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一条家の寵愛  作者: くろは
1/1

一条の過去と朝霞の運命

『うっ…うっ……グスッ…』


桜の木の下で一人泣いている子どもがいる。あれは、私だ。

あぁ、またこの夢か……

これで見るのは何回目だろうか、幼少期に私は一人の少女に救われた。


『どうしたの?どこかいたいの?』


『うわっ!誰だお前っ!』


『なまえ?---は---だよ〜』

『なんでないてるの?』


名前が思い出せない。

何度もこの夢を見ているが名前だけが黒く塗りつぶされたように思い出せないのだ。


『関係ないだろ!あっち行け!』


この時はとある式典に参加していたのだが、これは次期当主のお披露目という側面も含まれていた。私に対する期待と重圧に耐えきれずに逃げ出してしまったのだ。

泣き顔を見られた恥ずかしさと逃げだしてしまった負い目から強く当たってしまった。しかし彼女はそんな様子に怯んだ様子もなくこちらをじっと見つめてきて…


『よしよし、がんばったね』


頭を撫でられた。

突然の出来事に目を見開いてると彼女は不思議そうに小首を傾げた。


『ままがね、いつもないてるとなでてくれるの』

『なんかつらそうだったから…』


と言って少女は優しく、笑った。


自分でも気づいていなかったが涙が溢れていた。さっきまでとは違い悲しみではなく縋るような、熱い涙が。

彼女は泣き止むまでそばにいて、時折漏れる私の泣き言も優しく受け止めてくれていた。


「今日も名前はわからなかったな…」


夢から覚めて身支度を整える。あの桜の木の下で彼女に慰められてから10年以上は経つだろう。名家である一条家の長子として生まれ当主となるべく育てられた私にとって弱音を吐くなど許されていなかった。同年代を羨ましく思ったことも何度もあった。

初めて弱音を吐いた、あの少女になら打ち明けられる。いや、打ち明けたいと感じたのだ。


「いつかもう一度会えないものかな…」


そう呟きながら軍服を纏い職務に向かう。


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ーーバチンッ


頬が熱い。今日も私は叔母に叩かれた。原因は掃除が遅かったとか洗濯物に皺があったとかそんな言いがかりのようなものだろう。

叔母と義妹は私を目の敵にして下女のように扱い、叔父は一切の興味を示さない。私が叔母家族である風上家に引き取られて10年、扱いが変わったことはない。


「どうして言ったことがすぐ出来ないの!引き取った恩を忘れたの!?」


叔母は私のことが憎いのだろう。母に似ているこの顔が、仕草が、私という存在が、全て叔母にとって亡き母を連想させて仕方ないのだろう。

そんな叔母が何故私を引き取ったのか幼い頃は疑問に思ったが数年経つ頃には自ずとわかるようになってきた。母への仕返しなのだろう。叔母は私に母の憎しみを重ねているのだろう。


「申し訳ございませんお母様…すぐにやります…」


いうだけ言って満足したのか叔母は自室に帰っていった。


終わっていない掃除をしていると誰かが近づいてきている気配がした。顔を上げるとそこには義妹の眞昼がいた。


「まだ掃除をしてるの?早くやりなさいよね」


昔はよく遊んでいたのだが今は私のことを明らかに下に見ている。本人の性格が我儘であり、叔母も昔から下にみるように言い聞かせているのだろう。


「ごめんなさい、ごめんなさい…」


今では私も涙を堪えつつ言われた通り従っている。引き取られた当初は反抗しようとしたこともあったが今ではすっかりその気も失せてしまっていた。


夕食時になっても私が呼ばれることはない。叔母、叔父、妹で済ました後に私は残ったものを使用人の方々からこっそりいただいている。


「朝香お嬢様…新しくお作りいたしますので残り物をお召しに上がるのは…」


と使用人たちは心配してくれているが、昔同じことをして叔母に辞めさせられてしまった使用人を何人か知っているので頼むわけにもいかない。


「大丈夫よ、それにそんなことしたら貴方達がお母様から罰を受けるでしょう?」


そう言って自分の部屋に戻りもう冷めてしまって大して美味しくもない残り物を食べ、床に就く。明日も続くであろうこの日々から抜け出せることを願って。


翌日、起きて朝の雑務を終わらせ朝食の残り物を食べ終わった後珍しく叔父が呼んでいると使用人に呼ばれ居間に向かう。


「失礼しますお父様。何かお呼びでしょうか」


と言って恐る恐る居間に入る。そこには叔母や眞昼の姿もあった。

実際叔父が私を呼ぶのは滅多にないので要件など全く検討がつかなかった。


「朝香、お前の婚姻が決まった」


静かに叔父の口から語られたのは私の婚姻の話だった。


「……え?」


この婚姻が私の運命を大きく変えることになる。



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