2.九条アリスというクラスメイト。
ようやくラブコメ?
九条アリスは、お世辞にも明るい性格とは言えなかった。
休み時間は常に分厚い本を読んでいたし、他の女子生徒が声をかけても反応しない。それどころか時折、やや薄気味悪い笑い声を発していた。そんな感じだったので、学校では割と浮いている方だろう。
目がすっぽりと隠れるほど長く伸ばした前髪に、小柄な身体つき。背が伸びるのを見越して購入したのであろう制服はブカブカで、どこかだらしない印象を受けた。
「九条さんって、この家の子だったのか……」
そんな感じなので、俺も今の今まで彼女の素性を知らないでいた。
おそらくだが、学校内でも知っているのはごく数名だろう。だがとにもかくにも、助けてもらったことについては礼を言わなければならない。
そう考えて、俺は二人に向かって深々と頭を下げた。
「先ほどは、本当にありがとうございました」
「なに気にしなくていい。アリスたっての願いだったからね」
「アリス、さんの……?」
するとエレナさんがそう言うので、アリスの方を見やる。
クラスメイトの少女はそのことに驚いたのか、こそこそと物陰に隠れてしまった。ほんの少しだけ顔を覗かせている様子から考えるに、怯えられているのだろうか。
だが、そんな俺の思考を察したのかフォローを入れたのはエレナさん。
「あぁ、アリスは誰にでもそうなんだ。嫌っているとかではないよ。――もっとも、誰かを助けたいと申し出たのは、初めてだったが」
「そう、なんですか……?」
「そうだよ。今朝、血相を変えて連絡をしてきた時は驚いたから」
「へ、へぇ……」
なるほど。
事情は分からないが、どうやら嫌われているわけではないらしい。
さて、お礼を伝えたとすると、今後について考えなければならないのだが――。
「……あ、そういえば! ウチの借金はどうなったんですか!?」
「それは心配ない。私がしっかりと立て替えたからね」
「立て替え、た……って、いくらです……?」
「二億、と言っていたね」
「二億ぅ……!?」
俺は途端に眩暈がした。
両親がなぜ、そのような額の借金を抱えたのか。そのようなことはこの際、どうでもいい。ただハッキリと分かるのは、彼女たちに返しても返し切れない恩ができたこと。
俺は冷や汗をかきながら、エレナさんを見た。
すると彼女もまた、同じようなことを考えていたのだろう。
「そこで、キミにはお願いしたいことがあるんだ」
「は、はい……」
笑顔でそう切り出されたが、生きた心地がしない。
なんだろう。臓器でも売り飛ばされるのか、あるいはマグロ漁船か……。
「私は仕事で家を空けることが多くてね。だから――」
しかしエレナさんは、こちらの不安などよそにこう提案した。
「拓海くん、アリスの専属執事になってくれないかい?」――と。
◆
「借金の返済に、専属執事……か」
俺は自分に宛がわれた豪華な客間で立ち尽くす。
そして、先ほどエレナさんに提案されたことを思い返していた。
彼女曰く九条家の人々というのは、子供に手をかける暇すらないという。だから人見知りで仕方ないアリスのため、そのあたりの勉強をさせてやってほしい、と。
たしかに学校での彼女は知っているが、自分に務まるのだろうか……。
「ん、あ……どうぞ!」
などと考えていると、不意にドアがノックされた。
俺が応えると、そっと顔を覗かせたのは――。
「あ、う……明坂、くん……?」
「あぁ、アリスか。どうしたの?」
俺が仕えるべき対象である少女だった。
アリスは小さくなりながら、このように口にする。
「い、嫌なら……断っていい、から」――と。
それは、もしかしたら彼女なりの気遣いだったのだろう。
俺の困惑をどのように受け取ったか、わざわざ伝えにきてくれた。そんな少女の姿を見て、俺はむしろ心のつっかえが取れる思いになる。
そして、自然と笑って頷くのだった。
「大丈夫だよ。俺だって、恩返しはしたいからさ」
「ほ、ほん……と?」
「もちろん」
するとアリスはハッと顔を上げる。
瞬間、柔らかい髪が舞い上がり、その顔が露わになった。
「……………………っ!」
一瞬だけ、だった。
それでも見えたのは、とてつもなく愛らしい笑顔。
俺は思わず息を呑んでしまい、何も言うことができなくなった。
「そ、それじゃ! 明日から、よろしく……!」
「……あ、うん」
だから、部屋を出て行ったアリスにもまともに返事ができない。
しかし今は、それどころではなかった。
言いようのない感覚だった。
この感情の名前を俺は、まだ知らないでいる。
次回更新は、たぶん夜……20時?
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