【3】魔導人形と旅路と
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──魔導人形って……凄いな……。
俺は目の前でパチパチと火の粉が弾ける様子に見入りながら、一体今日だけで何度思ったか分からない感想を、性懲りも無く頭の中に浮かべていた。
凄まじく高性能な《魔導人形》こと、ファルセの助けがあるおかげで、俺達の旅は意外な程順調だ。彼女の十八番(?)である浮遊偵察によれば、どうやら出発する時に確認した集落らしき場所までの距離は、既に進んで来た距離よりも一応短いらしい。太陽がしっかりと出ている間ずっと歩き続けていたにしては、まだ距離があるのかと思わないこともないが、そもそも歩いていける範囲に人里があること、人里があるのを知ることが出来たことに感謝せねばなるまい。
ベルトポーチの中をまさぐり、小さな球のような感触のものを幾つか取り出す。それらを口の中に放り込んで噛み潰すと、強めの酸味と弱めの甘みが口いっぱいに広がる。ファルセ曰く、《ルベリー》という木の実だそうだが、やはり野生のものだからか少々酸味が強すぎる気もする。とはいえ、貴重な食料であることに変わりはないので文句は言えない。すかさず左手に持った皮袋の中の水をあおり、充満した酸っぱさを洗い流す。
考えてみれば、この水も果実もファルセのおかげで得られたものだった。
ここまでの道程において、幅二メートル程はあろうかという小川を軽快に飛び越えてから、自分の肩に腰掛ける人形少女に、「貴方、喉が渇いているのではありませんでしたか?」と淡々と突っ込まれ、慌てて踵を返したり、「あそこに食べられる木の実がなっていますよ。取っておいたらどうです」と言われるがままにルベリーを採集したり、という出来事はザラで、協力というよりはまるで操縦でもされているかのようだった。
ファルセは自分の為でなく、俺の為に色々口出ししてくれているのだし、別にそのことに対して不満を抱いている訳ではない。……が、ファルセに頼りきりな現状を思い知ると、どうしても色々と考えすぎてしまいそうになる。
こんな調子なら、ファルセだけでも──……。
「貴方、何を考えているのです?」
ふと、そんな声で現実に意識を引き戻される。何度か目を瞬かせて焦点を合わせると、いつの間にやら十センチも離れていない目の前に、ファルセの怪訝そうな顔が迫っていた。
「おわっ!?」
慌てて後退ると、すかさずジトッとした視線が俺の両目に突き刺さる。咄嗟に言い訳をしようと口をパクパクさせるが、「何を考えていたのか吐きなさい」と言わんばかりの猛烈な圧力に身体が屈してしまっているのか、どうにも誤魔化しの言葉が出てこない。
諦めた俺は、一度がくりと項垂れてから、考えていたことを話してしまうことにした。その雰囲気を察したのか、ファルセは移動の際の定位置となりつつある俺の左肩へと移動し、腰を下ろす。
「いやその……実は、ファルセに頼りきりで、自分が情けないなって思ってたんだ。俺は、ファルセが居なければここまで辿り着けたかも……もっと言えば、生き延びられてたかも分からない。でも、ファルセはきっとそうじゃないよなって思ってさ」
俺の言葉が言い終わるや否や、ファルセはわざとらしく「はぁ〜……」と大きなため息をついた。そのあまりの大きさに、俺の心臓は忙しなく飛び跳ねた。が、その後にファルセの口から飛び出した言葉は、やや予想外のものだった。
「貴方は、そんな小さなことを気にしていたのですか? それにしては、表情が暗すぎますよ」
「小さくはないと思うけど……?」
俺達は協力しようという名目の元、手を取り合っている。であるにも関わらず、俺がしていることと言えばファルセを肩に乗せて歩いているぐらいなのに対し、ファルセはありとあらゆるサポート──しかも、その大半が人である俺にのみ必要なものだ──を引き受けてくれている。感覚的には、貢献の度合いが一対九くらいのトンデモ割合な気がするのだ。
「人と人形の違いを考えてみなさい。人は、体力と……貴方は持っているか分かりませんが、魔力を別々で持っています。身体的運動の際には体力を、魔法使用の際には魔力を使う筈です」
ファルセは自分の掌を胸に当てながら続ける。
「ですが、魔導人形は違います。この身体には、魔力しかありません。魔法を使うのはもちろん、一挙手一投足にも魔力を注がねば、そも身体を動かせないのです。そんな私にとって移動がいかに難儀なものか、例え身体の仕組みが違うとしても、何となく理解出来るでしょう?」
こくこくと頷く。魔導人形は人形故に歩幅が小さく、歩行移動は適していない。かといって、浮遊魔法も無限に使える訳ではないのだろう。そして仮に魔力が尽きれば……その危険度は、やはり人間の体力切れなどとは比べるべくもないらしい。
そう考えると、ファルセが俺の悩みを「小さなこと」と断じた意味が少しずつ分かってきた。
「それに、幸い魔獣の類には未だ巡り会ってはいませんが、何者かと戦闘になった際も、私はやはりあらゆる面で魔法に頼らざるを得ません。そんな時、魔法に頼らない信頼出来る戦力が居れば心強いとは思いませんか?」
「それは……そうかも」
ファルセの問に答えつつ、傍らに置いた片手剣の柄頭をそっと撫でる。どれだけ使いこなせるのかは分からないが、この剣を振るうのに、魔力なんかは必要ない。
「ここまで言えば、分かるでしょう。私も、貴方が居なければここまで来れてはいないのです。私がよく働いていることは否定しませんが……私も、貴方を頼りにしています。もう少し自信を持ったらどうですか」
「…あぁ、肝に銘じておくよ。ありがとう、励ましてくれて。ファルセが優しいってこと、よく分かった」
「……当然です、魔導人形ですから」
そう言いつつも何故だかそっぽを向いているファルセの横顔は、何処か赤みを帯びているような気がした。焚き火がそんなふうに照らしているだけなのか、あるいは……人形でも、照れることがあるのだろうか。どちらにしろ、追求するのは野暮というものだ。
そんなことを考えていると、ファルセはおもむろに俺の肩から飛び降りた。
「暫くは、私が火の番と周囲の警戒に務めます。明日も存分に歩いてもらう為にも、そろそろ貴方には寝てもらいますよ」
「それじゃ、お言葉に甘えて……。交代する時は起こしてくれ」
「交代は……必要ないと思いますが」
「……え? こういう時って交代交代で見張り番をするのが定石……じゃないのか?」
俺はおずおずと問い返した。決して間違ったことを言っているつもりもないが、割と一般常識なら網羅していそうな超合理的魔導人形であるファルセが、そんな俺でも思い付くようなことを考えつかない筈がないので少し不安になってしまう。
やがてファルセは得心した様子でこくこくと頷いた。
「……確かに貴方の言う通り、それが定石ではありますね。とはいえ、この辺りには危険性の高い生物は生息していないようですし、一定の範囲……丁度、今私達が居る開けた場所を軽く越える程度の範囲であれば、私は睡眠中であろうと自動的に脅威となりうる存在を感知出来るのです。ですから、わざわざ貴方の睡眠時間を削る必要はないと判断しました」
つまるところ、仮に二人がぐっすり寝ている所に危険が迫って来ていたとしても、ファルセが瞬時に察知出来るということだろう。確かにそれなら、二人で睡眠時間を削り合いつつ周囲を警戒するというのは、少々馬鹿らしいこと…なのかもしれない。
「なるほどな。そういうことなら、ファルセに全部任せるよ」
「……貴方、私の話を信じ過ぎではありませんか?」
「え」
「いえ、その……別に嘘を吐いている訳ではありませんが……先程の話については正直、もう少し疑われるものと思っていましたから」
「…今日だけでも、もうファルセの凄さは身に染みてるからさ。魔法のこととかは正直よく分からないけど……ファルセの言うことは信じるよ」
「そう言ってくれるのは嬉しいですが……私以外の人の話には、もう少し警戒心を強めるべきです。恐らく貴方、騙されやすいですよ」
「そ、そうかなぁ……」
「そうです」
相も変わらず容赦なく言い切ったファルセは、コホンと咳払いをする。
「……話が随分逸れましたね。とにかく貴方は、この後のことは気にせず朝までゆっくり休みなさい」
「あぁ、分かった。悪いけど後はよろしく頼むよ。じゃあ……おやすみ、ファルセ」
「えぇ、おやすみなさい」
寝る前の挨拶を交わした後、俺は乾草を敷いただけの簡素な寝床に全身を投げ出し目を閉じた。お世辞にも寝心地が良いとは言えそうにない感触が背中いっぱいに広がるが、どうやら自分が予想していたよりも随分疲労が溜まっていたようで、瞼を閉じて数十秒も経たない内に、俺は呆気なく意識を手放してしまうのだった。
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森のギャップとは:安定した状態にある森林の中で、倒木等の理由により遷移が退行し、鬱蒼とした森の中でも林床に光が射し込むような、まさに『森の隙間』である。