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メメント・モリの溟海  作者: 閑野叶夢
第1章『黎明 and リフレイン』
1/10

【1】謎めいた影と不思議な空間と

***

挿絵(By みてみん)


 ***


「おーい、聞こえるか?」


 誰かの呼ぶ声で、目を覚ます。すると、随分奇妙な風景が眼前には広がっていた。


「……んなっ!?」


 思わず、一歩後退(あとずさ)る。

 辺り一面、真っ黒に塗り潰された空間に、俺はぽつんと独り居るようだった。(せわ)しく上下左右に視線を振るが、壁と地面の境界線すらも分からなければ、天蓋(てんがい)があるんだかないんだか類推することも出来ない。目は開いている筈だが、見える世界は(まぶた)の裏に広がる世界と大差ない。


 一体ここは何処なんだろうか、なんて考えた瞬間、先程俺を呼んだらしき声が俺の前方、それも相当近い距離から再び放たれる。


「よし、聞こえるみたいだな」


「うわっ!?」


 何処か聞き馴染みのあるような、あるいは全然ないような、不思議な印象を持つその声の発生源に俺はようやく気が付き、情けない声を上げつつ思い切り()()った。


 果たしてそれは、人型の『影』だった。真っ暗な空間で影なんて生まれる筈もない、と思うが、とにかく影のようなものだ。背格好は俺と同じくらい。正直、それ以外の情報を見つけ出すことは出来そうにない。


「……あ、あん……た一体……」


 震える声で「あんた一体何者なんだ!」という意図をたっぷり込めた(あまりに不完全な)言葉をぶつけてみると、影は存外(ぞんがい)申し訳なさそうな様子で言う。


「……そうだった、お前にはまともに見えてないんだったな。とはいっても……俺にもどうにも出来ないんだ。諦めてくれると助かるな」


「諦めてって…………」


 影は、台詞の後半を実にふてぶてしい口調で言い切り、これ見よがしに肩を竦める。そんな振る舞いが、あまりに自然で人間らしかった為だろうか、分からないことだらけのこの状況の中、俺は文句を垂れつつも、一周回ってある程度の冷静さを取り戻していた。


 そんな俺の心情を汲み取ったのだろうか、影は間を空けずに半透明な揺らめく腕を動かして身振り手振りを行いつつ、あるのかも不明な口を開いた。


「あんまり時間もないから、手短に伝えるよ。お前がやるべき……違うな、やらなきゃいけないことについてをさ」


「俺がやらなきゃいけないこと……?」


「あぁ、凄く単純なことだ。色んな人を助けて、強くなって、世界を救うんだよ」


「……は?」


 折角回り出した思考の歯車が、大きな音を立てて止まってしまったような気がした。この目の前の影はとどのつまり、俺に勇者にでもなれと言っているのだろうか。


「……どうやって」


「お前の着てる鎧と、腰に吊ってる剣は何の為だと思う?」


 影は笑った。その言葉に釣られ、視線を自分の身体に下ろすと、自分が戦闘用に(あつら)えられたのだろう装備を身につけていることに気付く。鎧の胸部に掌をあてて、その金属の質感を確かめながら、尚も食い下がるべく口を開く。


「……どうして、俺が」


「それは」


 影の言葉が不自然に途切れる。ふと面を上げると、つい先刻までは漆黒に覆われていたはずの空間の一端から、あまりに(まばゆ)い白銀の光が顔を覗かせているのが分かった。それが、この空間を消し去ってしまうのだろうことを、本能的に察する。


「もう時間切れ、か。こんなに早かったんだな」


 影は頬の辺りを指で掻くような仕草をしながら、純白に呑まれつつある自分達と空間の状況には一切触れる素振りも見せず、尚もただ、俺に対して語り続ける。


「とにかく、さっき言ったことはお前がやらなきゃいけない。それが俺の願いであり……お前の願いでもあるんだ」


 思わず問い返そうとすると、影は手振りで俺を制した。遥か彼方から射していたように感じられた光はもう、いつの間にやら向かい合う俺達の近くにまで迫って来ている。視界の右端が確実に明るくなっていく中では、流石に余計な口を挟む気にはなれず、俺は押し黙った。


「それと……最後に一つだけ」


 ついに黒で塗り潰された空間も、半分以上が白に侵され始めて、そのあまりの色彩の差に自分の両目が悲鳴を上げる。否応なしに目を細めると、薄い黒の(もや)みたいなものが渦巻いて構成されている、とばかり思っていた目の前の影が、ふと見知った顔をしているように見えた。


 だがそれも一瞬のことで、ほんの少し瞼を持ち上げた時にはもう、影は見慣れた影に戻っていて、やはりこれまでと変わらない態度で(たたず)んでいる。幻覚の類……だったのだろうか。


「このままじゃ、この世界も人も死んでしまうけど、お前ならそれを止められる筈なんだ。だから───」


 ───死ぬことを、忘れるな。


 この奇妙な世界が真っ白に染まりきり、崩壊するのと全く同時に発された、何者かも分からない影から発された最後の台詞は、何故だか途轍もない重みを伴って、俺の頭の中に刻まれた。


 ***

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