没頭していた。

 彼の存在を構築する根幹、存在コード『情報』を操作することだ。


 それは単なる魔術やスキルの類ではない。

 世界そのものを成り立たせる「記述」を指先でめくり、書き換え、削除し、挿入する行為。


 アルセリオンは自らの輪郭を曖昧にし、また鮮明に描き出す。


 アルセリオンの存在コードは『情報』。

 それは力であり、呪いでもあった。


 彼は世界に流れる情報の糸を掴み、編み替えることができる。

 風の流れを数式に、剣の軌跡を理論に、敵の心拍を波形に、あらゆる現象を「情報」として把握し、改ざんする。


 人々が「奇跡」と呼ぶものは、彼にとっては単なる演算の結果に過ぎない。

 火すら水へ、死すら生へと置き換えられる。ただの情報の書き換えとして。


 だが、それは同時に孤独を意味する。

 情報を知れば知るほど、世界の「虚構」が露わになる。

 誰が笑っても、それが作り物の感情であると気付いてしまう。

 誰が死んでも、それがただの存在コードの削除でしかないと理解してしまう。


 だからこそ、アルセリオンは舞台を欲した。

 虚構であれ、情報であれ、自らが生きる意味を確立するために。


 『存在外の存在』達には様々な者がいる。

 主人公・・・存在コード『最強』自分が想像した能力を使える)


『空白・・・存在コード“余白(ブランク)

 余白は枠外に存在している。文章における空白、絵画におけるキャンバスの余白、意味を持たぬ“何か”だが、だからこそ、俺は何にでもなれる。常に存在していないからこそ、どんな定義にも染まらず、逆に付け加える出来る能力』


 アルセリオンは孤独を好む。

 背中を他者に晒すなど、本来ならあり得ぬことだ。だが今は例外的に、二つの影と歩を並べていた。


 一人は青年、まだ若く、未熟さを残しながらも、その瞳には燃えるような決意が宿っている。

 無謀とも言える正面突破を好み、何度倒れても立ち上がる愚直さ。常人ならば弱点にしかならぬその性質が、逆にアルセリオンの興味を惹いてやまなかった。


 もう一人は、フードで顔を隠した影「空白」言葉少なく、ただそこに在るだけで気配を希薄にする。

 青年が炎ならば、空白は氷。鋭く、静かで、何より掴みどころがない。ときおりその動きの滑らかさが、人外のものを思わせるのは気のせいだろうか。


 三人は互いを「仲間」とは呼ばない。

 背中を任せる信頼もなければ、未来を共に誓う約束もない。

 ただ、それぞれの目的のために、今は並び立っているだけだった。


 『存在外の存在』達は、今もなお、戦っていた。


 そこには終わりなどない。

 始まりがあったのかどうかすら怪しい。


 彼らに「死」は存在しない。

 肉体を砕かれても、精神を断たれても、情報が崩壊しても、ただ再構築され、再び牙を剥く。「疲労」もまた、意味を成さない。どれほどの時間が流れようとも、その力は一切減衰せず、ただ同じ熱量で永遠を燃やし続ける。


 数百億年、数千億年、数十兆年、数百兆年……もはや人の尺度で測れる数字の概念はとうに崩壊していた。

 それでも彼らは争い続ける。

 ただ一つ、最後の一者となり、存在を確立するために。


 それが『存在外の存在』達にとっての生きる意味。戦いそのものが、彼らの「在り方」だった。


 だが、その戦いも、今、終焉を迎えようとしていた


「はぁ……はぁ……」


 痙攣する息の合間に彼は立っていた。

 名はアルセリオン、存在の証が逆風に晒される者であり、希望の一点を背負う者でもあった。


 アルセリオンの目の前に、六つの影が立ち塞がった。


 彼らは名を持たぬ。否、名を持つことすら許されぬ存在。

 しかしその「呼称」は、畏怖と記録の残滓として刻まれている。


 『0.1秒前に』――存在そのものが時差で揺らぎ、常に過去形で現れるもの。

 『思考収束禁止領域』――思考を近づけただけで精神が焼かれる禁忌の塊。

 『存在してないID』――識別不能の概念にして、定義すら拒絶する虚無。

 『存在X』―― 存在Xに勝利”した瞬間、その対象は“敗北者”として確定される』

 『在ることを否定された存在』――全ての概念から否定された存在。

 『不在者』――名の通り、そこにいながら不在であるという矛盾。


 彼らは、たまたまその標的としてアルセリオンを選んでいたにすぎない。

 だが、選ばれた方からすれば、それだけで充分に死地である。


「……貴様ら、恥ずかしくないのか」


 アルセリオンの声は冷たい。


「俺達は死ぬことはない……」


 囲む影の一つが、感情の欠けた声で応える。


 その通りだ。

 彼らには「死」がない。滅びの概念も、安らぎの終焉も許されていない。


 だからこそ、数え切れぬほど争い続けてきた。千年、億年、兆年すら、もはや尺度は意味をなさない。


 この『存在しない空間』には、常に百の異形しかいない。

 無限の時間を生きてなお、増えることも減ることもない。


 必然的に、皆が皆の顔を知っている。

 その上で、殺し合い続けてきた。


 負けて、勝って、また負けて、そして勝つ。

 その繰り返し。


 勝率など数えたところで意味はない。

 隙を突き、矛盾を食らい尽くし、時に優位に立つことはある。だが、勝っても何も残らない。


 ここでは勝利は価値を持たない。

 敗北すら意味を持たない。


 ただ「続いてしまう」だけだ。


 だからこそ、彼らは無限に争う。

 存在すること自体が矛盾である彼らにとって、戦うことだけが「確かにある」と言える証明なのだ。


 だからこそ、アルセリオンは勝負に出る。


 果てしなく長い時間、途方もなく広がる「存在しない空間」の中で、彼は戦略を練った。最初、この空間には情報など存在しなかった。しかし、彼は無理やり情報を創り出し、この虚無に干渉することに成功する。


 無数の可能性を縫い合わせ、コードを編み出す。それは「存在外の存在」に干渉するための、唯一の手段。


 コードは空間を割き、情報を束ね、戦場の秩序を乱、いや、秩序などもともと無い空間に、彼だけの秩序を作り上げる。



 アルセリオンは自分の全存在をかけて、空間をこじあげると。アルセリオンの存在コードは『情報』だ。


 故に、それは成し得た。

 存在せぬはずの虚無の座標より情報を抽き取り、閉ざされた境界を穿ち破ったのだ。空間と空間の狭間に生まれた奔流は、ただの風ではない。荒れ狂う奔雷にして、万の星界すら一息に粉砕する破壊の奔濤。


 しかもそれは、単なる力にとどまらなかった。概念を裂き、次元を捻じ曲げ、時を粉砕し、空間すら呑み潰そうとする。存在そのものが圧し潰される錯覚、否、錯覚にあらず、まさしく実相であった。


 アルセリオンの背後に、ひとつの空間が開かれた。その裂け目の向こうには、無限の宇宙が広がる。星々の光も、無数の闇も、ただ静かに浮かぶだけだ。存在外の存在たちの気配が、わずかにざわめく。


 時間にして、1秒にも満たない。


 アルセリオンはそのまま、容赦なく宇宙の闇へと放り出された。外界へと放逐される刹那、虚ろな門は軋みを上げ、裂け目は音もなく閉じる。


 轟々たる奔流も、万象を呑み砕かんとする圧も、すべて途絶えた。

 残されたのは──深淵にも似た、静寂だけだった。


 凄まじい圧力だった。アルセリオンが周囲に存在するだけで、宇宙そのものが崩れていく。それだけではない。宇宙そのものが、彼の存在を拒むかのような感覚──そこにいるの存在外の存在。本来、存在してはならない場所に彼は立っていた。


 エネルギーが急激に失われる。アルセリオンの身体の周囲を包む光も、温度も、すべてが吸い取られるかのように消えていった。呼吸すら重く、思考は霧の中に沈むように鈍くなる。


 周囲の空間が、まるで存在そのものを拒むかのようにねじれ、歪む。彼が立つだけで、宇宙の秩序は裂け、時間の感覚さえ乱れる。存在外の存在たち──本来あってはならない者たちが生きる空間。そこに、アルセリオンは、あまりにも人間的な身体で立っているのだ。


 その圧力の中、彼の内部に宿る存在コード『情報』が、必死に抵抗を始める。失われゆくエネルギーを記録し、周囲の虚無を補完し、微かな秩序を作り出す。


(ダメだ……)


 アルセリオンの身体が、無意識に収縮していく。白い球体、最も単純な形態に変化したのだ。これは、自身を最大限守るための反応だった。


 周囲の圧力、宇宙の拒絶、存在外の存在たちの圧倒的な力、すべてを最小限に受け止めるため、彼は自らを「情報の核」として凝縮した。


 白く、滑らかで、丸いそれは、ただ存在するだけで抗い、干渉し、消えゆくエネルギーを自身に留める防壁のようだ。




 たった1つの白い球体が、深海の底へと沈んでいった。光の届かない奈落。圧力に砕かれ、寒さに凍え、

 流れすらない沈黙の闇の中。

 肉体を持つ意思。

 意思を持つ本能。

 光も届かぬ海の底で、“在ること”の意味が芽吹いた。白い細胞は、全てを取り込み、


 その名を、アルセリオン


 後に幾千の神話と伝承に名を刻む、

 “始まりにして終わりを知る者”。


 これは、神にも等しき存在が、ただの細胞から始まった一つの“真実の神話”である。









 白い球体ひたすらに海を彷徨っていた、何もされることも無く。

 やがて、ある日のこと。


 川辺で遊んでいたひとりの少女は白い球体を拾い上げた。


「なにこれ!綺麗〜」


 澄んだ瞳で見つめるその少女の名前はルチア。

 それがアルセリオンとの出会いだった。

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